第54話 集う者たち

 話がまとまってからの三日間は諸々の準備や対応に追われ、中々に忙しいものだった。まあ一番労力と手間をかけたのはヴァンの立ち居振る舞いなんだけども。


 当然ながら俺には叙任式の知識など有るわけがなく、そこに関する陣頭指揮はほぼ全てフィエリが執っている。

 流石は名門貴族出身と言うべきか、事細かかつスムーズにイベントスケジュールを仕上げていく様は、良い意味で少女らしからぬ姿だった。時折かなり細かい部分への拘りを発揮しようとして、俺が制止する場面もあったが。


 俺としてもこの三日間をただ座して待っていたわけではない。一応仕事はしてたんですよ。

 まず喫緊の問題であるプラヴェス卿らの食料問題については、ラプカンから徴収しているキュロッツを運び込むことで急場を凌ぐことにした。

 流石に人参モドキだけでこの冬を越せるとは露程も思っていない。だが今彼らが置かれている状況下では、労さずして手に入る食物というだけでそれなり以上に貴重だ。俺やフィエリがおやつ感覚で消費する程度のものがこんなところで役に立つとはな。

 やはり備蓄は大切である。だからと言って内部留保にばかり目を向ける企業も困ったもんだけどさ。竜王国は国民へ積極的に還元していく善政国家です。多分。


 キュロッツはあまり重量があるタイプの野菜ではないので、防衛に就いている者を除いたハルピュイアで運べるというのも幸いした。干したやつは軽いしね。

 現状、輸送手段が空輸に限られている事態は将来的に何とかしたいな。陸路では距離があり過ぎるし、道の整備も間に合っていない。それにハルピュイアでは重量制限があるのも厳しい。

 そもそも陸運に向いた種族が居ないってのが問題だ。アーガレスト地方全体で言えばまだまだ俺の知らない部分も多いから、そこら辺もカバー出来る種族が居たら是非とも傘下に加えたいところである。


 後は叙任式を迎えるにあたって最低限の聞き取りとか、役職や地位の説明とか、細かい流れの打ち合わせとか。今回に関しては俺も授与される側だから、そういう作法をヴァンとともにフィエリから教わったりもしていた。一応社会人として最低限のマナーは身に付けているつもりだが、社交儀礼なんかは流石に分からん。

 全部が全部リシュテン王国式にする必要はないものの、お手本とするものがそれ以外になかったから仕方ない。ただ、国のトップが古代龍種だという強烈な個性は人間が作った様式程度じゃ打ち壊せるものじゃなかった。なので、式典の一部は竜王国オリジナルの予定だ。そういうのも含めて伝統として残せればいいな、程度に考えている。


「ヴァン、しっかり覚えられたか?」

「何とかね。機が過ぎればすぐに忘れるかもしれないが」


 俺の問い掛けを受けたヴァンは、いつも通りだ。そこに不安や緊張の類は全くと言っていいほど見受けられない。こういうのは普通主役が一番緊張するもんだが、彼女はまさにそんなもの何処吹く風といった様相である。


 俺はと言えば、まあ多少の強張りはあれど言う程緊張はしていなかった。

 何だかんだでこの三日間、考えたり手足を動かすことも多かったし、そういった流れ作業の精神が続いているのかもしれない。この叙任式も大きな流れ作業の一つに過ぎないような、そんな感覚。形式やら格式やら気にした人間が何を言ってんだって話だが。


「台詞は別にいいけど、人の名前は忘れないでくれよ?」

「ははは、努力はしよう」


 口上や役職などの細かい部分を一つ一つ覚え続ける必要まではないものの、要職に付いている人材の名前までぽろっと忘れられるのはちょっと困る。一応釘は刺しておくが、どうだろうなあ。


 今、ヴァンはいつもの少女姿ではなく本来の古代龍種に戻っている。今回の叙任式において正式に竜王から爵位と職位を賜るために、世を忍ぶ仮の姿では都合が悪い、というのはフィエリの言だ。

 まあ、折角の場には威厳も大事なのは分かる。賜る方も気合が入るだろうし。


「それで、その叙任式というものはいつからやるんだ?」

「とりあえずは役者が揃ってからかな。日の傾き具合から見るともう少しかかるとは思う」


 言った通り、まだ太陽は東の地平から顔を覗かせてしばらく、といった頃合いだ。日が真上に昇った時に集合を掛けていたから、式の開始までは少し猶予がある。

 正確な時刻を計ることが困難なこともあって、開始時刻というものは特に設定していない。全員が揃ってある程度したら始める予定だ。

 フィエリとピニーを通した伝言とはいえ、流石に竜王陛下からの招集をすっぽかす奴はいないと信じたい。迎えも出しているから大丈夫だとは思うが。


 空を飛ぶ手段を持たなかったり、立地的、体力的にこちらまで来るのが難しい種族に関してはハルピュイアの送迎タクシーを派遣している。

 必要なのはプラヴェス卿とラプカンの集落、後はラナーナか。ドワーフは同じブルカ山脈に生息地を持っているが、大森林は立地で言えば隣接しているとはいえ直接的な距離で言えばかなり遠い。

 ただ迎えは出したものの、そのラナーナ本人が果たして招集に応じてくれるかどうかが唯一の懸念ではあるだろう。


 ラナーナの扱い、と表すと言葉が悪いが、明確に臣下ではない者に対してどういった地位や役職を用意するのかという問題は最後まで議論の種となっていた。

 基本的に、国王から称号を授与されるのはその国に属する者だ。勲章や褒賞の線も考えてはみたが、今のヴィニスヴィニク竜王国には特に与えられるものがない。更に国の歴史も極めて浅く、ことさら国自体に価値があるわけでもない。何の役にも立たない栄誉を人間以外の種族が果たして重要視するのかという問題もある。

 いやまあ、考え様によっちゃ古代龍種から誉れを頂戴するってこと自体がこの上ない栄誉でもあるのだが、ラナーナとヴァンは決して短くない付き合いがある。それが良い関係だったのか悪い関係だったのかは置いておくとして、その類の褒賞に彼女が利点を見出してくれるかは怪しいところだ。


 結局何をどう転がしても、実質的にナーガたちを竜王国と同列以下にしか表すことが出来ない。授与するとはつまりそういうことである。

 こればっかりは最後まで上手い落としどころが思いつかなかったが、かと言ってこれまで木材の供給をはじめ、竜王国に貢献してもらっている事実は無視出来ない。君たちは臣下じゃないので手伝ってくれてるけど何もないです、ではちょっと道理が通らないからな。何とか今の案で納得してくれることを祈るしかない。


「それじゃ俺はあっちに行ってくる。ヴァンは待っててくれ」

「分かった。ハルバたちが来るのを待てばいいんだな?」

「そうそう、威厳を持って頼むよ」


 ここで俺はヴァンが根城としているスペースから離れる。

 俺も賜る側である以上、他の皆と同様にヴァンへ謁見する姿勢を見せておかなきゃいけない。上位者としてここで皆を待つ、という行為はまだ出来ないのだ。


 元が洞窟だから扉とか部屋とかの区切りはまだないので、一旦は入り口付近で集合という形になっている。ここら辺もプラヴェス卿たちの家屋問題が片付いたら本格的に手を入れたいところだ。いつまでも王の居所が開放的な洞窟では外面的にもあまりよろしくない。ヴァンの機嫌を損ねない程度の改築も考えなきゃな。


「あ、ハルバさん。ど、どうですかね、おかしくないですかね……?」

「んー……まあ悪くはないと思う。サイズ的に仕方ない部分はあるけど……」


 洞窟内から歩を進めてしばらく。一足先に皆の集合場所である入り口に待機していたフィエリと合流する。

 彼女は今、俺が貸し出したチェスターコートを羽織り、落ち着かなさそうな素振りで自身の見目を確認していた。


「うぅ……これで本当にいいんでしょうか……」

「それが一番マシだってのは二人で確認したろ。仕方ないさ」


 比較的長身である俺のサイズに合わせられたコートをフィエリが羽織るのは、やはりシルエットに違和感が残る。彼女は奴隷か娼婦に堕ちる寸前でヴァンに攫われた故、まともな服を持ち合わせていない。流石にパーカーで式典に参加するわけにもいかず、色々と思案した結果これに落ち着いた。

 ダークグレーのコートは彼女の髪色と相まって、色合いで言えば悪くない統一性を持っているようにも見えた。残念ながら俺はファッションセンスに自信を持っていないので、手持ちの服は大体ビジネスカラーで統一されている。男ならとりあえずスーツと地味なコート持ってりゃ外れがないからな。スーツは男の戦闘服とはよく言ったものだ。


 丈が合わず、腰下どころかふくらはぎ近くまでコートに覆われている様はこの際無視するしかない。他に彼女が着れそうで、かつ最低限の身だしなみを整えたように映える服がなかったんだ。式典に外套を着るなと言われてしまえばそれまでだが、ボロで参加するよりは余程マシだろう。


「腕時計は使えないし……やっぱり日時計建てるか」

「腕時計? はよく分かりませんけど、時間はある程度知りたいですね……」


 この世界では一日が20時間で経過するため、24時間基準の腕時計は役に立たない。単純に一定のタイミングから何分経過したか、くらいは測れるが、今それが出来ても大して意味ないしな。大まかな日付でも分かればいいんだが、その辺りも今後の課題だ。


「ようハルバ。しばらく振りじゃの」


 フィエリと二人、特にすることもなく他の到着を待っていると、のっしのっしと重みのある歩調で近付いてくる小柄な影が一つ。


「あ、ホガ……フ……さん……?」

「うわあ……!」

「なんじゃなんじゃ、何かおかしいか?」


 俺とフィエリ、二人の声が重なる。

 ドワーフのホガフ、であることは多分間違いないのだが、見た目がスゴい。何か凄いジャラジャラしてる。もしかしてあれ全部魔鉱石か。


 恐らくは俺と同じ驚愕の感情を持ったであろうフィエリ。

 彼の服装は普段の薄着とは違ってよく手入れされており、パッと見ただけでも分かる上等な布に覆われていた。所々が動物の皮であろう素材で補強されているものの、皮鎧というよりはローブのような印象を受ける。

 鮮やかな赤で染め上げられた布の上、日の光を浴びて煌めく随所のアクセサリーがことさら目を引く。現代風に言うとブレスレットやらネックレスやらで全身が装飾されており、時代によってはシャーマンか何かの装いにも見えただろう。

 これがドワーフで言うところの正装なんだろうか。あまりにも想定外過ぎてギャップが酷い。いや似合っていないとかそういう話でもないのだが。


「こ、これ全部魔鉱石ですよね!? 角を綺麗に削ぎ落として、なるほどここは……かなり鋭く切り込んで……へぇ……独特な加工をされてますね、これはホガフさんご自身で?」

「な、なんじゃあ矢継ぎ早に。儂だけのモンじゃないが、まあ概ねそうじゃな」

「うわー、うわー……!」


 わあ、フィエリが早口オタクみたいになってるぞ。

 魔鉱石には目聡い子だから、ホガフが身に付けている様々な加工品が気になって仕方がないといった感じだ。思わず吹き出しそうにもなったが、ああやって年相応に目を輝かせているフィエリも中々お目にかかれるものでもない。茶化すのはやめておいた方がいいだろうな。


「で、呼ばれたんは儂だけか?」

「いえ、あと何人かは。ホガフさんが一番早い到着ですよ」

「そうか、ほんじゃ少し待たせてもらわぁ」


 それだけ言うと彼は入り口の岩壁に背を預けて腕を組む。どうやら他の到着をこの場で待つつもりらしい。式典とは言っても大仰な控室などを拵えているわけでもないから、この場で待ってもらう外ないというのもあるのだが。


「ハルバの旦那ー。ういっすー」

「ようブラチット、何だかんだで久し振りだな」


 程なくして。今度は寒空の向こうから、一人のハルピュイアが翼を羽ばたかせての登場だ。文字通り全身雀色の人懐っこい有翼の種族が、ばっさばっさと腕を動かしながら徐々に高度を下げる。


「正装で……正装でって言ったじゃないですか……」

「そう言われても服なんて持ってないっすよー」


 フィエリの呟きを即座に切って落とすブラチット。

 そりゃまあ、ハルピュイアは元々持ち前の羽でどうにかする種族でもある。逆に服など着込んでも邪魔にしかならないだろう。こればっかりは人間以外の種族が居る限り、絶対に避けられない部分だ。フィエリが地味にダメージを受けているが流石にフォロー出来ん。諦めたまえ。


「あれ? リラさんはどうした、お前同じところに居るだろ」

「リラさんは後から来るっす。アタシら人運んでると速度が出ないんすよ」

「なるほどね。そっちは特に問題なさそうか?」

「いやー、平和そのものっすねー。らくちんっすよらくちん」


 挨拶がてら雑談を交わす。言った通り、ブラチットと直接話すのは随分と久し振りだ。ラプカンの集落には一度話が落ち着いた後から訪ねる機会がとんと無くなってしまっていた。

 思えばブラチットといいリラといい、竜王国に下った種族の代表者、あるいはそれに準ずる者たちとはもうちょっと綿密に連携を取っていくべきなのかもしれない。これから段階的に地方自治を任せていこうという頃合いだ、いざという時に連絡の不備が不信に繋がっても困る。


「あ、あれ! あれ見てくださいハルバさん」

「ん? おお、今度は一斉にお出ましか」


 フィエリの言葉に誘われて視線を空に向ければ、そこにはハルピュイアの集団。三人一グループの塊がいくつか確認出来た。それらの塊が更に一つの影を運んでいる様子が窺える。

 遠目からだと顔までは判別出来ないものの、見えるシルエットからそれぞれラナーナ、リラ、プラヴェス卿で間違いないだろう。小さい影がやたらと動いているようにも見えるが、あれ多分リラだな。まあ落ち着けよ、空の旅は慣れてしまえば存外楽しいぞ。


「流石同族、タイミングはぴったり、ってか」


 具体的な時間は指定出来ずとも、同じ種族であれば時間感覚も似通っているのかもしれない。日が丁度直上に来る手前、綺麗に揃った登場であった。

 そして今回の叙任式を行うにあたって唯一の懸念であったラナーナ。彼女が招集に応じてくれたのは地味に大きい。一先ずは受け入れてくれたと見て良いのだろう。俺も胸をなで下ろせるというものだ。


「あ、あぅう……あ、あの、その……こ、こんにちは……」

「ふん、仰々しい迎えなど寄越しおって」

「ハルバ殿、此度は私のような者にもお声がけ頂き感謝する」


「いえいえ、皆様ようこそお越し頂きました」


 三者三様の挨拶に頷きを返し、一礼。

 改めて見返してみればプラヴェス卿は初対面の時のような鎧に身を包んでおり、心なしか装飾品も増しているように思える。

 ラナーナも普段目にする簡素な衣装とは異なり、品質の良い鞣し革をふんだんに使用した皮鎧に身を包んでいた。儀式の正装というより、どちらかと言えば戦士然とした佇まいだ。これが彼らなりの正装なのだろう。

 リラはそのまんまだった。知ってた。


「では、お揃いのようですので……ピニー!」

「はいはーい!」


 俺の呼び掛けに、洞窟の奥から飛び出してくるフェアリーが一人。

 ブルカ山脈に住まい各所との連絡をやり取りするまとめ役のピニーが、装い自体は普段と変わらないものの、その手に短いタクトを持って姿を現す。


 さて、役者は揃った。

 それじゃあ時計の針を進めるとしよう。


「先導はこちらのピニーが。それでは参りましょう、ヴィニスヴィニク竜王国国王、ヴァン・ヴァルテール・ヴィニスヴィニク様がお待ちです」


 竜王国初の式典、叙任式の始まりだ。

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