第52話 地位と役職
「さて、一口に地位と言ってもな……」
フィエリから鋭い諫言を頂いて国民への地位や役職について考えることになったはいいものの、どういう方向性でまとめればいいのか、というのは割と重要だ。
ここに関しては大雑把に考えて、二通りの方法がある。
一つは、この世界の国の規律に即した地位の定め方。即ち貴族社会お馴染みの爵位、公侯伯子男である。
「ちなみにこの世界の公爵って王の血縁者だったりする?」
「そうですね、その通りです」
良かった、どうやら俺の持っている貴族階級の知識とこの世界の貴族階級は概ね同じらしい。
この世界で一体どのような基準で爵位が与えられているのかは分からないが、基本は領土の有無と血縁関係になるだろう。その点から行けば公爵は除外されるな。ヴァンの血筋に連なる者が当然ながら存在しないからだ。
メリットとしてはやはり、馴染みがあるというところか。フィエリやプラヴェス卿がどの爵位を持っていたのかは別途聞かなきゃいけないが、それと大体同じですよ、という説明が通じるのは大きい。俺だって貴族制度にそこまで詳しいわけじゃないから、ある程度丸投げ出来るのは結構手間が省ける。
問題としては誰にどのレベルの爵位を授けるか、だ。公爵を除くと上から順に侯爵、伯爵、子爵、男爵となるわけだが、その塩梅が難しい。
全部が全部リシュテン王国と同じという訳にはいかない。内情も国土も違い過ぎる。何より人間の基準で全てを測るわけにはいかない故、ある程度は竜王国オリジナルというか、独自の基準は必要になってくるだろう。
もう一つ。これは俺が慣れ親しんだものだが、一般的に使われる会社の地位を流用するといったものだ。
ヴァンは国王だから王以外の職位はないが、それ以外の者については独自の役職を用意する。例えば俺なら国家運営事業本部長とか、そんな感じ。
メリットは俺が分かりやすい、ただその一点に尽きる。そもそも会社の事業や役職なんてぽんぽこ生まれてくるものだから、言葉は悪いがその都度役職や地位をでっちあげて作ってしまえばいい。与える役職を調整すれば自然と指揮命令系統が俺視点では正しく収まるので、目に見えるやりやすさというものもあるだろう。
また、爵位と比べて横同士のいざこざが起きにくいのもある。
例えば同じ侯爵が居たとして、果たしてどっちが偉いんだという話にも発展しかねないし、爵位によって過剰な上下関係が生まれるのも出来れば避けたい。
その点、役職で言えば仮に警備課の課長と行政管理課の課長の二人が居ても、明確に役割が違うし階級は同じ課長だ。任される仕事の領域がはっきりと違うから、上下の話にはなりにくい。
ただまあ、言葉の浸透と最低限の教育が必要だから手間暇の初期費用が結構でかいんだよな、この図式。フィエリたちにも説明せにゃならんし、受け入れてくれるかどうかも問題になる。どちらにせよ、人間以外の種族には一から説明しなければならんのだが。
「爵位をうちでも流用するか、完全に独自で考えるか。悩みどころだな」
「うーん……爵位でいいんじゃないでしょうか。他国との外交も今後考えると、独自に過ぎるものは理解を得るのに時間がかかります」
「なるほどね」
フィエリの言葉に頷きを返す。
そうか。今は国内の話で済んでいるが、今後は外交も十分有り得るもんな。いざその時に「ヴィニスヴィニク竜王国、国家運営事業本部外交課課長です」と名乗ったとしても、多分相手に意味が通じないだろう。そう考えるとやはり爵位が安パイではあるか。
ていうかここ会社じゃなくて国だしな。ヴィニスヴィニクコーポレーションじゃないんだ。ちなみにヴァンに社長は無理だと思う。絶対向いてない。
「……そういえば、フィエリの家の元爵位は?」
「えぇー……それ聞きます? 別にいいですけど……。ファステグント家は侯爵でしたね……」
分かっちゃいたけど割とお偉いさんだったわ。そりゃまあ王国を建国時から支えてきた名門である、侯爵あたりが妥当なのだろう。でした、という過去形がなんとも哀愁を誘うが、俺にはどうしようもない。すまん。
彼女は竜王国でも非常に重要なポジションに居る。俺では分からないことや出来ないことを幅広くカバーしてもらっているし、何よりヴァンからの覚えもいい。
ヴァンとある程度一緒に過ごして分かったのだが、彼女は基本的に他者を名で呼ばない。ドワーフの、とかナーガの、とかそういう言い方をする。多分、他の個への興味自体が薄いから個別に認識していなかったんだろう。
そんな彼女から種族名ではなく名前で呼ばれている、数少ないうちの一人がフィエリだ。表に出る機会こそ少ないが、今後も積極的に頼りにしていきたい。
「じゃあフィエリは侯爵位かな」
「いいんですかそんな決め方で……」
「いいんだよ多少は。どうせ新規の国なんだから」
むすっとした表情で僅かな不満を漏らす銀髪の少女。
そうは言っても、俺には爵位の基準なぞ分からん。偉い順番くらいは分かるが逆を言えばその程度だ。竜王国では未だ目立った勲功もないし勲等も何も授与していないので、順番のつけようがない。そもそも具体的な勲功で言えば一番働いているのはヴァンである。
流石に俺一人で全て決めるのは無謀だが、かと言ってそれが相談出来てかつ相応の知見が得られるとなるとフィエリくらいしか相手がいない。
知見のみならプラヴェス卿も当てはまるものの、彼は言ってしまえば新参の外様である。下った経緯から考えても、明らかに授与される側の立ち位置だ。この時点での相談は筋が通らないと考えている。
「百歩譲って爵位を賜るにしても、私は領土を持ってませんよ」
「そこは役職で何とかしようと思ってる」
一般に、貴族は爵位と同時に領土を持つ。より正確に言えば、爵位と同時に領土を治める職位と責務を賜っている。
土地と爵位を頂戴し、その土地を上手く統治するのが貴方のお仕事ですよ、という感じだ。だから大体の叙爵に於いて、既に収めているのならその領土を、土地を持っていないのなら封土として土地を授けることで貴族とする。例外はあるが、そういう人は騎士の称号を得たりしている。領土を持たない準貴族の扱いだな。
だが、ヴィニスヴィニク竜王国には分け与える領土が十分にない。ドワーフやラプカン等、既に生活圏が確立されている種族はともかくとして、フェアリーやハルピュイアなどに渡せるだけの直轄地が無いのだ。
アーガレスト地方自体は広大だ、しかし直接手の届く範囲となるとかなり飛び地となり、かつ狭い。
例外で言えばナーガの治める森林地帯だが、ナーガたちは明確に竜王国に下ったわけじゃないからな、勘定はしない方がいいだろう。
「役職ですか?」
「そう。リシュテン王国なら王の下にどんな役職の人が居たんだ?」
なので、代わりに役職と職務を与える。
土地はないけど、職位と権限を与えるからそれで勘弁してねという方式だ。
「そうですね……まず宰相が居て、その直下というと政務官たちでしょうか」
「じゃあフィエリは筆頭政務官ってところだな」
「えぇ……何となく恐れ多いですけど……」
「何言ってんだ、正しく筆頭政務官だろ」
恐れ多いような、ちょっと照れくさいような。そんな微妙な表情で少女は呟く。
だが俺としては、彼女の知識と知見がなくては間違いなくこの段階までこれなかったと見ている。フィエリ以外を政務中枢の任に就かせることは今のところ考えていない。ここは多少なり俺の感情的な部分も入っているかもしれないが、それを差し引いたとしてもやはり彼女は優秀なのだ。
この役職を付ける案は俺の持つ現代社会というか、会社知識をそれとなくミックスした形である。よく分からん人でも名刺にそれっぽい肩書があれば何となくお偉いさんっぽく見える感じのアレ。
今土地を持っていない種族は良くも悪くもそこに頓着がないと見ているので、まあこれでとりあえずは回せるんじゃないかと思っている。都合が悪ければしれっと変更を掛ければいい。勿論やりすぎは駄目だが、組織全体のフットワークが軽いのも小規模ベンチャーの強みだ。竜王国は会社じゃないが。
「じゃあハルバさんは侯爵で宰相ですね」
「えっ俺も爵位持つの?」
「何言ってんですか当然じゃないですか」
うわ、またちょっとキレフィエリが出てきてる。あんまり怖くないしむしろちょっと可愛らしいと思える程だが、おっかないことに変わりはない。
先ほどフィエリに自覚を持てと言われたばかりだし、まあ持った方がいいんだろうな、とは思う。あまり人の上に立つってのは経験がないし考えてもいなかったことだけれども。
しかし異世界出身のおじさんがまさか新興国家の宰相、更に爵位を授与する側になるとはね。おじさん考えもしなかったよ。事実は小説より奇なり、とはよく耳にする言葉だが、これは些かぶっ飛び過ぎじゃなかろうか。いやそれを言えば出だしの転移から既にメチャクチャなんだけどさあ。
「にしても、俺が侯爵かぁ……」
「言っておきますけど、私より下って有り得ないですからね」
「えー」
「えーじゃないです」
精いっぱいの不服を込めたつもりだったが全く通用しなかった。まあ三十路のおっさんがぶーを垂れても全然可愛くないからいいや。
「まあ俺たち二人はそれでもいいとして、だ」
さて、階級の提示を爵位に定めたのなら、次は誰にどの爵位を授与するべきかの話になる。改めて現状の組織図的なものを確認しておこう。
まずは全ての頂点にヴァンが立つ。
これは竜王国における絶対不可侵の領域だ、ここを深く考える必要はない。
次いで重要な立ち位置に就くのは、手前味噌ながら俺になる。フィエリの言う通り、宰相という役職が一番収まりがいいのだろう。
その次がフィエリ。俺個人としては彼女とあまり実質的な差はないと考えているが、どうもそう思っているのは俺だけのようでヴァンやフィエリの中では違うらしい。表に見えない部分はかなりフィエリが考えているんだけどなあ。
「順番に考えると……ホガフさん、ラナーナさん、ピニー、ブラチット、リラ、プラヴェス卿……ラナーナさんはまた別枠としても、うーむ……」
「……難しいですね……」
で、問題はここからだ。
少なくとも今、労役を担ってくれている種族には最低一名ずつ、爵位を与えておきたい。おきたいが、その線引きが難しい。
リラはまだ簡単な方だ。ラプカンの集落を治めている代表者の肩書が既にある。ドワーフのホガフも種族のまとめ役ということでギリギリ収まりは付くだろう。
ただ、それ以外は決まった領土も持っておらず個人でそこまで差の付く働きでもないために、落としどころが見つけ難いのだ。特にハルピュイアやフェアリーは難易度が高い。ぶっちゃけフィエリから下はほぼ団子だぞ。
「いや、ここはこうして――」
「それもありかもしれません。でもそうならこっちの種族は――」
生命維持魔法の助けもあって、この話し合いは非常に長時間に渡った。
これまで色々と考えることは多々あれど、ここまで休みなく、かつ思考の瞬発力を求められたのはこの時が初めてだったかもしれない。
協議にやっと折り合いがついて外に出られたのは、すっかり日が西に傾き、実に半日以上を費やした後だった。
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