第48話 喫緊の課題
ジャルバルという危険生物。どうやら挿し木が可能でかつ、こいつらは死ぬと乾燥して薪になるらしい。
これは色々と利用価値がある。燃料としてもそうだが、曲がりなりにも木材資源が半永久的に手に入るというのはかなり大きい。
あと、木である以上実はなるはず。食用に耐えうるかは知らんけど。とりあえずあるものは何でも使っていきたい。命の危険を冒して木の実を取りに行くってのは御免被りたいが、安全に養殖出来るなら話は変わる。
まさか実がならないってことはないだろう。ソメイヨシノじゃあるまいし。
ただ、サイズ的に建築資材としては使えなさそうだ。
見た感じ幹の太さには大分個体差がある。この場に居る複数のジャルバルのうち、一番デカいやつでも太さは精々人間の片腕程度。長さも目算で一メートルが精々。確かに薪にはなるかもしれないが、資材としては心許ない。
しかし、ラナーナ曰くジャルバルはナーガと日々小競り合いが発生するほどの数が居るらしい。ナーガにとっちゃ天敵というより単純に外敵っぽいが、こいつを効率よく資源化することが出来れば色々と生産が捗る予感がする。是非とも詳細を知っておきたいところだな。
「ジャルバルの挿し木はどれくらいで成体になるんでしょう?」
とりあえず優先される情報としては、養殖の速度、だろうか。これ次第で使えるかどうかが決まると言っても過言ではない。
でもモンスターだしなあ。そんな数日ですくすく育つものだろうか。
「薪として刈り取れる大きさになるには大体一週間程だな」
「……かなりの速度ですね」
はや。一週間かよ。
この世界は時間の流れ方と数え方が俺の常識とはちょっと異なる。ここで言う一週間は十日だ。木が新しく生えてくる速度としては異常な程早いが、まあそこはファンタジーってことで納得するしかないか。魔法がある世界観だしな。それに、ある程度早くなければ急場を凌ぐ燃料としては使えない。
ジャルバルは薪としては勿論、可能であれば木炭として恒常的に供給したいと考えている。このフルクメリア大陸、現実世界でいうどこら辺の年代を参考にすればいいのか未だに定まり切っていないが、流石に木炭くらいはあるだろう。
となると、ドワーフには
しかしもうちょっと情報が欲しいな。薪やら木炭やらは燃料としてあればあるほど嬉しいから、うちでも栽培してみたいものだ。
「養殖、というからには育てるのでしょうが、餌などは何を?」
牛にしろ魚にしろジャルバルにしろ、育てるには餌が必要だ。この生物は雑食かつ食欲旺盛とのことだが、何を与えて養殖しているのかは気になる。まさか人間を餌にするわけにもいかんだろうし。
「基本的にこやつらは樹木の延長だ。特別何かを分け与える必要はない。どうやら大地から栄養分を蓄えておるらしいでな」
「なるほど、手間要らずというわけですね」
少し不揃いに生えた髭を空いた手でこすりながら、プラヴェス卿が俺の疑問に淀みなく答えていく。
うーん。このサイズが限界ってことはきっとないはずだ。事実、ファルケラが捕えたジャルバルはここで養殖されている個体よりも太かった。
野生と養殖では勝手が異なるのかもしれないが、牛や豚だって美味しくなるように色々と餌について考えられているらしいしな。イベリコ豚なんかいい例だ。
少し考えてみる。
大地から栄養を汲み上げる、そして餌を与えずとも餓死しないということは、主たる栄養源はやはり土だろう。
あれか、腐葉土とかあった方がいいのか。えーと、確か腐葉土って枯れ葉やら何やらを発酵させるんだったっけ。農業や園芸には全く触れてこなかったからひどく曖昧な知識しかない。
何にせよ樹木系ってことはどうにかして土地の肥沃度さえ上げてしまえば問題ないはず。丁度いい、人手はあるだろうから実験がてらやってみるか。
「ちなみに木の実なんかは実るんですかね?」
「なるぞ。毒こそないものの、渋くて食用は難しいがな」
なるのなら問題ない。うちの国って人間の方が少ないんですよ。
貯蔵しておけば誰かしら食うだろう。
優先目標としては、より長く幹の太いジャルバルの生育。
副次目標としては、木の実の確保か。
こういうのを考えるのはそれはそれで案外楽しい。家庭菜園にはまる人の気持ちがちょっと分かる気がする。
「そういえば、ハルピュイアってジャルバルの実を食べたりすんの?」
一応付いてきているファルケラに訊いてみる。基本が肉食らしいから期待値は薄いんだが、鳥と言えば木の実というイメージもあるからな。
「ん、おやつ」
「マジで」
おったわ、消費者。
公共サービス、とはまた趣は違うが、必要最低限の食料と寝床だけで生活を営んでいると言えるかは恐らく否だ。それは死んでいないだけで生きているとは言いがたい。喫緊の問題ではないが、娯楽というか幸福度も考えて行かなきゃいけないのはしんどいところである。
ジャルバルの実はその一助たる可能性を秘めている。少なくともハルピュイアがおやつとして啄む程度には需要がある。人間の食用には適さないかもしれないが、果実酒にしたら美味しいかもしれないしな。
そうなるとまずは酒というか、醸造システムを先に完成させなきゃダメか。ドライイーストまでは期待していないが、この世界にも酵母はあるだろう。じゃないとパンとかろくに作れないだろうし。
そうだ、パンと言えば小麦だ。まだこの世界のパンは見ていないが、少なくともそれに類似した穀物はあって然るべきである。そこら辺の種も仕入れたいな。
「プラヴェス卿。ジャルバルの養殖について、少しばかりやってみて欲しいことがあるのですが」
「む、何かな?」
いかんいかん、話を戻そう。小麦やら酒やらはまた後で考えればいい。
とりあえずすぐに出来るのは腐葉土の土台くらいだな。季節と土地柄、ちょっと森の方に行けば落ち葉枯れ葉の類は大量に集まる。ざっくりと地面を掘り返して、その中に葉っぱをぶち込んで、耕しながら土を戻す。その上に捕えたジャルバルを配置してみる。
そうやって土地の肥沃度を上げたグループと、今まで通り養殖するグループに分けて養殖を行う。
比較検証は実験の基礎だ。結果が出るのは恐らく十日後だろうが、元々がダメ元である、やってみてアカンと思ったらもとに戻せばいい。徒労に終わるのは出来れば勘弁して頂きたいが、世の中全てが全て上手く回るわけでもないからね。
「なるほど、土壌を整えるのか。そうまでせずとも、今の大きさで十分ではあるが……」
「色々と用途がありそうですから、大きいに越したことはありません。何人かジャルバルの相手に慣れている者に手伝って頂けると助かります」
「了解した。ハルバ殿の頼みは無下には出来んでな」
俺の考えを打ち明けてみれば、プラヴェス卿は一定の理解は示して貰えたようだ。前述した通り、ジャルバルは上手くいけば色々と使える。試してみる価値はあると踏んでいるがどうだろうな。
「……しかし、本当によかったんですか?」
ジャルバルについての話も一段落したところ。若干の手持無沙汰感を紛らわすため、別の話題を振る。
ここで問う「よかった」はヴィニスヴィニク竜王国に降ったことについてだ。うちとして拒む理由はないが、逆に積極的に誘致する理由もなかった。なんせ日々の暮らしすらままならない有様である。どうぞ亡命してください、と言うには土台が整ってなさ過ぎた。
「万事良し、とは言えないがね。我々を受け入れてくれたことは感謝している」
彼は俺の顔をちらと覗き、少しばかり眉を下げながら返答を寄越した。
「いえいえ、そう畏まらずとも」
プラヴェス卿の発言に、こちらも慌てて言葉を返す。
彼の感謝を額面通り受け取り、そこで考えを終わらせるには俺は少しばかり歳を取ってしまっている。純粋無垢な子供ではないのだ。この世界の知識は不十分にしろ、一般的に考えて一貴族がそう簡単に立場を放棄出来ないことくらいは分かる。
聞くに、プラヴェス卿の領土はここからほど近いとまでは言わずとも、リシュテン王国の国境沿いにあるらしい。俗にいう辺境伯というやつだな。
通常、辺境伯という地位にはそれなり以上の実力者が就く。何故なら、国境に近いということは他国に近いわけで、即ち争いの当事者になりやすいのである。
国境付近を治める立場の者がそう易々と攻略されては、いたずらに国土を削りかねない。だから辺境には基本的に信頼のおける者を配置する。これが内地のへき地などであれば事情は変わっただろうが、プラヴェス卿の治めていた領土は言うなれば国土拡大の橋頭保だ。
そんな大任を仰せつかっている立場である、当然簡単に国を脱することなど通常であれば許されるはずがない。
「……こちらにはファステグント家のフィエリ嬢が居るのでな、大凡の予測は付くだろうが……。今の王国は急進派の貴族がほとんどの執行権を占めている。王族や我々少数派の意見など無きに等しい」
視線を遠くの地平線に預け、プラヴェス卿は続ける。
「領土も領民も、既に急進派の手が回っておったよ。恐らく、先の遠征が決定する前から裏で動いていたのだろうな」
「…………」
プラヴェス卿の独白が、夕暮れの寒空に滲む。
彼に同情の余地はある。貴族議会の決定でこのアーガレスト地方へ寡兵とともに侵入し、橋頭保どころか捨て駒に近い使い方をされた。フィエリの時もそうだが、やる時はやるのだ王国の軍拡派は。今更戻る領地が無い、というのも王国の動き方から見るに無理からぬことだろう。
結果として他国の貴族を引き込むことになったわけだが、これに関して特に問題視はしていない。フィエリにしろプラヴェス卿にしろ、言ってしまえば王国内で不要の烙印を押されてここに居る。今日まで一度たりとも捜索団や使節団などが来ていないことからも明白だ。あちらにとって既に亡き者として扱われている可能性が極めて高い。
隣国である以上、将来的に王国との外交も避けては通れないだろうが、竜王国に足りないものが多いとはいえあまり友好的には接したくない相手ではある。
心情的な部分でも勿論だが、それ以上に理屈的な部分で、だ。
ゲルドイル卿をはじめ軍拡派が台頭しているということは、王国はほぼ間違いなく富国強兵策を取っている。つまり、今うちの領内で一番死蔵されている魔鉱石は喉から手が出るほど欲しいはず。貿易の特産品になり得る魔鉱石だが、このカードを切ってしまえば、竜王国が潤うと同時にリシュテン王国も潤ってしまう。
そうなると当然、戦争の機運が高まる。
魔鉱石は使い方ひとつで大化けする戦略物資だ。それらが潤沢に手に入ると分かれば、取引の規模を増やそうではなく接収してしまおう、になるだろう。ファステグント家がその標的になったように。
ヴァンが居る限り負ける気はしないが、ヴァン以外の血は多く流れることになる。そんな事態は御免だ。
「む、いや申し訳ない。辛気臭い話をしてしまった」
流れる空気を、あるいは自身が齎した空気を嫌ったか、プラヴェス卿は努めて明るい声色でもって場を整える。
「そんな、お気になさらず。ところでどうですか、こちらでの生活は」
俺としてもこの空気を引っ張るのはあまり精神衛生上よろしくなかったので、彼の謝罪を受け入れつつ話題を逸らす。
考えなきゃならんことは雪だるま式に増えていってるんだが、こちとら戦争指揮官でも外交官でも国税専門官でもないんやぞ。ただのしがない社労士だ、ここは必殺、問題の先送りに限る。
しかし雑に思考を切り替えたせいか振った話題も酷いな。家屋すら満足に建っていない状態で生活の程度もくそもあったもんじゃないと思うが、とりあえず他にこれと言ったトピックスも思いつかないし仕方がない。
「遠征先で越冬となれば楽観視は出来んがね。それでもドワーフらには尽力してもらっている、恐らく死者は10名前後で済むだろうな」
「えっ」
えっ死ぬの? それはおじさん聞いてないです。
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