第44話 仕組みづくりの一歩目

「ここら辺でいいか。下ろしてくれ」

「分かりました」

「はーい」


 声を掛けながら上を見上げれば、そこにはばっさばっさと音を鳴らしながら翼を動かす三人のハルピュイア。それぞれ大きさだったり色合いだったりが異なる中、やっぱり個体差ってあるんだなあとしみじみ感じ入るところである。


 視界を元に戻すと、眼前では徐々に近付く大規模な森林が一帯に佇む。

 ブルカ山脈からも時々眺めてはいたが、やはり俺の知っている一般的な森とはそのサイズが段違いだ。相当な密度で生い茂っているのか、どこに視線を置いても枝葉の下にあるはずの地面は一向に見つけられない。

 ヴァンと一緒にやって来た時は強引に森の中に突っ込んだが、今の面子、かつ俺を守るものが無いこの状況で空からの突入はちょいと厳しいって感じだな。俺も無駄な生傷をこさえたくはないわけだし。


「人間一人くらいならこれでいけそうだな、ありがとう」

「いえいえ、それじゃ私たちはこれで」


 森の境目に程近い場所へと着地する。言いながら、ハルピュイアたちは挨拶もそこそこに再び空へ舞い戻っていった。


 思い付きだけど案外上手くいったな、ハルピュイアタクシー。

 飛び去っていく二人を見上げながら、俺は中々の手応えを感じていた。


「じゃー、私もこれで……」

「待てい。お前は俺の護衛でしょうが」

「ちぇー」


 そそくさと飛び去ろうと動いたファルケラをすかさずインターセプト。隙あらばサボろうとするんじゃない。

 こいつには俺の運搬に加えて道中の護衛も依頼しているのだ、ここでとんぼ返りをされては困る。普段から洞窟で惰眠を貪っているのだから、こういう時くらい働いてもらわないとな。



 基本的に人外が多いこのヴィニスヴィニク竜王国だが、今のところ政治の中枢となる人材は人間が中心だ。俺とかフィエリとかね。というかこの二人でほぼ全部考えているんだけども。

 しかしエリア全体を見渡した時、確かに国としては領土も歪だし狭いんだが、人間の感覚に落とし込むとホイホイ気軽に動ける距離でもなかったりする。電車や車といった文明の利器が無い以上、移動手段が限られてくるのだ。大阪と京都は確かにお隣だけど、徒歩で行こうとは思わんでしょ? そういうことである。


 ヴァンの居城からこの森まで徒歩で移動するとなるとかなりの時間がかかる。あくまで体感だが、半日ではちょっと厳しい。

 まっすぐに舗装された道ならまだしも、標高差もある険しい山道が大半だ。更には人が歩くための標もない。装備もなければ登山の心得もない俺からしたら、ただ歩くだけでも実に危険度の高いルートだった。


 毎回ヴァンの背に乗るわけにもいかず、かといって軽々に歩いて行ける距離でもない。

 そんなわけで、何か都合のいい移動手段でもないかと考えて出てきたアイデアがハルピュイアタクシーである。


 今のところ、主な移動手段は空路に頼るしかない。空を飛べる種族が多く、地上を移動する手段が徒歩しかない以上当然の帰結だろう。

 この世界の基準で言うなら空は決して安全ではないのだろうが、目下の脅威となる翼竜は既に支配下にある。障害物もなく、悠々と自由に行き来できる空路は現状ではほぼ最善手に思えた。

 人間社会で飛行魔法はあまりポピュラーではないらしいので、将来的にはこれを産業の一つにしてもいいかなもしれない。


 ハルピュイアは、今のこの立場だからこそ言えるがかなり良心的な種族だ。

 会話は問題なく通じるし、獰猛というわけでもない。フェアリーと違い戦闘能力も持ち合わせているが、狩りと自衛以外でその力を振るうことはほとんどない。


 ヴァンという後ろ盾があるにしても、俺の言うことにも比較的素直に従ってくれる。誰が相手でも分け隔てなく接するブラチットやぐうだらなこいつのように、個体差は勿論あるけども。


「それじゃ、道中短いけどよろしくな」

「ふあーい……」


 俺の安全を預ける一時の相棒へ一言。

 本当にこいつ大丈夫かよ。選んでおいてなんだが不安がデカい。

 しかしまあ、空輸のおかげで大幅なショートカットは出来たものの、鬱蒼と茂る森に生身でダイレクトエントリーをかますわけにもいかないからな。お目当ての場所は既に目と鼻の先ではあるが、ここからは徒歩になる。


 天候は曇り。生憎と雪がちらつく空模様だが、散策がてらと考えればそれもまた一興というもの。人の手が入っていない大自然の営みはいつだって心を癒してくれる。都会に住んでいたら余計にね。

 幸いにしてまだ日は高い。ここはひとつ風景を楽しみながらのお散歩と洒落込もうじゃないか。



 深々と雪が降り積もる中、山中の道を歩む。さくさくと、土と雪が混じった地を踏みしめる感触と目に映る白銀の景色は、寒さという一点さえ除けば存外悪くない趣だ。


 ヴァンと、今となっては俺の居城でもあるブルカ山脈では、その標高も相まってか雪がよく降る。


 特に朝晩は非常に厳しい気温となるが、大自然に囲まれた山脈で過ごす日々は意外と悪くない。都会での生活はやはり知らずにストレスも溜まるものなのか、元の世界で過ごしていた時よりも普段の体調はむしろ良いくらいだった。


 いやまあ、元居た世界でも健康的な生活をしていたかと言われれば若干怪しいけどね。

 ただ、仕事にまつわる人間関係が割と無視出来ない負荷になっていたんだなあと感じる程度には、今の俺を取り巻く状況には案外満足していたりする。

 今のところ収入は特にないが、支出もない。

 やらなきゃいけないことはそれこそごまんとあるが、どれも特別時間制限があるわけでもない。

 ある種自由気ままに出来ている現状はいっそ理想的でもあった。


「雪があるとやっぱり歩きにくくはあるなあ……」


 足元の感触に、つい独り言が漏れる。

 今歩いているこの道は、以前からホガフたちドワーフにお願いして整備してもらった道だ。

 コンクリートやアスファルトといったものはこの世界にはまだ存在していないようで、路面の整備はせいぜいが土を固める程度。道が分かりにくかったり危険な場所は木材を使って経路を整えているが、総評としては獣道に毛が生えたレベル、というのが現代人の認識だろう。

 石畳くらいなら敷くことも出来るらしいが、正直国土となる地の単純な面積、それに立地を考えると早々敷きまくれるものじゃない。今はこれだけでも十分と見るべきか。


 アスファルトにしろ土にしろ石にしろ、雪が積もれば関係ないんだけども。


「うー…………さむい…………」

「俺だって寒いよ。お前まだマシだろ自前の羽があるんだから」

「それでもさむいものはさむい……」


 俺の隣を歩く漆黒のハルピュイア、ファルケラから文句の呟きが飛び出す。

 そりゃ俺だってこんな寒い中に出歩きたくないし、何なら家に引きこもって炬燵にでも入ってヌクヌクとテレビを楽しみたい。

 しかしそれが実現出来る世界ではとうになくなっている故、こうやって寒中の山道を歩いているわけで。


「ハルバのそれ、暖かそう……」

「ふっ、貸さんぞ」


 その点、エアコンやテレビと言った電化製品は全滅したものの、私室の衣類が残ってるってのは実にありがたいことだった。フィエリにも何着か貸してるし、今の俺は普段の装いの上にダウンジャケットを装備している。完璧な防寒力だ、流石現代の技術は一味違うぜ。


 で、今回のプチ遠征の目的だが。お目当てはナーガの長、ラナーナ。

 ちょっとしたお願いと、いくつかの狙いがあって足を運んでいる。

 ヴァンは今日はお休みだ。あえて俺と最低限の護衛だけで行く。それ自体が狙いの一つでもあるからな。


 ゲルドイル卿からの大規模な襲撃があって以降、一定の友好関係は築けたナーガ。その表面的な従順にヴァンの力が大いに作用していることは、きっと馬鹿にでも分かることだ。

 彼女は確かにこの国のトップだが、そうなっている要因はヴァンの個人的な力に因るところが大きい。無論、最初はそれでいい、というかそれ以外の方法がなかったんだが、将来的にはそれだけでは立ち行かなくなる。


 単純な話、ヴァンの言うこと以外聞きませんよ、では困るのだ。

 こちらが組織として動く以上、当然ヴァン以外が出張ることもあるし、連絡役として下々の連中が動くことだってあるだろう。むしろ、彼女は国の最高権力者なのだからほいほいと他所に出張る方がおかしい。彼女以外が動いた際にも従順、とまでは言わないが、ある程度言うことを聞いてもらわないと困る。


 そんなわけで今回はあえてヴァンを外し、俺が連絡役として出ているわけだ。

 フェアリーを通した念話でも用件自体は伝わるのだが、ナーガと俺個人の友好はほとんどないと言っていい。であれば、自ら足を運んだ方が少しでも好感度を上げておいた方がまだ得策にはなる。


「とりあえずしっかり護衛頼むぞ。俺は戦えないんだからな」


 何にせよ、ヴァンを外すということは代わりとなる俺の護衛が必要というわけで。護衛役がぼちぼち板に付いてきたファルケラに再度の念押しをする。


「分かってる……今のところそういう空気はないよぉ……」

「空気て」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 本当かよ。

 時々こいつが護衛でいいのか若干疑問に思う。いや強いとは聞いてるし、実際有事の際はちゃんと働いてくれるとは思うけどさあ。もっとこう、ほら、あるだろ。やる気とか気合とか。



 ブルカ山脈とナーガが治める森林地帯は隣接していて、そのルートにおける主な脅威は翼竜とナーガである。俺たちは両者とそれぞれ友好関係と主従関係を築けているので、理論上は俺の身に危険はない。


 しかしながら、その理屈に乗っかって裸でこの山道を歩けるかと言われれば話は別だ。

 翼竜やナーガが俺を襲ってこないにしても、ここは普通に山と森なので野生動物も多い。季節柄、冬眠もあるので早々目にすることはないが、それでも危険が消えたわけじゃない。野良の狼なんかに狙われたら俺では手も足も出ないのである。


 そういう意味で行くと、ファルケラの護衛は適任ではある。

 彼女に限らずハルピュイアという種族は、まあ近接戦向きではないにしろ小型、中型の野生動物よりは強いし魔法も扱える。目端が利くから奇襲も受けにくい上に、短距離であれば成人男性を一人抱えて飛ぶことだって可能だ。抱きかかえて飛び続けるには人間はちょっと重いようだが。


 とどのつまり、最低限以上の索敵、防衛、逃走能力を兼ね備えている。表現は悪いが、極めて取り回しのいい種族というわけだ。

 翼竜と違って単独で意思疎通を図れるのもデカい。フェアリーはフェアリーで確かに便利だが、彼女たちを連れていけないシーンも出てくるだろうしな。

 今後、もっと危険なエリアを踏破する予定などが出ればまた別だろうが、今のところは優秀なハルピュイアが一人付いてくれれば俺の護衛には事足りそうだ、というのが一先ずの感想である。


「くぁぁ……ねむい……さむい……」

「頼むぞお前マジで」


 ファルケラが本当に優秀かどうかの疑問はついて回るけども。

 何か下手こいたら罷免してやりたいところだが、こいつがヘマした時には俺が死んでいる可能性が高い。今更ながら怖くなってきた。本当にこいつでいいんだろうか。今からでも担当変えようかな。


 ちなみに、ブルカ山脈の周辺を生息地としていて、ヴァンの支配下に下ったハルピュイアは総勢で38名にのぼる。当然中には老齢の者や子供に赤子も居るから、全員が全員戦力として扱えるわけではないが、とりあえずヴィニスヴィニク竜王国の所属となったハルピュイアは今のところ38名居るということだ。


 国家として、領民の把握は最低限しておかなければならない。現代日本で言う戸籍制度みたいなもんである。人別改帳にんべつあらためちょうってやつだな。

 日本人にとって馴染みの深い戸籍制度だが、世界中で見てもこの制度が生きているのはアジア圏の一部のみ。具体的に言うと日本、韓国、中国くらいだったりする。


 そもそも、国民を個人単位で全部把握するのには土台無理がある。

 だから江戸時代に生まれた人別改帳も、人ではなく戸単位で定められている。ハルピュイアも基本は家族単位で母集団を形成しているから、その代表者に当たる者のみ把握しておけばいい。38人という数は、まだ単純に少ないから俺が総数を覚えているだけで、今後増えればそうもいかなくなるだろう。

 数は分かっていても、名前まで全部覚えてはいないしな。それこそブラチットとファルケラくらいしかすぐ出てこない。


 日本だって、政府が直接国民のすべてを知っているわけじゃない。それは地方自治体の仕事だ。今のこの国にはそういう機能がないから全てヴァンや俺、フィエリの直轄だが、いずれはエリア毎にその働きも持たせたいと考えている。


 場所的にも規模的にも状況的にも、それの第一号として一番適切なのはやはりナーガとトレントなのである。

 つまり今回の主題は、ナーガの地方自治についての調整だな。


 今まではナーガとトレントの主従関係で完結していた原始的なものを、国の機関の一つまで叩き上げて行こうという魂胆である。

 元々ここはナーガの自治で回っていたところもあるから、大筋は今までと変わらないだろう。ただ、非常に面倒くさいことにその自治に伴う情報の取得と管理が必要になる、といった感じだな。

 まずはそこの理解を得る必要があるだろうから、俺がこうして足を運んでいるわけだ。

 あわせて、ナーガを対象とした人別改帳の作成も進めたいところである。一人一人の詳細までは要らないが、ラナーナの傘下に何人のナーガとトレントが加わっているのかは把握しておきたい。



 で、ハルピュイアやナーガだけに止まらず、次の段階として種族毎に何歳が成人扱いでとか、労働に適した年齢はどれくらいだとか、逆に介護や福祉が必要なのかとか、その規模がどれくらいなのか等々、詳細を知っていく必要が出てくる。

 何故かと言えば、俺、というかヴァンは一応彼らを守るお題目を掲げている。それは単純に外敵から身を守るだけでなく、この国に所属する者たちの生活を守っていかなければならないことを意味する。人間のように単一種族の集合体だったらそこらへん楽だったんだけどなあ。


 要は、社会保障制度の土台作りが必要なのである。


 おお、何だかこの世界に飛ばされてから初めて社会保険労務士っぽい単語を連想した気がするぞ。思い返してみれば、今までやってきたのって他種族と建国の話し合いしたり人間と戦闘したりだったからな。一ミリも社労士関係なかったわ。


 ただ、それをやるとしたらシステム面もそうだが諸々の元手も必要だ。

 人員も金も要る。

 そうなると今度は外貨なり物資なりを調達せねばならない。んでそのためにまた人手と案が要る。更に手に入れたそれらを給与または報酬、あるいは補償金として分配する別の仕組みも必要だ。


 うーん、一つのものを組み立てようと思ったらあちこちで別のものを組み立てなきゃいけないこの難易度よ。全てをゼロから作るのは本当にしんどい。というか構想だけは出来るものの、実際に組み上がるかどうかも加味すると更に倍率ドンで難易度が跳ね上がる。


 自給自足も怪しい今、輸出を考えられる程この国はまだ成熟していない。

 先日ヴァンに宣誓させた日を建国記念日ってことにしてフィエリに記録は取らせているが、本当に生まれたばかりの赤ちゃんみたいな国である。


 いやー、きつい。

 やっぱりこれ、分かってはいたが俺一人ではどうにもならなさ過ぎる。


 兎にも角にも、最初はフィエリやプラヴェス卿といった現地の有識者の知恵を借りないことには無理ゲーだな。しかも主な対象が人間じゃないからそこら辺の事情聴取が必要である。

 同時に、他種族の意思や習慣もある程度尊重しなきゃならんから、人間以外の有識者も要るぞこれ。ドワーフ、ラプカン、フェアリー、ハルピュイア、ナーガ他。多分、これからもどんどん増えていくんだろう。

 将来的に異種族構成による議会制も検討するべきか? いや現段階だと皮算用の域を出ない話ではあるんだが。


 ふう、まだまだ先は長い。おじさん程ほどに頑張る所存。


「ねー、まだ? 飽きてきた……飛んでいい?」

「もうちょいで着く。というか飽きるな。飛ぶな。俺を置いていこうとするな」


 こいつほんま。

 まあいいや。よくないけど。最低限の仕事さえしてくれれば文句を垂れてもとやかくは言うまい。流石に俺を放り出して文字通り飛び出すのは勘弁してほしいが。



 静かに雪が降り積もる中、足場の感触が固められた土から趣を変える。同時に広かった視界も急激に手狭となり、荒涼とした岩肌から鬱蒼にも思える森へとその景色を変化させていた。


 ナーガの勢力圏に入った証左だ。

 相変わらずクッソでかい森ですこと。空から見てもでかかったが、実際に足を踏み入れると本当に実感する。いくらブルカ山脈のお隣とは言え、このまま深くまで進んだら絶対に遭難する自信がある。


「……じめじめする」

「そりゃ森だからな」


 普段はあまり変化のない表情を分かりやすく顰めながら、ファルケラが零す。ハルピュイアという種族柄、普段は飛んでいるだろうから、歩いて森に入るってのは中々ない経験なのだろう。


「来たか、ハルバ」


 森に足を踏み入れて程なく。まだ山脈の名残が残る程度の道すがら。前方の茂みが揺れ、ナーガの長ラナーナがその顔と声を覗かせた。


「あ、どうもラナーナさん。お出迎え頂きありがとうございます」

「……こんちは」


 意外と早かった邂逅に少しびっくりながらも俺は言葉を返す。

 ファルケラも一応の挨拶を紡ぐが、こいつにしてはややぎこちない。そういえばハルピュイアとナーガの力関係ってどうなってんだろうな。ナーガの方が強かったりするんだろうか。


「……ヴィニスヴィニクが居ないようだが」

「ええ。今はブルカ山脈で待機しています」

「そうか。それがいい。奴にみだりに動かれるとな……」

「はは……心中お察しします……」


 俺とラナーナとのやり取りは、互いに小さな溜息とともに紡がれた。

 あまり仲良くはなさそうだが、付き合いは長そうなヴァンとナーガ。ラナーナも過去、ヴァンに振り回されたことがあるんだろうか。その姿を想像したらちょっとほっこりする。何となく同族意識が芽生えたような気もするぞ。


「それで、今回はどんな用件だ。また木材か?」


 気を取り直して、ラナーナが問う。

 この人、最初は気難しくとっつきにくいタイプだと思っていたが、話してみると気さくとまではいかずとも、しっかり会話が通じるんだよな。

 確かに言葉に棘はあるし見目の威圧感もあるが、初対面の時から話は聞いてくれた辺り、根はいい人なのでは? おじさんは訝しんだ。


「いえ、木材の相談もまたしたいのですが、今回の主題は別にありまして」

「ほう。何だ、話せ」


 それに、初対面の時と比べれば幾分かこちらに心を開いてくれている節もある。木材に関しても確かに追加でお願いしたいとは考えていたが、向こうから言われるとは思っていなかった。

 考えてみるに、ゲルドイル卿との一件が小さくない影響を及ぼしているのだと思う。俺は確かにただの人間だが、心情的には完全にこっちサイドだからな。


 さて。

 思ったより好感度が高いこの現状、活かさない手はない。どこまで理解してもらえるかは分からんが、こちらの意図と狙いを出来る限り説明しておきたいところである。



「……チホウジチ? 何だそれは。私の知らん地名か?」

「あー、えーっと……。ざっくり言うと、ラナーナさんにこの一帯を治めてもらうことの呼称と言いますか……」

「それは今もしている。何か違いはあるのか」

「まあ、大筋はそんなに今までと変わらないんですけども……」


 うーむ、予想はしていたがやはり色々と説明しなきゃいけないようだ。

 これ今日だけで理解してもらうってのは難しそうだなあ。あまり日を跨いで引っ張りたくもないし、毎度お邪魔して講釈を垂れるってのもウザがられる気がする。


 ただまあ、それを目的に来た以上はやっとかんとな。

 なるべく簡潔に、分かりやすくをモットーに行こう。あっちでの仕事だって基本はそうだったんだからな。おじさん頑張る所存。



「くぁ……おやすみぃ」


 ファルケラは立ったまま寝るな。起きろ。

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