第二章
第43話 有意義なひまつぶし
「ヴァン、この辺に池とか湖とかってない?」
「うん? 確かあったと思うが。どうした突然」
古代龍種の居城であるブルカ山脈から広大な森林地帯を覗く。特に何も考えることなく、ぼけっとしながら眺めていることしばし。ふと思いついた俺は、隣に座るヴァンへと声を掛けた。
声掛けと同時に視線を動かすが、相変わらず顔面含めた容姿のポイントが高すぎる。どんなシーンでも絵になる見た目の良さって反則だと思うの。まあ幸か不幸か、今の彼女を取り巻く環境では人間基準の容姿というものはあまり関係がないのだが。
「いや、ちょっと考えててさ」
何故俺が池や湖を求めているかだが、いくつか理由がある。
まず第一に、俺はこの周辺の地理をほとんど知らない。
そもそもが翼竜や牙竜が跋扈する超危険地帯である。夜は勿論、真昼間でさえ俺一人で出歩くのには常に命の危険が伴う。異世界という現代に生きる男の子にとっては実に心躍るシチュエーションではあるものの、興味と命がトレードオフの関係なのは困る。
だが、今は少なくとも翼竜が俺を襲うこともない――こればかりは検証が出来ないため、ヴァンの言を信じるしかないが――上に、ナーガやトレントとも一応の同盟関係は築けた。
残るは牙竜の存在だが、彼らは翼竜に比べるとあまり数がおらず、更に縄張りも少し外れ……どちらかと言えば西にかかる山脈方面に居ることが多いそうだ。
この国のてっぺんはヴァンだが、一応俺も重鎮みたいな立場になってしまっている。そんなわけで、いい加減目に見えるざっくりとした風景以外について、アーガレスト地方の地理に関しても少しずつ勉強しようと思い至ったわけだ。そのためにはフィールドワークが一番効率的だからな。ついでに地図の作成なんかも出来れば儲けもんだ。
第二に、食料調達の目処を付けたい。
さしあたって農耕に関して言えば、ラプカンの連中にキュロッツの耕法と種を分けてもらう予定である。後はナーガからそこらへんの情報を聴取出来ればありがたいってところだ。
仮に麦やら稲やらがあったとしても、ああいったものはある程度の知識がないと計画的に育てるのは難しい。特に稲は水を大量に使うため、土地と苗だけがあっても育たない。よしんば収穫出来たとしても、加工出来なきゃ食えないわけで。
加えて今は季節的に冬真っただ中。この気候だと今すぐ農作を始めるのは多分難しい。土も固いし、春先になってから諸々始める方がよさそうだ。そのための準備はしておくべきだが。
畜産も育てる動物から捕まえにゃならんし、ちょっと手間がかかる。
人間の手に負える動物がこのエリア一帯に居るかも分からない。家畜化に向いた動物が居るかどうかってのはフィエリやプラヴェス卿に聞けばいいにしても、畜産や農業を軌道に乗せるには、何にせよ手間と時間がある程度かかってしまう。
そんなもんで、海はなくとも池や湖などのある程度の規模の水があれば、魚を獲るくらいは出来るんじゃないかと思った次第である。養殖も少し考えたがパス。俺はやり方を知らないし、多分畜産より難しい。
話を聞く限り、海は海でヤバいレベルの生物がうようよしているらしいので漁業には向かないだろう。となれば、領域内の水場で多少なりそれが賄えれば万々歳というところである。
あと純粋に、ちょっとした暇潰しもしたい。
別に今が暇だというわけではない。むしろ頭脳労働をすることが多いから、忙しいと言えば忙しいのだと思う。しかしながら、人間は常に脳みそをフル回転出来る構造にはなっていない。どこかで息抜きは必要だ。
現代社会であればそれがカラオケだったりショッピングだったりテレビだったりネットサーフィンだったりとするわけだが、生憎とこの世界にそんな便利なものはないのである。釣りくらい楽しんだってバチは当たらんだろう。
「――つーことで、地理を覚えたいとか食料の目処とか色々あるわけだ」
「なるほどね。ハルバは色々と考えているなあ」
微笑みとともにヴァンからお褒めの言葉を頂く。言うほど褒められる程のことでもないと思うけど。だがまあ、彼女の見た目から褒められるというのはむず痒いが悪い気はしない。俺は決してロリコンじゃないが。
「もし近場にあるなら案内してくれると助かる」
「構わないよ。何処にいても我のやることは変わらないからね」
相変わらず懐が深いというか寛容と言うか。半分くらい何も考えてなさそうだなという感想は抱くものの、それを突っつくのは野暮である。
「あ、ちなみにそこって歩いて行ける範囲?」
「うん? ここからなら行けると思うが……我には乗らないのか?」
今回は地理を覚えたい狙いもあるから、ヴァンの背に乗ってひとっ飛び、は出来ればナシで行きたい。
空からの風景はそれはそれで貴重だが、あまりそれに慣れてしまうと今後ヴァン抜きで行動する時が辛い。人間は普通、独力で空は飛べないのである。
「道も覚えたいからな。いつまでも負んぶに抱っこって訳にはいかないし」
「我は別にそれでもいいんだけどね」
「いや俺がよくないから」
如何に相手が古代龍種というトンデモとは言え、見た目中学生の女子にずっとお世話になりっぱなしってのはちょいと情けない。無論、戦闘などになれば俺は足手まといでしかないのでそこら辺は頼るしかないんだが。
そう、やっぱり戦闘は怖いのである。
目下最大の鬼門がこれだ。
俺に戦う術はないし、接敵したとして逃げられるかも分からない。多分無理だろう。社会人になってから運動とは程遠い生活を送っていたしなあ。
なので、俺がこの洞窟を出る時には必ず護衛が必要になる。こっちの世界に飛ばされてからというものの、基本はヴァンと行動を共にしていたが、今後もそれが継続出来るか分からない。
今回はヴァンも道案内を兼ねて同行してくれるが、俺の個人的都合も含めて常に彼女を引っ張り回すってのもあまりよろしくはないだろう。
と、いうことで。
「それじゃこいつも起こそう。ファルケラ、起きろー」
「…………んぅ、呼んだ……?」
俺とヴァンが並んでいる場所から程近く。ギリギリ日光には晒されない洞窟の陰で、一体のハルピュイアが眠りこけていた。夢の世界に旅立っているところ悪いが、彼女には保護分の働きをしてもらうことにしよう。
ファルケラ。ヴァンの庇護下に入ったハルピュイアの一人である。
ハルピュイアとしては比較的長身。全身の羽も黒に近い色をしており、顔つきも精悍というよりはどこかほんわかとした空気を感じられる。
ブラチットが雀だとしたら、さしずめファルケラは鴉だな。艶めく黒塗りの羽がミステリアスな雰囲気を醸し出している。いや実際のこいつは多分何も考えていないだけだと思うが。
彼女はブラチットとは対照的で、実にのんびり屋で気分屋でぐうたらだ。コミュニケーションも取れなくはないが、基本が面倒くさがりなので積極的な会話は少ない。
アーガレスト地方に棲むハルピュイア一族はヴァンの下についたものの、まあハルピュイアに限らず個体別の性格差は本当に様々であった。ブラチットのように誰とでも話せるやつもいれば、ファルケラのようなやつもいる。その点フェアリーの統一性は凄いな。あいつら基本全員が能天気だぞ。
で、ラプカンやドワーフの住処、ナーガの森林地帯等、めぼしい場所にはハルピュイアとフェアリーをワンセットで派遣しているのだが、こいつの場合はちょっと理由が違う。
彼女は極力働きたくなかったのである。
何なら自前の食料を狩ることすら面倒くさがる筋金入りだ。
だから彼女は普段、生命維持魔法が掛かっているこの洞窟の端っこで引きこもっている。俺が出掛ける時、護衛に就くことを条件として。
「ちょっとしたお出掛けだ。頼むぞ」
「……ふぁい……」
もぞもぞと動きながら、ファルケラは緩慢とした動作でどうにか身体を起こす。
こいつ今までよく死ななかったな、とも思うが、どうやら彼女はこれでもハルピュイアの中では運動能力、戦闘能力ともに優れている個体らしい。やる時はやるタイプなんだろう。
「むう。我も居るのに連れていくのかい」
「今後のためだよ。これからもずっとヴァンを俺の都合で引っ張り回すわけにもいかないだろ」
その可愛い顔でふくれっ面になるのやめてくれませんかね。ポイントが高い。
最初っからそうだったが、ヴァンはどうにも俺、というか跳躍者に対する執着が強い。跳躍者が貴重な存在であることは分かるのだが、それ以上に昔一時を共にした「彼女」の存在が大きいのだろう。
前から思っている通り彼女は正しく俺と接してくれてはいるが、正しく俺を視てはいないのだと思う。
俺はその人の代わりにはなれない。しかし、突然訳の分からない異世界に放り込まれた俺を助け、また言語の壁も破壊してくれた恩くらいは返したいところだ。
「さて、そんじゃ行くとするか」
今日はまだ日も昇ったところで時間的にも全然余裕がある。
釣り具、というか釣り竿なんかは道中の木やら草やた蔦やらで何とかなるだろう。餌はファルケラに獲って来てもらえばいいや。小動物を狩るのはハルピュイアが得意とするところだからな。
無論、魚が獲れれば最良だが、別に釣りにこだわる必要はない。その気になればヴァンやファルケラがなんぼでも捕まえられると思う。大事なのは俺の息抜きと暇潰しである。
「うん、たまにはのんびり歩くのも悪くないかもしれないね」
「うえー……面倒くさい……」
約一名ぶーを垂れているがお前の意見は聞いてないからな。というか普段から寝まくってるんだから少しは働け。それに、こういう時じゃないとこいつを動かす機会がない。俺自身頻繁にこの洞窟から外には出ないし。
「道中またハルバの話も聞かせてくれ」
「別にいいけど。そんな華やかなもんじゃないし大体喋った気もする」
よく飽きないなヴァンは。それに付き合っちゃう俺も俺なんだけどさ。
まあいいや。ファルケラがこれ以上ぐずってしまう前にさっさと出発しよう。
生命維持魔法のおかげでこの洞窟に居る限り腹は減らないが、外出となると話は別だ。切干キュロッツを幾つか持って行っておやつにするか。
一日の〆に焼き魚でも食えれば最上だな。果たして目指す池やら湖に魚が居るかも分からんが、こういうワクワク感は幾つになっても忘れたくないところである。
洞窟から一歩踏み出せば、紅の名残を振り払って訪れた冬の景色が眼前に広がっていた。
「ハァ……ハァ……ッ! ヴァン……あとどんくらい……?」
「うん? 凡そだが、今で道中の半分くらいだろうね」
「マ、マジか……」
「ハルバ、しんどそう……帰る……?」
「くっそお前……涼しい顔しやがって……」
アカン。
こいつらの距離感覚と体力舐めてた。
釣りを始める前に俺が死にそう。助けて。
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