第42話 それから

「よう、ハルバ。これ今回の分じゃ」

「あ、どうも。ありがとうございます」


 ヴァンの居城である洞窟から出たすぐ先で、魔鉱石を抱えた幾人かのドワーフと行われる簡素なやり取り。最初こそ戸惑ったものだが時の流れは便利かつ残酷なもので、ドワーフという異種族との交流も、苦い記憶もまとめて均してくれる。


 彼らドワーフには各拠点や住処への道の舗装と魔鉱石の納品をお願いしている。まだ国という形も法律も出来上がってないもんで、あくまでお願いベースだが、今のところ彼らにも特に不満なく従事してもらっているのが現状だ。


「それじゃ、いつものところに置いておいてください」

「あいよ。ヴィニスヴィニク殿にもよろしく頼まぁ」


 簡素な挨拶を交わした後、魔鉱石を抱えたドワーフたちがのっしのっしと歩を進めていく。大分見慣れた光景になってはきたが、やはり俺の指示で色んな種族が動くというのは何処か違和感を感じてしまう。いやまあ、後ろにヴァンが居るからこそだというのは分かってはいるんだけども。


 ちなみにこの魔鉱石、俺も何回か見ているのだが、運ばれるものの大きさとしては拳大から凡そボーリングの玉程度のサイズが多い。無論、それ以上のものも発見はされるらしいのだが、今度はデカすぎて採掘したり持ち運ぶのが難しくなるそうだ。

 それこそヴァンくらいの体躯があれば問題ないのだろうが、ドワーフは体格だけで言うと人間より小柄だ。パワーがあるとはいえ、限界もあるのだろう。


 そう考えると以前、王国側が用意した魔鉱石は相当なサイズであったことが窺える。あれを手配するにはかなりの財と技術を投じたはずだ。自衛のためとはいえ派手にぶっ壊してしまったのには少々の罪悪感も芽生える。

 だがこっちもナーガやトレント、そして森林地帯を見殺しにする選択肢はどう間違っても取れなかった。王国には手痛い授業料として納めてもらうしかあるまい。


 うーん、しかしこの魔鉱石もいい加減使い道を考えていかないとな。

 そこそこ貴重なアイテムであることに違いはないのだが、現状うちではヴァンくらいしか使い手が居ない。フィエリも加工の知識はあるものの、ここには設備も道具もないのだ。ヴァンにしても、洞窟内に生命維持魔法をかける以上の使い方を考えていないみたいだから、余っていく一方である。

 通商の種になることは間違いない。しかし今のところ特に他国と国家間での付き合いがあるわけでもない。貿易する相手がいないんだなこれが。


 まあいいか。そこも確かに大事だが、今はそれ以上に重要なことがある。



「ふん、ここに居たか」

「ラナーナさん。すみません、わざわざご足労を」


 ドワーフと別れてすぐ。森林地帯へと延びる道の方面からナーガの代表と、その配下であろう数人がシュルシュルと忍び寄るように近付いてくる。

 人間でいうところの足が無いから仕方ないんだが、どうにもこの移動を見るのは慣れない。この世の者じゃない感がスゴい。めちゃくちゃ失礼だから口には出さないけどさ。


「今回の分の木材は見繕ってやった。後は好きにしろ」

「ご協力、痛み入ります。助かります」


 彼女はそう言いながら配下のナーガに目配せし、そのまま引き揚げようとする。

 どうやら、必要以上にコミュニケーションを取るつもりは皆目ないらしい。ただ、取りつく島もなかった時と比べればこうやって協力してくれるだけで各段の進歩である。素直に感謝しておくとしよう。



 あの日以降、ナーガらとは協定が結ばれた。


 焼けてしまった森林地帯を含めた外縁部を今後の防衛と外部との交渉のために俺たちが代理として治める。ナーガの支配域である内部の統治権はそのままに、差支えのない範囲でヴァンに協力する、といったものだ。

 ナーガとトレントには徴税や労働といった義務は課されず、基本的には今までと同じようにやってもらう。ただし、有事の際は協力して領土の防衛に務める。

 完全な支配下には下っていないものの、まあ領土内の自治区みたいなもんだな。封建制度の封土とするには些か上下関係が無さ過ぎるが、大方それと似たような感じに仕上がっていると思う。


 おかげで翼竜たちも気兼ねなく森林地帯を見回れるようになったし、元々森林が生息地でもあるフェアリーやハルピュイアにとってもいい報せであることには間違いない。それに、こうやって必要な資源を選別、融通してくれることも実にありがたいことである。

 取り放題ってわけじゃないにしろ、それでも森林地帯を治めるナーガとの関係が比較的良好になった恩恵は大きい。こっちだって無理難題を押し付けようって話でもないから、今のところはこれで十分であった。


「さて、と。ピニー! 居るかー!?」


 洞窟内で各所との連絡役を買って出ているフェアリーの名を呼ぶ。

 彼女たちは基本念話を使うことが多いが、案外耳もいい。大きめの声で呼び出せば、寝ていたり何かに集中したりしていなければ大体呼び出せるのは便利だ。


「はいはーい! 呼んだー?」


 声かけから程なく。

 ひゅんひゅんと小さな翼を軽快に羽ばたかせながら、ピニーが近寄ってくる。


「森の連中に木材の準備が整ったって伝えておいてくれ」

「りょーかい!」


 元気よく返答を返したピニーはそのまま念話の態勢に入り、遠隔地にいる同胞との通信を試みる。

 やっぱフェアリーめちゃくちゃ便利だな。本人の意思に寄る部分はあるが、現代で言う携帯電話のような利便性は非常に助かっている。無論、労働の対価としてしっかり種族全体を保護しているし、何なら俺秘蔵の切り干しキュロッツを分け与えたりもしている。あれ結構美味いんだよ。地味にハマっている。


「森の入口に丸太がどかっと置いてあるって! それでいいのかーって!」

「それそれ。好きに使っていいっつっといて」

「はーい!」


 用件が終わるや否や、彼女はまたひゅんひゅんと飛び回って洞窟の奥へと引っ込んでしまった。普段ならそのまま俺の肩に停まったり周りをうろちょろするんだが。うーん、もしかしたら食事や昼寝のタイミングだったのかもしれない。ちょっと悪いことをした。



 焼けてしまった森の一部分、平原地帯に面している森の入り口にあたるところだが、ここには今いくつかの建造物を建てている真っ最中だ。


 一つは、関所。建物だけでなく木や石で出来た壁も同時に作るように言っている。俺に建築の知識はないからそこら辺はドワーフ任せだが、まあ見てくれはどうあれとりあえず壁があるぞってのが分かればいい。


 国を建てるにあたり、果たしてどこからどこまでが領土なのか、という問題は避けて通れない。


 それを視覚的にも実効的にも一番分かりやすくさせる手段と言えば、やはり物理的な壁が一番である。現代で言うEUみたいな組織だったものがあればまた別かもしれないが、この世界は正直そこまで成熟していないからな。

 なんせここは誰も統治権を持っていない未開地なのだ。いつ誰が何処から侵入してくるか分からない。森の外れから侵入してくる分にはナーガやトレントが勝手にシバいてくれるが、とりあえず領域の主張と玄関の設置くらいはしておこうと思った次第である。

 確かにここは人間からすれば様々な異形種やモンスターが跋扈する超危険地帯だ。早々侵入者がやってくるとは思わないが、ゲルドイル卿の例もある。最低限の備えはしておくべきだろう。


 ブルカ山脈の西に広がる丘陵地帯も気になるところだが、こっちは山脈がいい感じの壁となっており、地上からの侵入は通常の手段では極めて難しい。空は翼竜の縄張りだし、ヴァン曰く、知的生物の気配が近くには感じられないとのことで、西は後回しだ。

 直近の一番の脅威は人間の国である。俺も人間だけどさ。


 もう一つは、家屋。

 主にプラヴェス卿の兵らが住むための場所である。


 あの出来事から一度は王国に引き返したプラヴェス卿とその残存兵だったが、ゲルドイル卿をはじめ急進派の影響力は俺の予想より遥かに強かったらしく。どうやら王国の中ではプラヴェス卿とその手勢は既に亡き者として扱われていたらしい。

 いやどんだけ真っ黒なんだよと思いもしたが、まあ俺がこの世界の参考にしている12世紀辺りの世界史だってそんな陰謀詭計の山だったしなあ。世は無情。


 軍拡派としてはプラヴェス卿の封土も狙い目であったようで、プラヴェス卿本人や兵たちが王国内で生きていることが分かると非常に都合が悪い。その前提で議会も進んでいたようだから、生きてたら困るわけだ。

 帰る場所があっという間にになくなってしまった彼らは、進退窮まった。生き残る方法としてサバル共和国に亡命するか野に降るかの二択を迫られたわけだが、なんと後者を選んじゃったのである。


 いやまあ、俺としても人間の知り合いが増えるのは有難いことだし、プラヴェス卿はフィエリと同じく相当の知見も持ち合わせているだろう。

 助かると言えば助かるのだが、絶対共和国に行った方がまだマシな気がするんですけど。ついさっきこの世界の国はまだ成熟していないと言ったが、こちとら赤ん坊やぞ。下手したら生まれもしていないレベルである。いいのかそれで。

 多分、ヴァンの力を間近で見たのも影響しているのだろうが、それにしたって性急過ぎではなかろうか。おじさん心配。


 とにかく、選ばれてしまったものは仕方がない。最低限彼らが飢えてしまわないように手配はするつもりだが、衣食住、どれをとってもまだまだ骨子すら出来ていない状態である。キュロッツだけで凌げるとは思えんし。


 こうなると家屋もそうだが、農産とか畜産とかが重要になってくるんだよなあ。土地はあるから前者は種、後者は家畜さえいればとりあえずのスタートは切れると思う。作物に関しては森にも可食性の自生植物はあるはずだから、ここら辺もナーガを頼りにさせてもらおう。

 問題は畜産だ。俺の知っているような牛や豚なんかが居ればいいんだが、この世界の畜産業ってどうなってんだろうな。ハルピュイアや翼竜は主にウサギやリスっぽい小動物を狩っているようだし、あまり参考にはならないかもしれない。


「――――さん」


 となると、ここは折角だしプラヴェス卿やその配下にも聞いてみるか。この時代の兵士って騎士を除けば大体が村や集落からの徴兵のはずだから、そういう知識があってもおかしくない。頼らせてもらうとしよう。

 100余名分の食糧を調達、保持していくなど到底俺一人で回せる内容ではないのだ。使えるものは何でも使って行かなきゃな。


「ハルバさん!」

「うおっ!?」


 びっくりした。はちゃくちゃにびっくりした。心臓が飛び出るかと思った。いきなり至近距離で叫ぶんじゃない。

 そんな非難の目を向けて振り返ればそこには怒っているような、呆れているような、悲しんでいるような。フクザツな表情を浮かべたフィエリが書類を手に佇んでいた。


「もう……さっきから何度か呼んでたんですよ?」

「悪い、ちょっと今後のことを考えてて」


 色々とやらなきゃいけないことが増えて、同時に考えなきゃいけないことが増えたのも事実だ。別にフィエリを蔑ろにしているわけじゃないし、むしろ昔以上に重宝しているのだが、ついつい思考の海に沈んでしまうと周りの声が届きにくくなるのは俺の悪癖だろうか。


「……私は、ハルバさんの決断は間違っていないと今でも思っています」

「……どうした、藪から棒に」


 実際あのことを考えていたわけじゃないんだが、何を勘違いしたのかフィエリが突然の気遣いを見せる。

 無論、考えることはある。果たしてあれが正しかったのかってのもそうだし、もっと他にいい手段が取り得たんじゃないかとも思う。正解が分からない以上考えたって詮無いことだとは思うのだがしかし、やはり人の命を俺の意思で奪ったことに違いはない。どうしても脳裏をよぎってしまうのはもう避けられないことだろう。


 結果として、ゲルドイル卿の軍勢は総崩れして退いてはくれた。被害の拡大は防げたし、今のところは再び攻めてくる気配もない。ヴァンの力ってやつもしっかりと示せた。願わくば、あれでビビってアーガレスト地方への侵攻を諦めてくれれば大助かりだ。


 あの時はあれがほぼ最善だと判断したが、実際のところは分からない。

 もしかしたら、大多数の王国民にとってゲルドイル卿は英雄だったかもしれない。正義の反対は悪ではなく、また別の正義だってのはよく聞く話だが、俺たちにとっての正義が彼らにとって巨悪になっている可能性だってある。

 そしてこんなものは言い出せばキリがない。全てが予測に過ぎないわけだし。


 だから、今の結果をひとまず良いものと受け止めて、割り切る。

 そうやっていかないと、この世界で生き抜いていくのは多分不可能だ。ここは日本じゃないし、社会福祉もない。俺は確かに日本人でおじさんだが、その感性と常識を頑なに固持したままのうのうと暮らせるほど、この世界は優しくはないことも知った。


「これでもハルバさんとヴァンさんには感謝してるんですよ。……トドメは私が刺したかったですけどね!」

「はは……悪いな、見せ場を取っちゃって」


 少々重くなりつつあった空気を嫌ったか、後半の言葉は努めて明るい口調で放たれた。


 だめだな、未成年に心配される三十路のおじさんは些か格好がつかなさすぎる。この世界での経験値で言えば俺はフィエリの足元にも及ばないが、俺の持っている常識では彼女はまだ子供と呼ばれるべき年齢で、俺は立派な成人だ。この世界での成人判定が何歳からなのかは知らんけど。



「そういえば、ヴァンの調子は相変わらずか」

「あ、そうですね。ずっと唸ってますよ」


 閑話休題。

 現在一つの任務を与えている古代龍種の様子を聞いてみるものの、その進捗は芳しくない模様だった。


 曲がりなりかつ朧気ながらにも国土と民が定まりつつある今。最大の鬼門であったナーガと森林地帯も何とか目処が付き、とりあえず形だけでも整えるために建国の宣誓でもするか、と、ここまで思い至ってぶち当たった壁がある。


 国名だ。


 当たり前だが、名前ってのは大事である。アイデンティティを発揮する一番簡単かつ確実な手段だからだ。

 今後の外交や自己紹介に於いて、所属している国の名を名乗れるようにしなくちゃならない。ナーガやドワーフなんかはそこら辺あまり気にしないだろうが、プラヴェス卿とその手勢もこちらの配下に降った以上、所属は明確にしておいた方がいい。名前があるだけでもけん制になるしな。


 で、その国名を、国家樹立を企てた張本人に任せているというわけだ。


 進捗は芳しくない。数千年生きている古代龍種と言えど、こういう名付け親になる経験はどうやら今まで持ち得ていなかったらしく、大苦戦している様子である。

 ヴァンも生物である以上、生みの親や名付けの親が居るはずだが、そこら辺どうなんだろうな。あまり深く気にしたこともないし、あえて聞くほどのものでもなかったからその疑問は放置していたんだが。


 だが、この点に関してはいくら苦戦していようともヴァンに決めてもらう外ない。

 ここは彼女が治める土地だし、彼女が国を創りたいと言ったのだ。ここに住まう種族らも、俺やフィエリでなくヴァンを上に見ている。であれば当然、彼女がその先陣を切るべきである。俺にもネーミングセンスというやつはあまり備わっていないことだし。


「ハルバ、フィエリ。ここに居たか」


 なんてことを考えていたら、そのヴァンが人間体の姿で現れた。

 最近バタバタしていたのもあって、この姿のヴァンを見るのは地味に久しぶりだ。相変わらずの玉肌に曇り一つない艶やかな金髪。見た目のポイントが高過ぎて逆に男が引くような、そのレベルの美貌を携えた古代龍種が晴れやかな表情で顔を覗かせる。


「あ、ヴァンさん」

「ようヴァン。決まったか?」

「うん、これしかないと思う」


 どうやら名付けの苦悩からは解放されたらしい。俺の質問にも淀みなく答える様は、見目の幼さと裏腹に確かな上位者の雰囲気を纏っている。

 そんな彼女がどういう名前を思い付いたのか、ちょっと楽しみだ。俺はあえてここだけは相談に乗らなかったので、今後紡がれる国の名は、純粋に彼女の思考だけで生まれた言葉となる。


 聞かせてもらおう。今後恐らく、このフルクメリア大陸全土に轟くことになるであろう、彼女の国の名を。




「ハルバ大帝国! これでどうだ?」

「はい却下」


 なんで考え抜いて出てきた答えがそれなの。おじさん意味が分からない。



 ――フルクメリア大陸東部に位置するブルカ山脈。

 険しい山々が聳え立つこの地を首都とした前代未聞の異種族国家、ヴィニスヴィニク竜王国。後に紡がれる人々の歴史に突如として現れたこの国が、大陸中に名と覇を響かせるのは、もう少し後の話となる。

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