第33話 スタンス
「あ、あの、えっと。ハルバさんとお話をした日から、翼竜が上を通っても、襲われなくなって……それで、様子を見てたんですけど、ずっと襲ってこなくて……だから、本当なんだなって思って、決めました」
「なるほど。ご理解を頂きありがたい限りです」
ヴァンの庇護下に入る理由をつらつらと述べるリラ。相変わらず自信の無さが溢れているが、まあしっかりと見るべきところは見ているらしい。
同時に、ヴァンの命令を遵守している翼竜も高ポイントである。如何にヴァンと言えど、アーガレスト地方全域に広がる翼竜の動向を常に、そして総てを監視できるわけがない。
現状の防衛システムというものは、各々の忠誠心と良心に全振りしている。
言ってしまえばガバガバだ。
仮に命令に背いたり言うことを聞かなかったりしても、それを罰する仕組みの方が出来上がっていない。すべての事象を等価値に吸い上げ、俺やヴァンだけで判断するというのは今の規模だからこそ出来ているものの、今後の拡大を考えれば土台無理な話である。
通常ならそれらを司法で縛り、法による強制力を発揮できるだけの、軍事力と偉力を持っていることが前提となる。悪いことをやろうと思えば出来る現状を、ヴァンという古代龍種一点だけですべて抑止出来るかと問われれば、将来的にはちょっと怪しい。
なので、その辺りも勢力の拡大に合わせて整備していかなきゃならない。
ここに関してはフィエリにがっつりと考えてもらう予定だ。
彼女はファステグント家という、この世界で言ういいところの出である。話をする限りは貴族然とした鼻の高さも見受けられない。もしかしたらそれは没落した時に折られたのかもしれないが。
何にせよ、彼女の助力を乞わない理由がない。俺はこの世界の常識には無知だし、仮にフィエリの思考が他種族と合わないものだったとしても、少なくともリシュテン王国ではこうでした、という一つの基準を得ることが出来る。
まったく、相変わらずやることが多い。
「でもすげーすよね、ハルバの旦那もヴィニスヴィニク様も。あれ以来、アタシら見ても襲ってこないっすもん、あいつら」
「まあ、そこは俺というよりヴァンの力が大きいけどね」
「ははは、褒めても何も出ないよ」
リラの言葉が落ち着いたところで、ブラチットが明るい口調で続けた。
ヴァンの言う通り、褒めても何も出ません。おじさんは謙虚なので。
ブラチットは割とフランクな、というか丁寧語に慣れていないような喋り方をする。とは言っても、彼女は俺の知っている言語を使っているわけではないのだが。
俺の耳にはブラチットの言葉がそのまま響いているわけではなく、ヴァンにかけてもらった翻訳魔法を通して認識されている。実際、口の動きは明らかに日本語じゃないしな。
つまり、日本語が話せるヴァン以外の言葉には翻訳魔法というフィルターが掛かっている。それは俺が喋る内容も同様だ。
どういう掛かり方をしているかまでは知らないし知る術もないが、人によって口調が違うということは、「そういう訳され方」をしているのだろう。
事実、ブラチットの容貌や性格と、俺の耳に入ってくる口調は実に相性の良いものだった。
ちなみに、ヴァンが行使した翻訳魔法は滅茶苦茶に出来が良く。音声による対話の他、文面にも発揮されている。俺にはフィエリが記した言語は読めないが、何故か意味は理解出来るのだ。当然、逆も然りである。
一体全体どんなマジカルパワーがなせる業なのか。
これらは理屈では到底説明出来るもんじゃないので、俺も深く気にしないことにした。
しかし、果たして国が出来上がったとして、きちっとした条例なんかを施行する時はちょっと考えどころだ。俺の書いた日本語は伝わってはいるが、細かいニュアンスの伝わり方までは把握出来ない。口語表現たっぷりの条例とかだったらすごい違和感がある。
まあ、現時点では些事だろう。
同じく、深く気にしないことにする。
ブラチットは言葉遣いから分かるように、ハルピュイアの中でも快活な気性をしている。別に喧嘩っ早いというわけではなく、誰とでも同じように接することが出来るコミュニケーション能力の持ち主だ。他のハルピュイアよりも外交性があったので、ラプカンの集落に派遣していた。
一応の狙い通り、彼女とラプカンたちはそれなり以上の友好を築けているようだ。リラたちからすれば余所者には違いないはずなのだが、結構馴染んでいるようで何よりである。
「では、本日からは後ろの翼竜二匹も防衛に就けましょう。パローとブラチットには引き続きここでやってもらう予定だけど、大丈夫?」
「はいはーい!」
「んあ。いっすよ、別に。ここ過ごしやすいし」
俺の提案に、パローとブラチットはそのまま了承を返してくれる。
とりあえず、みたいな感じでラプカンの集落に放り込んだパローとブラチットだが、彼女たちがもし露骨に嫌がっているのであれば代替も考えていただけに、この答えは嬉しいところだ。
「さて、それではリラさん。対価の面で相談したいのですが……あちらの作物。あれの情報を頂けますか?」
「ふえっ! あ、は、はい。キュロッツのことでしょうか……?」
ここからがある意味俺の本題である。
その視線と矛先をリラへと戻し、家屋の横にうず高く積まれた人参らしき作物を指差しながら。問いかけた俺の言葉に、彼女は相変わらずな調子で返答を紡いだ。
キュロッツ。うーむ、当たり前だが聞いたことがない。
人参は英語でキャロットだったはずだが、何となく音が似ているような気がする。何らかの意味があるのか、はたまた偶然か。
「……フィエリ、キュロッツって知ってる?」
こういう時は知ってそうな人に聞くに限る。便利な知恵袋みたいな扱いをしてしまっているが許せフィエリ。お前にしか分からんことが多すぎるんだ。
「えっ? まあ、はい。王国でも栽培されている野菜の一種ですよ。ラプカンも栽培しているとは思っていませんでしたが……きっと、どこからか流れたんでしょうね。広く扱われている野菜ですから」
そしてちゃんと答えてくれるんだよなあ彼女は。しっかりと情報を持ち合わせている辺り流石である。
「え、えとえと……キュロッツは、私たちの主食でして……あまり、沢山持っていかれると……その……」
「ああ、大丈夫ですよ。以前にもお伝えしましたが、無理を言うつもりはありませんから」
取引の内容が種族の主食となる作物となると、流石のリラも考えるところがあるらしい。だが、そこも言った通り何も分捕ろうというわけではないのだ。善政を敷くつもりである以上、無意味な重税は避けておきたい。
しかし、なるほど。人参改めキュロッツはこの大陸、少なくともアーガレスト地方やリシュテン王国では一般的な野菜のようだ。その来歴や由来は気になるところだが、今ここで掘り下げる問題でもない気はする。
とにかく今は分配を決めて、実物を頂いた後に考えるとするか。ヴァンなら何か知ってるかもしれないし。
「そうですね……収穫量の三割。こちらを収めていただく、というのはどうでしょう」
俗に言う三公七民、というやつだな。
俺の常識で言えばかなり良心的な設定である。昔は五公五民が一般的だったはずだし。あくまで日本史の話だが。
今の俺たちに三割ものキュロッツが必要だとは思っていない。俺やフィエリ、またヴァンの居城に居るフェアリーやハルピュイアで頑張って消化したとしても、多分余る。現状だけで言えば、三割どころか一割でも十分だろう。
重要なのは、「一定の割合で徴収すること」、「割合を増やすのは難しいこと」の二点を抑えることだ。税金が下がるなら民は喜ぶが、税金が上がれば民の不満は募る。当たり前の理屈である。
そして、今後は俺たちとラプカンのような関係性を持つ種族も増えていくはず。そうなった時に、種族毎に大きな差異をつけるのは望ましくない。
「え、えと、はい。それくらいなら、大丈夫、です!」
俺の提案にリラは僅かな思案に耽った後、了承を返した。
「ありがとうございます。では収穫の……あ、そうだ」
さっさと話をまとめようと思ったが、ふとした疑問にぶち当たり、俺は言葉を止める。
キュロッツの収穫時期を尋ねようかと思ったのだが、そもそもこの世界の時節ってどうなってるんだろうか。一年とかの単位があることは確認出来ているが、それ自体が指す時間が俺の認識と同じだとは限らない。単純な話、この世界の一日が24時間である保証もないのである。
俺の部屋にあるカレンダーで日付のカウントはしているが、スマホの電源は二日前にバッテリーが切れてそれっきりだ。
正確な時間を把握する術が今、俺の手にはない。
「……フィエリ。ここでは一日とか一年の括りってどう数えてるんだ?」
ということで、困った時はフィエリに聞くべし。
古事記にもそう書いてある。知らんけど。
「えっと、20時間で一日です。それが十日間で一周します。上週、中週、下週と続いて、十月で一年ですね。今は八の月、中週の三日、だと思います。多分……」
「……なるほどね」
時間の概念は共通しているようだが、数え方が異なるようだ。
フィエリの言を信じるなら、この世界では一日が20時間、一年が300日になる。日夜の概念はあるからして、今頭上に輝いている恒星は太陽のようなものだろう。
で、俺の認識よりも一日の概念が短い。この世界は地球よりも少しばかり小振りな惑星、ということだろうか。俺は天文学者でも宇宙工学者でもないから、詳しいことは分かりっこないけども。
えっ、じゃあ俺この世界だと三十六歳より年上になっちゃうじゃん。
やだなあ、おじさんに磨きがかかってしまうぞ。
まあいいか。それこそ些事である。気にしない方がいいだろう。
「では、収穫の時期と合わせる形でいきましょうか」
「あ、は、はい!」
ラプカンの代表者であるリラと、今後の具体的な部分を詰めていく。
当たり前だが全てがゼロベースだ、一つの取り決めを作るのにも多大な頭脳労働を伴う。いや本当、ろくな報酬もないのに我ながらよくやっていると思う。
「ふふ、ハルバは頼りになるな」
「返す言葉だけど、褒めても何も出ないよ」
ころころとした笑いとともに紡がれるヴァンの言葉。
何だろう。嬉しい言葉ではあるのだが、古代龍種本体の姿で言われてもイマイチ刺さらない。俺は決してロリコンじゃないが。
とは言え、褒められればそれなりに良い気分にはなる。
それに、土台無理な話なら進めていないわけだしな。出来るところまではやってみて、それでダメなら諦める。最初から俺のスタンスはブレちゃいない。
まだ、何とかなっている範囲だ。
その範囲を逸脱しないように、とりあえず程々に頑張っていこう。
どうせ他にやることないしな。
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