第32話 気になるアイテム

「うーむ、相変わらずの絶景」

「ですねえ」


 俺の呟きに、すぐ後ろのフィエリが呼応する。


 ヴァンの居城であるブルカ山脈の洞窟を彼女の背に乗って飛び立ってしばらく。ゴツゴツとした岩肌はあっという間に遠く離れ、視界は緑豊かな森林地帯で染められる。

 何回か同じ景色は見ているし見知った風景ではあるのだが、人の手が入っていない大自然というものをこの高度から、しかも障害物なく見るというのは現代社会ではほぼ考えられない。考えられる手段としては、スカイダイビングかパラグライダーくらいだろう。今まで旅行だったりそういうものに縁がなかったことも手伝って、この世界に来てから目に入る世界は酷く新鮮に感じた。


 洞窟から飛び立って程なく、空を飛ぶ俺たちの後ろを二匹の翼竜が追従する。

 こいつらはラプカンの護衛につける予定の二匹だ。とりあえずヴァンに頼んで呼んでおいた。ガアガアと鳴き声を上げながらバッサバッサと付いてくる様は、見慣れはしたもののやはり落ち着かないものがある。


 比較対象がヴァンという古代竜種だからかどうしても見劣りするが、普通に考えたら後ろの翼竜二匹だけでも立派な脅威である。こわちか。


 さて。

 その翼竜だが、この数日でいくつか分かったことがある。


 まず彼らは、ヴァンやフェアリーとの念話が通じているように知性を持っている。しかしながら、その知的レベルは中々に低い。


 翼竜に偵察をお願いした際、齎された情報は正しくはあったのだが、どうにも抽象的であった。


 彼らはフェアリーをフェアリーと認識していない。小さい種族と言う。

 彼らはハルピュイアをハルピュイアと認識していない。羽の生えた種族と言う。

 種族として認識は出来ているが、それを表現する知識を持たない。


 また、その距離感や時間感覚も俺たちの基準に比べると曖昧だ。何回羽ばたいたら届くとか、太陽がちょっと動いたくらいだとか、そういう情報の伝え方をする。距離や時間の概念は持っているものの、単位という知識を持ち合わせていない。


 そうやって齎された情報を、ヴァンやフィエリが持つ知識と照合して翻訳していく作業が必要だった。


 しかし、それは単純に知識がないだけで、知性がないこととイコールではない。

 ちゃんと命令は聞くし、守りもする。必要な情報は見つけてくる。ただ、それらを俺たちの基準に合わせて伝える術を持っていないだけだ。


 その前提を持つと、リシュテン王国が翼竜の飼い慣らしに苦戦しているという情報にも頷ける。

 翼竜は決して、犬や猫と同列に扱っていい存在ではない。ただ捕まえるだけでも大苦戦するというのに、知性を持った相手に対して意思疎通なく従わせるというのは土台無理な話なのである。


 ちなみに、ヴァンの呼び声に応じたのは「何か自分たちより圧倒的上位の存在から突然呼び付けられたのでとりあえず来ました」みたいな感じらしい。


 いいのかそれで。


 次いで、彼らの生態系に関する知識も多少手に入った。

 翼竜はフェアリーらと同様、母集団を形成しない。せいぜいがつがい程度で、ペア以上のグループを組むことは極めて稀だ。

 アーガレスト地方全域にその羽を広げている翼竜だが、総数はいまいちよく分からない。ヴァンも数までは知らないようで、俺としてはとりあえず、最初に呼び出された数十匹をひとまずの戦力として勘定している。

 無論、もっと居るとは思うが、直接目にしていない戦力を最初からアテにするのはただの馬鹿がやることだ。確実に扱える最低ラインから想定していくのが鉄板だろう。


 戦闘能力としては、ハルピュイアと違って魔法の類は操れない。

 しかし、強靭な体躯と素早さを活かした機動戦を得手としている。全身を覆う竜鱗は多少の刃物や衝撃ではびくともせず、その強大な防御力がそのまま翼竜の強さに繋がっている形だ。


 ただし、遠距離での攻撃手段を持っておらず、その最高速度はハルピュイアに譲る。

 つまり、翼竜とハルピュイアがタイマンでやりあえばほぼ翼竜が勝つが、遠距離、かつ一対多の状況だと少々翼竜の分が悪い。ブラチットの話では大体そんな塩梅だった。


 食性は肉食。

 ところが思ったよりも小食で、大型の動物や人型に近い種族はそこまで率先して狙わないらしい。生活圏がハルピュイアとモロ被りしているというのも納得である。


 ちょこちょことラプカンが狙われているが、比較的小型で捕食しやすいという点でやり玉に挙がってしまっているのだろうな。間違っても主食ではないので、命令一つで簡単に襲撃を取り下げることが出来たのは素直に喜ばしい事態ではある。なんかマッチポンプみたいでアレだけど。


 なので、今後ラプカンやフェアリーを捕食しないこと、ハルピュイアと争わないことを伝えても、そこに反感はなかった。まあ、絶対強者である古代龍種からの命令でもある。余程の無理がなければ従うのが道理と言えばそれまでなんだが。


 ちなみに名前というか、個体名はないらしい。まあそこは知的レベルから概ね察しはついていたが。

 ただ、彼らの中で個体の識別は当然ながら付いているとのこと。おじさんにはさっぱり分かりません。


 総評としては、当初の想定以上に使える戦力だ。

 標準以上の戦闘能力、機動力を持ち、知性もある。

 無論、翼竜とヴァンの力だけで全てを抑えられるとは思わないが、かなり便利な手駒だ。こいつはかなり幸先がいい気がする。


「……おっ、あの辺だな」


 なんてことを色々と考えていると、ラプカンの集落まで程なくという場所まで近付いていた。

 いやー、やはり空の旅というものは良いものだ。ヴァンも上手く加減して飛んでくれているから非常に気分がいい。


「よし、着地するぞ」

「了解」


 ヴァンとの至極短い応酬を終え、楽しくもささやかな空の旅は一旦お預けだ。と言っても、また帰る時に味わうんだけどな。


「こんにちはー!」


 到着したはいいものの、肝心のラプカンの姿が見えない。なので、とりあえず声をかけてみることにする。

 挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。知らんけど。


 ここに来るのは二度目だが、やはりラプカンは基本が臆病なのか。ヴァンの前にすぐ現れることはなかった。だが、ちらちらと木陰からこちらを見ている姿は確認出来たので、居ないってわけじゃなさそうだ。

 しかし前回も思ったが、あれで隠れているつもりなのだろうか。俺ですら容易く発見出来るので、一周回って不安になる。よく絶滅しなかったなこの種族。


「……こ、こん……こんにちは……うぅ……」


 しばらく待っていると、一体のラプカンがおずおずと歩を進めてきていた。

 あの自信のなさ、間違いない。リラだな。


「あー! やっぱりヴィニスヴィニク様とハルバだー!」

「お、ハルバの旦那じゃん。よっす。ヴィニスヴィニク様も、お疲れっす」


「うん、お疲れさま」


 ラプカンの代表者であるリラのすぐ後ろから、続けざまに声が飛び出す。

 フェアリーであるパローと、ハルピュイアのブラチット。この集落に派遣している二人だ。


 パローは正直、ピニーと見分けがつかん。俺では容姿から声まで全部同じに見える。性別すら、わずかな胸の膨らみから多分女性だろうな、程度にしか判断がつかない。俺は決してロリコンじゃないが。


 ブラチットは身長で言えば160㎝そこそこといったところか。やや筋肉質な体つきに、褐色の肌と焦げ茶色の羽が陽射しによく似合う。人間のそれと違う腕は艶やかな羽に包まれ、膝下から先は一般的な鳥類の如く細く引き締まり、それら二点が人間とは明らかに違う種族であることを主張していた。


 うーん、ナイスバディ。こういうのでいいんだよこういうので。


「毎度お騒がせします。パローから、今回のお話を正式に引き受けると連絡が入ったもので」

「ふえっ! あ、は、はい!」


 いかんいかん、思考が逸れた。

 取り急ぎ、今回の訪問の目的を告げておく。向こうからしたら、パローにぽろっと伝えた事項が一瞬で伝わってから間もなくヴァンと俺とフィエリのお出ましである。びっくりして当然か。これちょっと性急すぎたかもしれん。


 まあ、来てしまったものは仕方がない。このまま話を進めるとしよう。

 出来ればここでラプカンとの話を着地させて、納税の話まで持っていきたいところだ。


 前から気になっていた、ラプカンが育てている作物。

 あれを是非ともゲットしたい。


 畑の葉だけではいまいち判断が付かなかったが、家屋の傍に積み上げられている、収穫物らしき物体。


 どっからどう見てもあれ、人参なんだよな。

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