第31話 一妖一鳥二竜体制
あれから一週間ばかりが過ぎた。
この世界に一週間という時間の括りは無いが、こっちの方がやはり俺は慣れ親しんでいるからな。俺の部屋にはカレンダーもある。昼と夜が何回繰り返されたかをチェックしていけば、そうそう日にちのカウントがずれることもない。今が何月何日かはもう分からないし、知ろうとも思わないが。
ラプカンとの話し合いを終えた俺たちはこの数日間、とりあえず周辺の回れるところを出来る限り回った。
やることは大体同じだ。
ヴァン、俺、フィエリが種族の生息地に乗り込み、話をする。うーん、字面に起こすと酷いな。まるで恫喝しているみたいだ。間違ってもそうではないのだが。
話し合いの感触は、概ね良かった。
いくつかの種族には即決して貰えたし、それ以外でも露骨な拒否は受けていない。今のところ明確な失敗と呼べる相手はナーガだけだ。
声をかけて回ったのが比較的温厚かつ、非力な種族だったというのもよかった。中にはラプカンと同様にヴァンの偉容にビビりまくってしまい、対話のテーブルにつくまで時間がかかった種族もいたが、まあ結果に対して言えば些事だろう。最終的にその誤解も解けたので大きな問題ではない。
「ハルバー! 連絡きたー!」
「お、了解」
ちょっとした回想に耽っていると、元気な声で現実に引き戻される。
俺を呼んだ相手は中空を漂い、その小さな身体をするすると動かして俺の肩の辺りまで近付いてきた。
体長は60センチといったところだろう。白い肌に深緑の髪色。髪色と同じく、緑色の布を身体に纏い、背中からは二対の羽……失礼を承知で言えば、蜻蛉のような細長く、透明な羽が忙しなく羽搏いていた。
両目は青空を思わせる蒼色で、全体の容姿も相まって非常に澄んだ印象を与える。
森妖精。いわゆるフェアリーというやつだ。
彼女たちは、俺たちの提案に即決を下した種族の一つである。
一言でいえば、能天気かつ元気な種族だ。別に話に対する理解度が低いというわけではなく、会話の裏や奥まで深く考えないタイプの種族である。
彼女たちは、森林地帯全域で数体の家族ともいえる構成で日々を過ごしている。目立った力もなく、食物連鎖のピラミッドで言えば間違いなく下の方だろう。そして、アーガレスト地方の森林地帯にはナーガやトレントをはじめ、様々な種族が根付いている。
そんな彼女たちが、森林地帯で今日まで生き永らえている理由。
それは、念話能力にある。
ヴァンが扱えるあれと同様の能力だ。
その力があるからこそ彼女たちは母集団を形成せず、ふわふわと地帯全域で漂うことが出来ている。身の危険を感じれば、念話を通して種族全体へ警鐘を鳴らすことが出来るのだ。
そしてそんな彼女たちの能力は、俺たちが喉から手が出るほど欲しがっていた、情報伝達手段にうってつけであった。
フェアリーは、ヴァンと同じく念話の相手を選ばない。
最低限の知性を持っている相手であれば、誰とでもコンタクトとコミュニケーションをとれる。今までは、わざわざ多種族と積極的に対話をする必要性がなかったからそうしなかっただけで、やろうと思えば出来る、ということを翼竜との対話によって立証してみせた。
その対話内容に齟齬がないことは、ヴァンを立会人として証明している。
ただし、それも完璧とは言えなかった。
フェアリーたちの念話は他種族へ飛ばす場合、その距離と相手次第で精度が著しく低下するらしい。携帯の電波が悪い状況に似ているな。
俺も一度遠距離で念話を飛ばされたことがあるが、正直何を言っているのかほとんど分からなかった。ノイズ、というものはなかったが、響く声は小さいわ途切れ途切れだわで、単体での連絡手段としては使い物にならなかったのである。
そこで俺は、フェアリーを連絡手段とする体制を考案した。
協力体制にある種族のもとへフェアリーを派遣し、ヴァンの根城……居城に居る俺たちのところに常駐するフェアリーと定期的にコンタクトをとる。何か連絡事項や問題が起きれば都度報告が飛ぶという形だ。
彼女たちの念話は、同種族同士であればその精度を落とすことなく遠距離で意思疎通が可能になる。であれば、フェアリーを各地に配置すれば済む話。
自前で連絡手段と危機回避手段を持っているフェアリーをこちらに抱き込めるかどうか、というのは少し頭を悩ませたが、それも話し合いの中盤で杞憂に終わった。
彼女たちは、アーガレスト地方に棲むどの種族とも敵対していない。
が、どの種族とも友好を築いているわけでもなかった。
念話能力があるとはいえ、フェアリー単体が高い戦闘能力を持っているわけではない。不意を打たれれば容易く負けるし、捕食もされる。常に一定の緊張状態を強いられる現状には思うところもあるらしく、また翼竜相手では分が悪いという事実も後押しし、ヴァンの庇護下へと降った。
「そんで、ピニー。どんな内容だった?」
「えっとね! ラプカンのとこがお話受けるって! ブラチットが言ってたって!」
「おお、マジか。ありがたいな」
齎された内容は、ラプカンが俺たちの話を受けるという話。
つまり、正式にヴァンの庇護下に入るということだった。
現在、リラが治めるラプカンの地にはこちらから二体を派遣している。
一人が、ピニーと同じフェアリーのパロー。細かい問題だが、こっちの世界では種族毎に命名の規則でもあるんだろうか。似通った名前が多い上に見た目もほぼ同じなので地味に覚えにくい。
パローはピニー同様に連絡係だ。ラプカン族の要望や情報といったものを定期的に吸い上げてくれる。
翼竜に難色を示していたラプカンも、森妖精にはそう忌避感もなかったようで、駐在に関しては特に何も言われなかった。むしろ、こちらとの連絡手段が確立出来るということでそれなりに歓迎されたようだ。
もう一人が、先程ピニーにブラチットと呼ばれた人物。
鳥人族――俗にいうハルピュイアである。顔と上半身が人間のそれに近く、腕と下半身が鳥のアレだ。
個体差はあるが、基本的に温厚。肉食性で主な狙いはウサギやイタチといった小動物。ラプカンとは敵対関係になく、翼竜の代わりに一次防衛戦力、そして空の眼として一体を派遣している。
ハルピュイアも、俺たちの話に比較的早く頷いてくれた種族である。
彼女たちはもっと単純で、同じく空を飛ぶ翼竜が天敵だったらしい。その脅威がなくなるなら、と割とあっさりヴァンの庇護下に入った。
彼女たち鳥人族は、少々の攻性魔法が扱えるほか、空での最高移動速度という点では翼竜をも凌ぐ。
しかしその最高速に達するまでが遅く、近接格闘能力は高くない。食性上、小動物程度なら難なく狩れるが、翼竜とがっぷり四つで空中戦をこなせるほど強くはないのだ。
ただ、機動力、戦闘力どちらをとってもラプカンよりは強い。眼も良いというか視野角が広く、ほぼ真後ろ以外は概ね視界に収めることが出来る。
そこで俺が考案したのがフェアリー、ハルピュイア、翼竜を混成させた防衛兼情報伝達システムである。一妖一鳥二竜体制とでも呼ぼうか。
庇護下にある集団に対し、一体のフェアリー、一体のハルピュイア、二体の翼竜をセットで派遣する。
フェアリーは近くに居る相手であれば、念話ですべての種族と対話が可能だ。また、ハルピュイアと翼竜という過去敵対関係にあった二種族間の橋渡しも出来る。ただし、戦闘能力をほぼ持たない。
ハルピュイアは言うほど戦闘力が高いわけではないが、その広い視野と高機動力でもって偵察、監視の任務にはほぼ最適だ。
そして、一次的な脅威には二体の翼竜が対応する。余程の相手でなければ、瞬殺されることはなかろう。
翼竜二体で制圧出来れば良し。
そうでなければ、翼竜が時間を稼いでいる間にハルピュイアがフェアリーを保護し、フェアリーが念話能力で俺やフィエリ、ヴァンまで情報を届ける。そうなればうちの最大戦力のお出ましだ。古代竜種が重い腰をあげ、脅威を一掃する。
懸念があるとすればハルピュイアと翼竜との確執だが、これらの種族は別にいがみ合っていたわけではなく、生活圏がモロ被りしているが故にちょこちょこと諍いがあっただけで、特別敵視していたり恨んでいたりというわけではなさそうだった。
人間の感覚だといまいち分かりにくいが、これも自然の摂理というやつなのだろう。狩りもすれば、狩られもする。そこに余計な禍根は残らない。
であるからして、ヴァンの鶴の一声で丸く収まったのだ。
そして、ラプカンがこちらの要求を正式に呑むということは、彼らの生息地に翼竜を派遣出来る、ということである。
ただ、その決断を下した理由は聞いておきたいところだ。フェアリーを通した又聞きだけで翼竜を放って終わり、では少々話の締まりが悪い。
今後長期的に友好関係を築こうとしているのだ、出来る限りは真摯に対応しておきたいところである。納税に関しても細かく打ち合わせておきたいしな。
「よし。それじゃリラさんのところに行くか。ピニーはフィエリを呼んでくれ」
「はいはーい!」
言いながら、俺は腰を上げてヴァンの寝床へと歩を進める。
この世界には転移魔法もあるが、それを使えるのは今のところヴァンだけだ。更に、ヴァンに魔法で飛ばしてもらったとしても今度は帰る手段がない。
足にしているようで悪いが、現状様々な場面でヴァンの力には頼らざるを得ない。ただ、国をぶち上げようって言うんだ、多少は我慢してもらおう。
「ヴァン、今大丈夫か?」
「やあハルバ。構わないよ」
うーん、彼女の本来の姿にも大分慣れてきたな。未だに恐怖は感じるが、かなりリラックス出来ているようにも思う。
「ラプカンが正式にヴァンの庇護下に入るらしい。話を詰めに行こう」
「そうかそうか! 分かった、すぐに出ようか」
最近はヴァンが本体の姿でも、大体感情が分かるようになってきた。
今のヴァンは言ってしまえばウッキウキの状態である。こうしてみると、古代竜種の姿にもどことなく可愛げを感じてくるから面白いもんだ。
徐々にではあるが、確実に道筋が見えてきている。
無論、まだまだ課題や問題は山積しているが、確かに一歩進んでいる実感がある。
このまま全てが上手く運ぶといいんだが、まあそうは問屋が卸さないだろう。
とりあえず、出来るところまではやってみようと思う。
俺も最近、なんだかんだで楽しんでいるフシもあるしな。
あとはヴァンの背中に格好よく乗れる手段さえ確立出来れば俺の格好もつくってもんだが、それはまあ後回しでいいか。
「ま、待ってくださーい!」
あぶね、フィエリを忘れるところだった。
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