第30話 契約成立

「……では、概ねこのような形で」

「は、はい。分かりました!」


 ラプカンの代表者であるリラと、その妹であるリル。周囲で様子を窺っている他のラプカンたちに遠巻きに見守られる中、話し合いは恙無く終了した。


 結果としては、当面のところ翼竜はこのエリアに近付けさせない、襲わせないという取り決めのみが決まった形となる。防衛戦力としての翼竜の配備は、保留となっていた。


 理由は単純で、ラプカンたちが翼竜に対する忌避感を拭いきれていないからだ。


 最初はそれこそ、後ろに引っ付いてきた二匹の翼竜をそのまま配備してしまおうかと思ったのだが、それにリラが若干の難色を示した。

 思えばそれも当然で、翼竜はついこの間まで種族の怨敵として見られていた外敵である。如何にヴァンの言葉があったとはいえ、昨日まで敵だったものを傍に置いておくというのは間違っても心が休まる提案ではなかったのだろう。


 言ってしまえば、国主となるヴァンの言葉を信頼しないという背信にも捉えられるだろう。だが別にそこまで急いているわけでもないし、ラプカンたちの言にも一理ある。

 何より、ヴァン本人がそこに理解を示したというのが大きかった。


 それに、何か有事に遭遇した際の連絡手段も確立されていない。

 万が一にでも翼竜がヴァンの制御に従わず目の前の餌に食いついた場合、それを察知する手段がないのだ。


 ヴァンは念話を通じて他の生物とコミュニケーションを図ることが出来るが、ラプカン側にはそのような能力がなかった。現状では連絡の全てがヴァンからの一方通行で終わってしまう。それではヴァンの負担が大き過ぎるし、何より情報伝達の精度、速度ともに心許ない状況であった。


 うーむ、まだまだ課題は山積しているな。

 組織を纏めるには情報網の構築が必須だ。そこも何とか手を入れないといけない。


「あ、あのあの、本当に、私たちからは何もなくていいんですか……?」


 色々と考え込んでいると、リラから追加の質問が飛んできた。


「ええ、構いません。こちらの義務も満足に果たせない中で出すものを出せ、というのは些か筋違いでしょうし」


 その疑問に対し俺は特に勿体ぶることもなく答える。

 どういうことかと言えば。

 ラプカンからの納税、今回の場合は作物を予定しているのだが、それを頂くのはしっかりと防衛手順が確立されてからにしよう、と言ったものだ。


 伝えたとおり、こっちが持ちかけた約束を果たしていないのに先に向こうに要求をするなど、控え目に言って気が触れている。折角多少なり道筋立てて国をつくろうと言うのに、ただの暴君に成り下がるつもりはなかった。


 それは勿論俺が嫌だったというのもあるが、何よりヴァンがそれを望んでいなかった。

 そもそもが十分過ぎる力を持つ古代龍種である。その気があるのなら、俺の提案を待たずして勝手に建国なり人間を支配なりしていただろう。もっとシンプルかつ確実な手段でもって。そうしないのは、曲がりなりにも王として、絶対者としての矜持があることに他ならない。


「うぅ……あ、ありがとうございますぅ……」


 俺の返答に、リラがまたしても申し訳なさそうに頭を下げる。

 うーむ。確かに提案したのは俺だし、ラプカンにとって有利な条件を付けたのも俺だが、仮にも種族の代表者であればもうちょっと毅然とした態度をとってもいいのではないのだろうか。

 とは言っても、俺の中での代表者の基準は代表取締役とかそういう立場の人だったので、まあ同じ組織とはいえ会社の長と部族の酋長というのは多少なり趣が違うのだろう。深くは考えないことにする。


「それでは、本日はこの辺りで。また参ります」


 とりあえず、今やるべきことは最低限やった。

 後は俺の言葉通り、実際に翼竜の襲撃がなくなればもうちょっと話も前に進むだろう。


「あっ、は、はい! ありがとうございました!?」

「いえいえ、どういたしまして。ではまた」


 よく分からない御礼の挨拶を受けながら、俺は頭を下げる。挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。知らんけど。


「ではな、また会おう」


 成り行きを見守っていたヴァンが久方ぶりに言葉を発し、それと同時に俺とフィエリを摘み上げる。

 うーん、便利っちゃ便利だし自力でヴァンの身体に乗れないから仕方ないんだろうけど、これは些か不格好が過ぎるのではなかろうか。しかし代替案も浮かばない以上、ヴァンの動きを否定することも出来なかった。


「いやー、よかったですね、上手くいって」

「まったくだ。これで駄目なら諦めてもおかしくなかった」


 ラプカンの集落から飛び立ってしばらく。満足そうに呟いたフィエリに相槌を打つ。いやホント、ヴァンと翼竜という軍事力で駄目だったらまた一から考え直しだった。上手くいってよかった。


「ところでヴァン。本当に大丈夫だったか?」


 話題転換。

 大空を羽ばたく古代龍種に、俺は一抹の懸念を投げる。


 というのも、ヴァンが翼竜を操れるのは事実だとしても、強制的かつ長期的な命令をしてよかったものかどうか。あの場面では勢いもあって襲撃を止めさせます、なんて言ってしまったしヴァンも同意したが、ともすれば彼らの生態系を崩すことにもなりかねない。


 流石にあの場で確認は出来なかったが、翼竜の主食がラプカンや彼らの作る農作物である、という線も十分に有り得る。変な話かもしれないが、ラプカンへの襲撃を止めさせたら翼竜の数が減りました、となった場合、それはそれで困るのだ。


「うん、問題ない。翼竜の主食は肉だ。確かに、ラプカン……だったか。彼らを捕食することもあるだろうが、アーガレスト地方には多種多様な動植物が居る。一つの種族を守ったからとてそう簡単には崩れないよ」

「そっか、そりゃよかった」


 ヴァンの答えに、一先ず胸を撫で下ろす。

 とりあえずのところ、心配はないようだ。


 だが、安心ばかりはしていられない。国を作るための下地を整えるには当然、ラプカン以外の種族にも話を通していく必要がある。その中には翼竜が主に狩っている種族ももしかしたら、居るかもしれない。


 俺やフィエリの食事情だけでなく、軍事力を抱えるということはその力を維持していく必要がある。

 翼竜の場合、それは金銭や物品じゃなくてもいいだろうというのは追い風だが、食糧に関してはやはり考えていく必要があるだろう。


 ラプカンとの話が纏まれば、作物は定期的に納品される見込みだ。理想を言えば、狩猟種族もこちらに抱き込んでしまいたいところだな。そうすれば翼竜の食い扶持も確保出来る。


 うーん、相変わらず考えることは多いが、昨日と違ってピースが何とかハマりそうだというのは大きい。気持ちとしても大分楽に臨める。

 出来ればこのまま上手くことが運んでほしいものだ。


「ハルバ。次はどうするんだ?」


 ヴァンがその口調を軽快なものにして、問う。


「そうだなあ……まだ戻るには早いから、このまま他の種族にも話をしにいこうか。翼竜の情報だと、この周辺にはまだ居るみたいだし」

「そうか、分かった」

「ドワーフさんに、ラプカンさんに……ふふ、ちょっとワクワクしてきますね」

「上手く行けばいいけどね……ラナーナさんには袖にされたし」

「ナーガは比較的強いからな、魔法にも長けている」

「へぇー……あ、そういやこの辺には他にどんなのが居るんだったか」

「えーっと……空を飛ぶ種族、小さい種族……よく分からないですね……」

「確かにそれだけじゃよく分からんな……まあ、会えば分かるか」


 一時の空中旅行を楽しむ最中、会話は自ずと弾んでいく。


「よし。じゃあ今日一日で出来る限り回ってみるか。ヴァン、頼んだ」

「うん、任せてくれ」


 俺の言葉に応じ、ヴァンは気前のいい返事と共にその翼を大きく動かした。


 よーし、おじさんもうちょっと頑張っちゃうぞ。

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