第29話 確かな手応え
「ホントに……ホンッット~~~~に大丈夫なんだな!?」
「だから何度も言っているだろう。我に君たちを襲う気はない」
ラプカンの子とヴァンとの間で行われる、何度目かも分からない確認。
何とかして動転した気持ちを落ち着かせたはいいものの、やはり彼らから見ればヴァンという古代龍種の圧力は些か強過ぎるようで。
恐怖は感じているものの、自分自身、ひいては種族全体の身の安全が掛かっているであろう確認作業に、彼女は懸命に取り掛かっていた。
一方のヴァンは、それらに対して若干の面倒くささは感じている様子だが、だからといって敵対したり排除したりなどは考えていないようだ。
そもそもが小型の種族である。ヴァンにとっては眼中にないのかもしれない。
「うぅ~~~……分かった。分かったよ! ……で、何の用なのさ」
やっとこさ納得してくれたらしい。
こちらとしては早く本題に入りたかったのだが、まずは話し合いのテーブルに着いてもらうことが大事だ。そのためにも、この確認作業は必須だったと考えよう。
「それなんですが……うーん、大きく言えば、これからのことを話したい、ということになります。あなた方の代表、みたいな人はいませんか」
若干言葉を選びつつ、俺は目的を告げる。
ここで国建てるんでよろしく、で終わってしまえば、前回の二の舞になってしまう。今回はしっかりとカードを整えた上で話し合いをしたいがため、ある程度順序だてていく必要があった。
それに、ナーガの時はラナーナが最初に出てきてそのまま話を進めていたが、今目の前に居るラプカンの子が、この種族の代表とは限らない。
さり気なく周囲を見渡せば、俺たちのことを遠巻きに見守っているラプカンたちが目に入る。
彼らはあれで隠れているつもりなのだろうか。何だかんだで警戒心が薄いのか、好奇心が強いのか。ラプカンという種族に対する評価が早くも一定方向に固まりつつあった。
「んー? それなら多分姉ちゃん、だと思うけど……」
「それなら、君のお姉さんと話をさせて頂きたい。あ、申し遅れましたが私は春場、春場直樹。こっちはフィエリ。後ろの竜がヴァンといいます」
未だに互いの名前も教え合っていない状況だったので、手早く紹介を済ませる。更に後ろで座ってる翼竜二匹はノーカンでいいだろう。名前があるかも分からんし。
「改めて約束します。あなた方に危害を加えることはしませんし、何かを強制させるような話をしたいわけでもありません」
見た目が小さいから、どうにも諭すような喋り方になってしまう。
ただ、俺の言葉に嘘はない。間違っても危害を加えにきたわけじゃないし、敵対しようとも考えていない。俺のプランがしっかり通じるかというチュートリアル的な位置付けで考えていることは否定しないが、それでもラプカンにとって損な話じゃないはずだ。
「……分かった。姉ちゃん! この人たちが話があるって!」
俺の思いが通じたのか、はたまた諦めたのか。
目の前のラプカンは俺の顔から視線を外し、代表者たる姉を呼んだ。
「は、初めまして……リラ、です……うぅ……」
「あ、はい、初めまして……春場直樹といいます……」
程なくして現れた、もう一人のラプカン。
妹と同じような小さい体躯に、ほんの少しばかり胸の膨らみを追加したようなラプカンが、おどおどといった様相で言葉を紡いだ。
別に俺はロリコンじゃないぞ。そこ以外で見分けが付きにくいんだ。
「もー! 姉ちゃん!」
「うぅ……リル……助けて……」
この人が代表で大丈夫なんだろうか。一抹の不安が過ぎる。
「そんなに緊張なさらないでください。今回はあくまで、お話のためにやってきただけなので……」
「は、はひぃ……」
……本当にこの人が代表でいいんだろうか。
だが、周りで様子を窺っているラプカンからは特に何の反応もない。先程妹であるリルが、リラのことを代表として呼んだ時にも別段ざわつきはなかった。つまり、彼女がラプカンの代表、あるいは取りまとめ役みたいなものだというのは事実なのだろう。
疑念はあるが、まあこのまま話を進めるしかない、か。
「確認なのですが……。先程リルさんは、普段は話し合いもなく襲われる、といった旨のことを仰いました。常日頃、この集落は危険に晒されているのでしょうか」
まずは現状の確認からだ。
リルの言葉では、普段はババーッと襲われるとのことだったので、多分何かしらの脅威には晒されているのだろう。そこから話を広げていくのが一番堅実に思われた。
「うぅ……はい……そう頻度は高くありませんが、主に翼竜によって作物が荒らされたり……たまに、同族が連れ去られたりしています……」
弱弱しく紡がれた言葉に、僅かばかりの驚きを感じざるを得なかった。
原因、翼竜じゃん。
そりゃ警戒するわけだよ。ラプカンからすれば、その脅威とそれらの親玉を突然連れてきた連中だもんな。慌てるなという方がおかしい話である。
「分かりました。今後翼竜には、ラプカンを襲わないように指示します」
「…………ふぇ?」
俺の返答に、思わず言葉を詰まらせるリラ。
「ヴァン、出来るよな?」
「うん、任せろ」
念のための確認を取った俺に対し、ヴァンは頼もしい一言だけでその答えとした。
ラプカンを悩ませる頭痛の種、翼竜。だが、その原因は今俺の、正確に言えばヴァンの手中にある。彼女たちを悩ませている要因を、俺の決定で全て取り除くことが出来てしまう。
チュートリアル的な、とは思ったが、これちょっと出来過ぎじゃない? おじさんは訝しんだ。
「あ、あのあの! ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
喜びよりも疑いの視線と口調で、リラは問いかける。
その疑問も当然かもしれない。ぽっと出の人間がいきなり翼竜を制御します、ときたもんだ。たとえそれが事実だったとしても、俄かには信じ難いだろう。
「ええ、大丈夫です。こちらのヴァンは古代龍種という種で、翼竜たちを従える立場にあります」
「うん、我なら可能だ」
視線をヴァンへと預け、返答する。ヴァンもまったく問題ないと言わんばかりの様相で俺の答えを補足してくれた。
「よ、よかった……よかった……!」
「やったね姉ちゃん!」
疑念を払拭出来た姉妹は揃って抱き合い、喜びを表現する。
うーん、眼福。いや別に俺はロリコンじゃないが。
「……で、でもでも、どうしてそんなことを……?」
一通り喜び合ったリラとリル。
落ち着きを取り戻した姉が、別の疑問を差し込んだ。
「実は、それが本題にあたります。今回、ヴァンがこの地方一帯の統治を目的とした建国を思案しておりまして……」
「建国……ですか?」
俺の説明に、首を傾げるリラ。
やはり彼女たちもナーガやドワーフと同じく、国や組織といったものにはいまいちピンとこないようだ。
ただ、それを一から説明してもきっと理解を得るのは難しいだろうし、別段理解してもらおうとも思っていない。シンプルに支配下に入るメリットをぶち込めばいいのだ。
そして、そのカードは今、こちらにある。
「ざっくり言うと、この地方一帯をヴァンが国主として治めます。勿論、あなた方も支配下に入る形にはなりますが、身の安全と種族の繁栄を我々が保障しましょう。その代わり、こちらからの要望に、無理のない範囲で応えて欲しいんです」
正確には労働と納税を課す、といったところになるだろうが、今はまだそこまで詳細な表現は必要ない。こちらとしても、何も重労働や重税を課すつもりもないしな。
そもそも納税といってもヴァンは勿論、俺やフィエリに関しても、あの洞窟に居る限りはあまり必要がない。無論、形としては何らかを納めてもらうことになるだろうが。
「え、えとえと……具体的には、どのような……?」
「そうですね……例えば、作物の何割かを定期的に納めてもらったり、でしょうか」
無理のない範囲、と言われてもそれでは納得しまい。最低限の説明は必要だ。
ラプカンという種族は小さい。ドワーフも同じく小さいが、彼らと違ってラプカンは肉体労働に適しているとも思えなかった。食性もあるのだろうが、彼女たちが狩猟ではなく農耕を選択している部分もそう考える要因だ。
であれば、無理に労働などをさせるよりも、彼女たちの生活様式から無理のない範囲で徴税する方が効率的だし、反発も少ない。俺はそう結論付けていた。
「えと、割合にもよりますが、それくらいでよければ……」
「勿論、大きくは頂きませんよ。その辺りは協議して決めていきましょう」
当然の懸念を、しっかりと洗う。
ここでわざわざ信頼を失う意味はない。
周りのラプカンたちからも困惑の色はあるものの、否定の空気はあまり出ていないようだった。
俺たちの信用度がいきなり上がるとは考えにくい。となれば、それ以上に翼竜の被害は無視出来ないものなのだろう。だからこそ、この提案がすんなりと通りそうだとも言える。
「……わ、分かりました! そ、それでお願いします……!」
少々の思案の結果。
ラプカンの代表者であるリラが、首を縦に振った。
「ありがとうございます。それでは、提案した以上はこちらが先に義務を果たすべきでしょう。防衛はじめ、具体的な内容を詰めていきましょうか」
漸く、一歩進みそうだ。
まだまだ先は長いけどな。
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