第28話 ラプカン
改めて思う。ヴァンの背から見る光景というものは、実に素晴らしい。
飛び立った山脈の麓に広がる広大な森林地帯もそうだが、上空からは元の世界で腐るほど見てきた無粋な高層建築物などは一切見当たらず、本当に手付かずの大自然が視界一杯に飛び込んでくる。
森林地帯の切れ目、平野に趣が切り替わるところでも、その風景は変わらない。
多分、人間の国までは相当な距離があるのだろう。遥か向こうに覗く地平線にも、建物らしきものは見当たらなかった。
「多分、この辺りだと思うんだが……」
手元に携えたノートをもとに、大まかな位置情報を把握。
ヴァンの情報、翼竜の情報、フィエリの情報。それぞれを基にした地図ではあるものの、具体的な距離は終ぞ分からず。ここに限って言えば完全に肌感である。
だが、体感時間で凡その比較は出来るが、ヴァンのスピードをもとに計算するのもあまりよくない。今後常にヴァンの背に乗れるわけでもないだろうし、一段落付いたら適正な距離というものも数字にして表しておきたいところだな。
ふと後ろを振り返ると、先程までヴァンに従事していたであろう翼竜が二匹、後方から引っ付いてきていた。
流石に個体は分からない。どれも一緒に見える。
ただ、ヴァンという古代龍種の背に乗って、翼竜を従えているようにも見えるこの図式。ちょっと気分が良かった。
「あっ! あそこじゃないですか?」
「うん?」
俺と同じようにヴァンの背から地上を注視していたフィエリから声があがる。
釣られてその方向を見てみると、森林地帯と平野の境目、少しばかり切り開かれた場所に綺麗に整地された、畑らしきものを発見した。
その周囲に転々と、木造建築と思われる小さな家屋が目に入る。
空からなら直ぐに分かるが、多分地上を歩いていたらそう簡単には見つけられないよう、上手く木々を使って隠しているようにも思えた。
農耕を行う種族。
となれば、恐らく非力かつ温厚な種族であるはず。俺のファンタジー世界の知識がそう言ってる。確証はないけど。
「ヴァン、あそこだ。畑に被害が出ないよう着地してくれ」
「分かった」
折角守りに来たのに、彼らの生活基盤を破壊してしまっては意味がない。
畑から若干の距離を取り、少しばかり開けた場所にヴァンはその足を下ろす。
ズシン、と。ヴァンが地面と接地する音が響く。
続けて後続の翼竜が二匹、近くに着地した。
「……ヴァン、下ろしてくれるか」
格好良く飛び降りようかな、とも思ったが、ちょっとこれは高度が高い。社会人になってからロクに運動もしてないし、足首を挫いたりでもしたら困る。
俺とフィエリは些か格好悪く、ヴァンの爪で下ろされていた。
「さて……」
見渡す限り、他の生き物の姿は見られない。
建物も畑もあるから、何者かが住んでいるのは確定だが、これはもしかして隠れられちゃったかな。
いきなり古代龍種が翼竜引き連れて訪ねたら然もありなん、かもしれない。
「すみませーん! 何方かいませんかー!」
このままでは事態が進展しない。そう考えた俺はとりあえず、呼びかけてみることにした。挨拶は大事である。何にせよ、こちらに害意がないことを知らせておかなければ。
俺が声をあげてからしばらくして。
周囲を見渡していると、木々の間からこちらを覗いている人影を見つけた。
「あ、あのー」
「うわあバレた! 来るなあ! 食べるなあ!! ヤメローッ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
声を掛けてみたら、いきなりあらぬ嫌疑をかけられた。困る。
驚きと共に大きな声を上げたその者は、覗き見がばれると思ってはいなかったのか。声を掛けられるという想定外の事態に、木々の合間からその姿を曝け出して尻餅をつき、大いに慌てふためいていた。
わちゃわちゃと騒いでいる件の人物は、翼竜から齎された事前の情報どおり、小型であった。
体長は一メートルほどだろうか。ヴァンの人間体よりも更に小さいその体躯は、お世辞にも筋肉質とは言えず、すらりとした見栄えだ。
しかし、見知った人間とは明らかに違うその見た目。
全身を覆う白い毛皮が、頭部から突き出ている一対の長い耳が、充血しているとも見える爛々と輝く赤い目が、人間という種族とは違うぞということを雄大に物語っていた。
一言で言えば、顔付きが人族に近い二足歩行のデカい兎である。
うーん、可愛い。愛玩動物としてはちょっとでかいが、抱き枕的な需要は十分に見込めそうだ。俺が元居た世界であればバカ売れしていたかもしれん。っと、いかん、ちょっと思考が逸れたな。
その者は、俺の基準で当て嵌めて考えると女性にも見える。
毛皮でよく分からないが、ちょっと胸のあたりに膨らみがあるようにも見えなくもないし、顔付きもどっちかっていうとそっち寄りだ。
「……フィエリ、知ってる?」
俺には目の前で喚いている種族の名前は分からない。
ぱっと見た感じラビットマンとか、兎人族とかそういう単語が思い浮かぶものの、ここは言語体系が違うのだ。
「ええと……私も実物は初めて見ましたが、恐らくラプカンと呼ばれる種族です。小型で、農耕を主としている種族だとか」
恐らく文献などに載ってはいるのだろう。その情報を思い出しながらフィエリはゆっくりとした速度で返答を紡ぐ。
ラプカン。当たり前だが聞いたことのない単語だ。ナーガとかドワーフとかは聞いたことあるのに、この辺りはこの世界のオリジナルなんだろうか。いや、オリジナルもくそもないとは思うが、どうにもファンタジーもので培った知識が邪魔をする。
「お、おまえたち何者だ! 私たちは食っても旨くないぞ!? 多分!」
尻餅をついているラプカンが、震えながらも声を飛ばす。
人間だ、と言おうとしたが、俺のすぐ後ろにはヴァンが古代龍種の威容を湛えたまま鎮座しているし、その脇には翼竜が二匹、お行儀良く座っていた。この状況では俺とフィエリをただの人間とは捉えないだろう。
「えーと……落ち着いてください。あなた方を襲うつもりはありませんから」
質問には敢えて答えずいこう。
俺たちはただの人間じゃないと思ってもらった方が多分話が早い。打算的思考だが、ヴァンの威光とはいえあからさまにビビっている相手だ、使えるものは利用させてもらおう。
だが、どちらにせよとりあえず落ち着いてもらわないと話どころではない。俺は極力優しい口調を意識して語りかけた。
大体、最初からそのつもりなら容赦なく襲っている。そこらへんを分かってくれればありがたいんだけど。
「……ほ、ホントか? ホントだな?」
「本当です。後ろの翼竜にも手は出させません」
俺の言葉を受け取ったラプカンは、へたり込みながらもじいっと俺の目を見ている。何とか信じてもらえると助かるんだが。
「うぅ……分かったよ。確かに、いつもならババーッて襲ってくるもんな」
「ありがとう、信じてくれて」
一旦結論は出たものの、普段はババーッと襲われてるのかよ。怖い。
だが、それならこちらの提案も呑んでくれる可能性が高いな。
「突然押しかけてすまないな、小さき者よ」
「どぅわあああああああああッッ!!!? し、喋ッ!!?」
俺とラプカンとの会話に一区切りついたと見たか、ヴァンがここにきて初めての言葉を発する。
がしかし、ヴァンの巨体から繰り出される言葉は彼女にとって非常に大きな衝撃であったようで。
「お、落ち着いてくださーい!」
その場で素っ頓狂な叫び声をあげ、カタカタと震え出すラプカン。
フィエリの叫びも空しく。会話という名のテーブルにお互いが着くことになるのは、少々の時間を浪費した後だった。
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