第27話 次の一手

「お、ハルバ。次が帰って来たぞ」

「分かった、同じように聞いといてくれ。俺は今ちょっと忙しい」

「うん、心得た」


 翼竜の群れというとんでもない偵察隊を送り出してからしばらく。

 フィエリの精神をこっちに戻していたり、ヴァンに無駄に吼えないでくれと諭したり、色々やっているうちに最初に飛び立った翼竜が戻ってきて。


 念話を通してヴァンに伝えられた、想定以上の情報を耳にして唸り。


「……書き終わりました、大体こんな感じだと思います」

「ありがとうフィエリ。だがまだまだ来るぞ」


 俺とヴァン、そしてフィエリは、翼竜から齎された情報を整理するのに必死になっていた。


 いやあ、ドラゴン、マジで優秀。

 正直あまり大きな期待はかけていなかったのだが、それがいい意味で裏切られるとは実に爽快である。俺の想定が今のところは実に上手く回っている。


 確かに翼竜は、人語を解することが出来ない。俺やフィエリと直接コミュニケーションを築くのは難しいだろう。そこはヴァンを頼らざるを得ないし、そもそもが竜種である。俺やフィエリの言うことを聞いてくれるとは思えない。


 だが、ヴァンは違う。圧倒的な力を持つ上位種だ。

 そして何より、彼女は翼竜の念話から伝えられるふんわりとした情報を、俺やフィエリでも理解出来る内容に翻訳、または落とし込むことが出来た。


 更に今回、あくまで情報収集という意図で指示を出していたためか、翼竜は明らかに弱い種族を見つけても狩ったり殺したりはしていないようだ。

 今手元にある情報を見るだけでも様々な種族が居る感じだが、ヴァンからの報告を聞く限り、みだりに手を出したりしてはいない様子。


 うん、これはイケる。

 じわじわと情報と思案がまとまってきている最中、俺は一つの道筋をより高確度で固めることが出来ていた。


「……こんなところか」

「そうですね、概ねは纏まったと思います」


 フィエリとともに、記された情報を見比べる。

 手元のノートには、アーガレスト地方の大まかな地理、そして翼竜の偵察から得られた種族の情報が出来る限り書き込まれていた。


 ちなみに、今フィエリに握らせているペンやノートは俺の部屋から持ってきたものである。

 これらの情報は、流石に地面に描いて一時的に見るためのものではないと判断した。しっかりと形あるものに残し、後からでも参照出来る様にすべきだ。


「しかし、興味深いね。どんな種族が居るのやら」


 その好奇心に心を躍らせながら、ヴァンが呟く。

 お前もうちょっと自分が住んでる地域のこと知ってろよ、とも思うが、まあヴァンに限って言えばその存在自体が巨大過ぎる。

 膝元に近い位置で自身を神聖視しているドワーフや、森林地帯で覇を唱えているナーガのような種族と違って、細々と生きている種族のことまでは詳しくは知らないのだろう。


「……候補としては、ここらへんからだな」


 ノートに書き記された情報とにらめっこしながら、訪れる場所を吟味していく。


 今から俺たちがやろうとしているのは、言うなれば勧誘である。目下のところはヴァンと翼竜という軍事力を背景に、何とか穏便に支配下に入ってもらうための交渉だな。

 効率よく、とまでは望まないが、恙無く進めていくためにはその順番も大事である。


 俺が指し示した場所は、ブルカ山脈のおおよそ南南東側。

 ナーガたちが治める森林地帯と、人間の国に近い平野地帯の丁度境目辺り。翼竜からの情報によれば、この辺りに小型の種族が複数、テリトリーを形成しているらしい。


「ふむ、理由は?」


 ノートを覗き込みながら、ヴァンが訊ねる。


「そうだな、まず一つは小型の種族であるということ。外敵の脅威に晒されている可能性が高いし、与しやすいと踏んだ。それともう一つ、人間の国と距離が近い。推測だが、過去に人間の侵攻を食らっている可能性もある。もしそうなら、ほぼ間違いなく抱き込める」


 まずは難易度の低そうなところから攻める。定石だな。


 まだ種族の詳細は分からないが、小型ということであれば多分、非力だろう。魔法のある世界では必ずしも体格の良さが強さに直結するとは限らないかもしれないが、それでも分かりやすいところから詰めていくに越したことはない。


「なるほど、分かった。じゃあ早速行こうじゃないか」


 ヴァンがふんすと分かりやすくやる気を覗かせながら言葉を発する。

 こいつ、時々本当に数千年も生きているのかと疑問に思う。疑問に思うだけで声には出さないけど。だって怖いもん。


「悪いけどヴァン、頼んだ」

「うん、任された」


 俺の言葉の真意を察したのか、彼女はそれだけ答えると直ぐに開けた場所へ移動し、その姿を本来のものへと戻す。


 これから、各地に点在している種族のもとを回らなければならない。どう考えても歩いてほいほいと行ける距離でもなく、ヴァンの機動力に頼るしかないのだ。


 まだこの世界に来てたった二日だが、自分でも驚くほど順応が早いように感じる。

 やっぱり、最初に出会ったのがヴァンだというのが大きいのだろう。

 いきなり最強の存在と邂逅したのだ。別に俺自身が強くなったわけでは決してないが、何と言うか奇妙な安心感がある。割り切ってしまったとも言えるが。


 そういう意味では、俺はある種幸運なのかもしれないな。

 人間の国に転移していたら、きっとこうは行かなかっただろう。

 なんせ言葉すら通じないのだから。


「どうしたハルバ、フィエリ。行かないのか?」

「ああ、すまんすまん」

「あ、すみません。今行きます」


 ヴァンの言葉に急かされながら、俺とフィエリは立ち上がる。

 変な考え事しちゃったなあ、別に後悔も今のところはないんだが。


 別に俺は人間を辞めるつもりはないし、人間と積極的に敵対しようとも思っていない。そりゃ喧嘩するよりは皆仲良く出来た方がいいに決まっている。


 ただ、俺はこの世界の人間をフィエリしか知らない。そしてそのフィエリも国を追いやられ、ヴァンの思い付きに手を貸す立場となっている。交友関係の幅でいえば、俺はとっくに人間サイドではないようにも思う。


 これが、ヴァンが人間を滅ぼそうと思っている、とかであればまた趣は違っていただろう。ていうか、もしそうなら俺は既に死んでても何らおかしくはないわけだし。


 いかんいかん、何かさっきから思考がおかしい。こんなことを考えている時間も余裕もないはずなんだが。軽く頭を振って余計な考えを追い出す。

 自分のプランが上手く行きそうだから、少し気が緩んだのかもしれない。


「しっかり掴まっていてくれ」

「おう」


 大分慣れてきたヴァンの摘み上げを受けて、彼女の背に乗る。

 さて。ドワーフ、ナーガ、トレントときて、次はどんな種族だろうか。


 ちょっとしたワクワクを胸に抱いて、俺たちは二度洞窟を飛び立った。

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