第26話 尖兵候補
「さて、少し離れていてくれ」
「お、おう」
「は、はい」
俺の提案を受け取ったヴァンは、早速準備をするようだ。
離れろ、ということは、本来の姿に戻るのだろう。
俺とフィエリは足早にヴァンから距離を取る。もう何回かその体躯は見ているから、凡その距離感は掴めていた。
程なくして、最早見慣れた黒いモヤがヴァンを囲い、数瞬後にはその姿を本来のものへと戻す。
「では、いくぞ」
刹那。
初めて耳にする、鼓膜を破るかのような咆哮が。
物理的なプレッシャーを伴って響いた。
「――――ッつあ!?」
うるっせえ! なんじゃこりゃ!
思わず耳を強く塞いでしまう。だが、そんな動作だけでは到底防ぎ切れる圧力ではなく。気に中てられる、というのはこういう事象を指すのだろうか。そんな感想を抱きながら、俺はその場でたたらを踏んだ。
「……あぶぇ……」
ア、アカーン! フィエリが気絶しとるゥ!
洞窟の岩肌に倒れこむ彼女。それを見つめる俺。
ここで咄嗟に支えたり出来ればよかったのだろうが、俺だってヴァンの咆哮に中てられている真っ最中である。そんなイケメンムーヴが出来るわけがなかった。
「はははは、悪い悪い。ちょっと気合を入れ過ぎてしまった」
その声色を元のソプラノへと戻し、愉快気に言葉を弾ませる古代龍種。
「いや、お前……ほんと……」
怒りたい。
猛烈に叱りつけたいが、それが出来れば苦労しない。
だって怖いもん。
恐らくただの咆哮であろう、その動作だけで人間を一時的に機能停止に陥らせる暴力的なまでの力。いくら気軽な態度を許されているとはいえ、面と向かって異を唱えるには彼我の戦力差が大きすぎる。
くそぅ、まあいい。いやよくないけど。
とりあえずフィエリを起こそう。このままでは不格好が過ぎるし、美人のあられもない姿を長時間放っておくわけにもいかない。
「フィエリ。フィエリ」
「……ぇぉぶっ…………ふぁ!?」
地面にへたり込んでいる彼女を揺さぶると、幸い容易く意識を戻してくれた。
ちょっと聞いちゃいけない声が漏れていた気がするが、俺は何も聞いていないことにする。彼女の名誉のためにも。
「ハルバ、フィエリ。来たぞ」
その声に釣られて、視線を戻す。
ここは、洞窟の中でも開けている箇所である。開放的な視界には、先程降り立った森林地帯を中心に長閑な風景が広がっていた。平時であれば視界一杯に覗く大自然の営みが癒しを齎してくれる、そんな場所。
「……うおぅ……」
そんな景色を埋め尽くすかのように。
数えるのも億劫になる程の竜の群れが、こちらに向かって飛んできていた。
「……すげえな……」
その光景に、思わず感嘆の息が漏れる。
最初に飛び込んできた数匹の翼竜と思われるものがヴァンの近くに着陸し、あっという間に手狭となった洞窟内。スペースを確保出来ない他の翼竜はすぐ上の空を滞空、または旋回しながら周囲に固まっていた。
いや、冷静に考えなくてもこれやばない?
軍事力どころの話ではない。
この数の翼竜、そして更に牙竜といったものまで操れるのであれば、ヴァンは一国の主どころか世界の覇者まで成り得る。
ただでさえ最強の古代龍種に、強力な尖兵が多量に紐付くのだ。今でこそヴァンは人間を滅ぼそうとまでは思っていないが、その気になれば多分、一発でフルクメリア大陸の情勢が塗り変わる。
いやあ、本当にヴァンに気に入られて良かった。
肝心の彼女が全く与り知らぬところで、俺は盛大に安堵せざるを得なかった。
「ほげぇぁ……」
「……フィエリ。フィエリ。……駄目か……」
アカン。フィエリがまた向こうの世界に飛び立とうとしている。
しかしまあ、気持ちは分からんでもない。
翼竜一匹だけでも人間にしてみれば十分脅威であるはずだ。それがこの数、この密度である。ヴァンが呼んだものだからこちらを襲う気こそ無いようだが、その圧力はたまったもんじゃないだろう。
とりあえず、フィエリはそっとしておこう。
「それで、ヴァン。この翼竜たちはどれくらい言うことを聞かせられる?」
気を取り直し、俺はヴァンへと問いかけた。
確かにヴァンの言うことに従うのは事実だろうが、それだけではまだ不十分なのである。そのレベル次第で、使える使えないが決まるのだ。
これが例えば、よく躾けられた犬程度だとしよう。
お手やお座りは出来る。待ても出来る。
確かに番犬としては優秀だ。ただ、そこで終わるのであればそれはあくまで番犬であり、地方一帯の守護を名目とした軍事力にはなり得ない。
人語を解さないまでも、ある程度具体的な指示を理解することが出来、それを遵守出来る知性。最低限のラインはそこだ。
「うーん、そうだね。一通りの指示はこなせると思う。人間の言語を介しての意思疎通は難しいと思うが、こやつらには知性もあるし、感情もあるぞ」
返ってきた答えは、何とかセーフだろう、といった塩梅だった。
「ん……ちょっと具体性に欠けるな。実際に幾つか指示を飛ばしてみてもいいか?」
「うん、構わない」
多少の知性は有しているらしいが、その具体的な理解度というものがヴァンの説明だけでは見えてこない。であれば、実際に試運転させてみるのが一番手っ取り早くてかつ確実だろう。
「そうだな……」
問題は、どういった指示を飛ばすかである。
出来ればある程度の難易度があり、同時に理解度さえ十分であれば達成は容易な指示がいい。そして、可能であれば今後の戦略に役立つ情報が手に入るとベストだ。
「……この山脈や森林地帯周辺の種族や部族なんかをリサーチして欲しい。どういった種族がどの辺りに棲んでいるのか、大まかにでも分布と勢力が分かればありがたいかな」
少々の思案の結果、導き出された答えは、偵察。
「分かった」
俺の言葉を受け、ヴァンは翼竜へとその頭を向ける。しばらく後、集まっていた翼竜たちはガアガアと喉を鳴らし、その翼を思い思いに広げて大空へと飛び立った。
……この鳴き声、聞いたことがある。
ドワーフの生息地から戻る時に上空から響いた、あのデカい鳥のそれと同じだった。
そっか、あれ翼竜だったんだね。
襲われない立場でよかった。マジで。おじさんは安堵した。
現状、俺が考えている国の形。
それは、ヴァンを君主とした封建制だ。
ご恩と奉公とはよく言ったものだが、ヴァンをはじめとした竜種が種族や地域を守る。その代わりに労働や納税といった義務を課す。これが一番シンプルであり、またヴァンの強みを活かせるやり方だと考えている。
ナーガとトレントにあるスケールを、もうちょっと大きくしたものだ。
で、ここからは予測だが、翼竜や牙竜といった生物より弱い立場の種族はきっと居るはずである。ナーガなんかは強そうだったが、対抗手段を持ち得ない種族なんかもいるだろう。
そういう連中を守護の名目の下に傘下に加え、ヴァンの影響力を増していく。無論、脅迫や強制はしない。あくまで提案という形だ。
ただ、俺の予測が正しければその提案はほぼ間違いなく受け入れられるはず。
翼竜という外敵の脅威が無くなるのだ。呑まない理由がない。
しかしまあそれも、翼竜に期待通りの動きが出来るという前提が成り立ってこそだ。そこは今の指示をどれだけ遂行出来るかで判断するしかない。
そして、もう一つの問題。
「ところでヴァン。翼竜たちを呼ぶ時は吼えなきゃ駄目なのか?」
確かに竜っぽいといえばそうなのかもしれんが、如何せんうるさい。
そして怖い。
更に、毎回これをやられたらフィエリが精神的に死ぬ。
どうしようもないなら最悪慣れてもらうしかないが、代替手段があればそれに越したことはないのだ。
「いや? 普通に念話で呼べるぞ」
「なんでやねん」
なんで吼えたお前。しばくぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます