第25話 次なる作戦

「――――貴様の言い分は分かった。検討はしよう」


 説明という名の屁理屈乱舞をお見舞いしたラナーナから発せられた言葉。

 それは肯定でも否定でもなく、保留という回答であった。


「……承知致しました」


 その答えに、どこか不完全燃焼な気持ちを覚えながらも俺は素直に飲み込む。


 保留。または回答の先延ばし。

 そういうものは元の世界でもごまんと経験してきた。

 責任の割合は大抵がどっちもどっち。こちらの進言が先方と合わなかったこともあるし、あちらの要求がこちらサイドとかみ合わない時もあった。


 ただ、大体そういう時も表立って、かつ即断で拒否はしない。概ね分かった、ただこの場では判断しかねるので一度持ち帰ります。そうやってその場を煙に巻き、なあなあで話が崩れていく。

 よくあることだった。


 しかし、ナーガであるラナーナがそういった人間社会の機微みたいなものに精通しているとは考えにくい。多分、営業をかけたりかけられたりなんてこともなかっただろう。そもそもドワーフもそうだったが、他種族との親交があるのかどうかも怪しい。


 恐らくだが、原因はこの場に居る最大戦力。

 ヴァンが居るからこそ、面と向かっての断りを避けた。


 ナーガたちは決して友好的な態度ではないものの、こうやって話には応じてくれたし、襲い掛かってくる気配もない。そういう意味でも彼らは決して蛮勇ではなく、しっかりとした知性を持っている。


 こちらとしては当然だが襲われると困る。

 同様にあちらも、みだりに古代龍種と敵対したくはないのだろう。


「そういうわけでヴァン、返答は保留だ。俺たちも一度戻ろう。ラナーナさん、お時間を頂きましてありがとうございました」


 ヴァンとラナーナ。交互に視線を預け、俺は矢継ぎ早に告げた。


「むう…………分かった」


 ラナーナとの話し合いにずっと耳を傾けていたヴァン。

 見るからに不満そうである。

 というかただでさえ見た目が怖いのに顔に力を入れないで欲しい。マジで怖い。


「ふん、早く行け」


 話は終わったと言わんばかりの表情で告げるラナーナ。

 早く行けというあたり、やはりこちらを襲うつもりはなさそうだ。 


 結局、俺が喋ることが出来た内容というものは大したものじゃない。

 ヴァンという最大戦力が近隣を守護する、何か有事の際はヴァンが駆けつける、それを最大のメリットとして打ち出す他に手がなかったのである。

 あの手この手、それこそちょっとしたハッタリやカマかけなんかも交えて話をしてはいたが、終ぞラナーナの首を縦に振らせることは出来なかった。


 確実に得られた情報としては、現状ではナーガたちに話を呑んでもらうのは極めて難しいこと。そして、人間と敵対関係にあるということだ。


 そう頻繁ではなさそうだったが、やはり人間の国からの侵攻というのは今現在でもあるらしい。しかし、技術の差か地力の差か、現状ではナーガはじめ森林に住まう種族の方が優勢であるようだった。


 多分だが、人間側が欲しているのは森林という資源。

 この森林地帯は俺の常識に当て嵌めて考えても非常に広く、そこから生み出される様々な資源というものは、きっと喉から手が出るほど欲しいはずである。

 木材、食糧、薬草、諸々。枚挙には暇が無い。


 改めて見渡してみると、木々の向こう、恐らくナーガたちの住まいと思われる木造建築も目に入った。

 なるほど、森林に住まう種族だからして、木材に対する目利きもあるのかもしれない。


 うーん、国を作るのならやはりこの森林というエリアは是が非とも確保したい。

 半分くらいシミュレーションゲームの思考だが、現実的に考えても抑えておきたい要所ではある。しかしそのためにはカード、というか構成が足りない。

 今は諦めるしかないだろう。


「ではな、ナーガたちよ。また会おう」


 往路と同じく、ひょいひょいと俺とフィエリを持ち上げたヴァン。


「……出来ればそうみだりに来ないでほしいんだがな」


 そんな様を、ラナーナは苦笑とともに見送った。



「……おお? あれがトレントってやつかな」


 ふわりと上空に飛び立ったヴァンの背から、森林地帯を見下ろす。

 そこには話し終わって散開するナーガたち。そして、もぞもぞと鈍い動きでナーガに追従する樹木があった。


「うん。ナーガたちはトレントを周囲の警戒に回しているみたいだね。その代わりにナーガは彼ら含めた一帯を守っているらしい」


 俺の呟きを拾ったヴァンが補足を入れてくれる。


 ふむ。

 武力による守護、そして奉仕。シンプルかつ原始的だが、効率的で分かりやすい主従関係である。


 ……あっ。

 ちっちゃい封建制度がこの森林地帯で回っとるやんけ。

 なるほど、これは参考にさせてもらおう。

 最後にいい物見れたな、これだけでも来た甲斐があったというものだ。


「なあハルバ」

「ん? どうした?」


 場所は戻ってヴァンの根城である洞窟内。

 その姿を少女のそれに変えたヴァンが、早速話しかけてきた。


「ナーガは検討すると言ったが、どれくらい待てばいいんだろうね」

「……あー……」


 思わず言葉に詰まる。

 そうか。ヴァンはあの保留を額面通りに受け取ったのか。


 ナーガたちに俺の案を呑む気はない。それは言葉だけでなく、表情や態度を見ていればすぐに分かった。

 ただ、そのあたりを察しろというのはヴァンには少々荷が重いのだろう。


「まあ、それは一旦置いておこう。でだ、俺からも相談があるんだが」

「うん?」


 とりあえずあのエリアは現状手が出せない。

 であれば、次の策を考えていくべきだ。


 そして今は、そのための道筋が朧気ながら見えていた。


「ヴァンは、どんな国にしたいのか、何か構想はあるのか?」


 俺は少女に問う。


 聞く順番、というか進める順番が些かおかしいと今になって思うが、まあ過ぎたことは仕方がない。反省はすれど後悔に意味はないのだ。割り切っていこう、割り切って。


「ん……そう言われてもね。特に構想がない、というのが正直なところだ」

「オッケー分かった」


 少々考える素振りを見せた後。返ってきたのはやはり具体性の無い答え。


「強いて言えば、同族たちを守ることが出来れば、くらいだね」

「なるほどね」


 同族を守る。最初に聞いた言葉ではある。しかし、多分だがヴァンはそれを念頭に置いて国家樹立を目論んではいない。

 彼女は種族の生き死にを自然の摂理として受け入れている。他の種族を殺してやろうとまでは思っていないものの、同様に積極的に保護しようとも考えていない。それは彼女の口ぶりから容易に察せることだ。

 つまり、最初に語った通り本当に思い付きか、あるいは単純な人の統率力に対する興味。精々がその程度だろう。


 だが、それでいい。

 ヴァンがしっかりとした構想を持っていれば最初から迷走していない。それに、どういった答えになるにせよ、俺からの提案は決まっている。


「国を作ると一言で言っても、国民となる同族を守るためにヴァンが単独で四六時中飛び回るわけにはいかないだろ? 守り方と、そのための戦力が必要だな」

「ふむ?」


 先程ナーガとトレントが見せたプチ封建制。

 これをヴァンを御旗として作り上げるのが一番早くて確実だ。


 この地方において、ヴァンが最強なのは多分間違いない。しかし、ここにあるのは確かに最大戦力だが、同時に単独戦力でもある。何者にも勝てるが、同時に一か所での勝利しか収めることが出来ない。


 俺の元居た世界で言えば、強力な核弾頭ミサイルが一発あるだけだ。

 確かに抑止力にはなるだろうが、それのみでは取り回しが悪過ぎる。


 コンビニ強盗に対して核ミサイルをぶっぱするわけにはいかない。

 ある程度組織だった、守るための軍事力。それが必要だった。


「んで、フィエリ。確か王国は翼竜を飼い慣らそうとしていた。そうだな?」


 その口先をフィエリに向け、確認を取る。


「えっ、ああ、はい。ただ、上手く行ったことはまだ無いようですが……。そもそも、捕獲に成功した事例すらほとんどありません」


 いきなりターゲットが自分に向いてくるとは思ってもいなかったようで、フィエリはやや戸惑いながらもしっかりと答えを返してくれた。


 間違いなく、王国は軍拡政策を採っている。

 そうでなければ翼竜の捕獲、ひいては戦力の拡充に目は向けない。 

 ただでさえ人間以外の種族が跋扈している世界なのだ。身を守る手段が豊富であることに越したことはないだろうが、それを加味して考えてもわざわざ危険な猛獣を手懐けようとは普通思わない。


 それでも王国は、翼竜を捕らえようとしている。


 つまり。翼竜というものは確かに人間からすれば強敵なのだろうが。

 同時に、有用な戦力に転用出来る可能性のある種族ということだ。人間が戦力として欲しているってのは使えれば便利だと信じているに他ならない。


 そして、ここに居るのは強大な力を持つ古代龍種。

 可能性は、決して低くないと見積もっていた。


「ヴァン。一つ提案、というか確認なんだが……。翼竜や牙竜といったものたちを、ヴァンの力で従わせることって出来るか?」


「うん? 出来るぞ。何なら呼ぶか?」

「えっ呼べんの」


 返ってきたのは、想像以上の答えだった。

 これは勝ちましたわ。

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