第24話 不完全な理詰め

「……そのお話の前に、一つ」


 俺は人差し指を立てながら、ラナーナへと視線を向ける。


「……なんだ」


 そんな俺の様子を見て、ナーガの代表、ラナーナは若干の不機嫌さを漂わせて、返答を発した。

 ヴァン程ではないにしろ、中々の威圧感だ。そもそも人間ではない、創り物の世界でしか存在していないはずの種族から睨まれるのは緊張が走るというもの。更に相手は一人だけでなく、周囲をナーガの一団に囲まれている。

 だというのにそんな状況に対し、俺がこうまで冷静にいられるのは偏にヴァンの存在がある。

 彼女が居なければ俺はきっと大いに慌てふためいていただろうし、そもそもこんな場所まで足を伸ばしていない。


 ただし、それはあくまで話し合いという前提があってのことである。

 俺は今日争いにきたわけではないのだ。


 仮に今、周囲に居るナーガから一斉に襲い掛かられたとしよう。

 多分、ヴァンなら蹴散らせる。何の確信もない予測だが、希望的観測にしろ妄想にしろ、少なくともそう思えていなければこの場は成立していない。明らかに不穏な空気を纏っているナーガの集団が未だ襲い掛かってこないことも、その予測を補強している。


 そこにはきっと在るのだ。圧倒的な実力差が。


 しかし、それはイコール俺やフィエリが生き残れるということではない。

 ヴァンならナーガたちに勝てるだろう。いとも容易く。だがそれはあくまで最終的な勝敗の結果であって、その過程は勘定されていない。


 数十の異種族から同時に多方面から攻撃を受けたとして。

 ヴァンが俺とフィエリを十全に守りながら勝利を収められるかと問われれば、そこには疑問符が付いて回る。


 俺としては、当然だが死にたくない。

 それに、出来ればフィエリにも死んで欲しくない。


「今回の私たちの目的はあくまで意思の疎通、話し合いです。その結果がどう転がるにしろ……武力を行使しないことを約束して欲しい。無論、ヴァンにも手は出させません」


 だから、まずはそれを保障しておきたかった。


「うん、そうだな。我も争いに来たわけではないと先程言っただろう?」


 俺の発言に、ヴァンが追従する。

 よしよし、ナイスアシスト。ヴァンだって手を出すつもりはないんだ、たとえ保身と言われようが身の安全は最優先事項。


 先ずは争うつもりがないということを前面に押し出し、同時に襲われる理由を削いでおく。俺は当然だが、フィエリもどう見ても戦えますってタイプじゃない。いや実際は知らんけど。

 この前提が崩れてしまえば、俺も話し合いどころではないのだ。勿論武力が必要な場面もあるが、それに頼るのは最終手段であるべきである。


 今後その手段に拠らない建国を考えている以上、ここは抑えておきたかった。


「……いいだろう」


 数瞬の沈黙が流れた後。

 ラナーナは致し方なしといった様相で言葉を発した。


「ありがとうございます」

「……ほっ」


 すかさずお礼を紡ぐ俺。

 フィエリも少し緊張が解れたのか、自然と息が漏れたようだ。


 いやあ、俺も緊張しっぱなしなんだけどね。多分足とか震えてると思う。

 だがしかし、口約束でしかないにしろ、とりあえず命の危険が去ったというのは大きい。これで俺も安心して屁理屈をこねられるというものである。挑発したり煽ったりするつもりは微塵もないが。


「約束はした。次は貴様だ、話せ」


 眼光は依然鋭く。ラナーナの視線は俺の目を射抜いた。

 さて、ここからが本番だ。大企業の名立たる重鎮たちを相手にしてきた俺の屁理屈っぷりをなめるなよ。多分足は震えてるけど。


「承知致しました。まず理由ですが、ヴァンはアーガレスト地方一帯の保護、保全を第一に考えています」


 脳内で組み立てていた理論の一発目をまずは出す。当初のヴァンの思い付きからは若干離れる理由だが、まあそこは些事だ。


「うん? ハルバ――」

「ヴァン」


 思わず口を開きかけたヴァンの方へ視線を預け、一言。

 うわ怖い。ヴァンの顔怖い。ドラゴンってほんとスゴいね。


 色々と口を挟みたいことがあるのは分かる。

 分かるが、ここは俺に任せて欲しい。多分ヴァンが喋ったら余計にややこしいことになる。

 それについさっき俺に丸投げしたばっかりじゃん。


 そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、はたまた通じたのか。

 ヴァンはそれ以上を口に出すことはなかった。


「ふん、くだらん。私たちは現に今も自力で生き抜くことが出来ている。誰かの保護なぞ必要ない」


 ラナーナは一層強く鼻を鳴らし、俺の言を否定する。

 ただ、これは普通に想定通りだ。ここで頷いてくれるなら、そもそも不穏な空気は流れていない。


「勿論、それは理解しています。ですが、これから先を考えればどうでしょうか。聞けばここは人間の支配地ではないとのこと。過去、もしやすれば今現在でも、人間たちの侵攻はあるものかと思われます」

 

 そして少しばかり不安を煽る。

 俺も人間だし何言ってんだって感じはあるけどさ。


 これは俺の予測も多分に含まれるが、ヴァンは最初、人間の国も力を付けてきていると言っていた。無論、ヴァンが簡単にやられるとは思っていないし考えたくもないが、他の種族にとってはどうだろうか。


 人間ってのは欲に際限がない。

 まだ見ぬ地があれば、それを欲するのが人間なのである。

 そして、力が足りない事実を突きつけられた人間は、知恵を絞る。


 技術は必要に駆られなければ発展しない。逆を言えば、必要に駆られれば人間の技術は飛躍的に進歩するのだ。それは歴史が証明している。

 そしてそれはきっと、この世界の人間でも例外ではあるまい。


「……続けろ」


 ラナーナは静かに、それだけを告げた。

 よーしよしよし。今のところはいい感じだ。否定しないってことは人間による侵攻は実際にあったと見ていい。

 俺の論はそれを前提に成り立っているから、そこが崩れれば一気に弱くなる。何とか第一の壁は突破したな。


「……人間は聡い。今まではラナーナさんたちの力で退けられていたとしても。近い未来、力を蓄えた人間に侵攻される可能性はゼロではありません。その可能性を限りなく低くするため、人間と同様に国家を樹立し、けん制するのです」


 大体半分くらいは喋りながら考えているが、今のところ上手くいっている、気がする。自身の発言を思い返してみても、矛盾はないはず。


「気に食わんな。ヴィニスヴィニクの支配下に入るつもりはない」


 言いながら彼女は俺から視線を外し、ヴァンを睨みつける。


 なるほど、それも道理だ。

 今までナーガたちはきっと、ナーガたちだけで上手く回してきている。もしかしたら他種族との連携なんかもあったかもしれないが、それは一時的な同盟みたいな形、あるいはどこかの種族に隷属や支配下に入る、みたいなものだったのだろう。


 でもまあ、それも一応想定内なんだよなあ。


「ヴァンの支配下に入る形にはなるでしょう。それは否定しません。しかしながら前提として、あなた方の生活様式や生活圏、また権利を侵害するつもりではないことを念頭に置いて頂きたい」


「……どういう意味だ」


 僅かばかり首を傾げるラナーナ。

 ちょっと。そういうムーヴはずるいですよ。

 いかん、思考が逸れたな。修正修正。


「そのままです。確かに建国すれば、形式としてはヴァンが支配者、最高権力者の位置に収まります。ただ、それは文字通りあなた方を支配するものではなく、あくまで国という巨大な組織の代表であるということ。私たちが望むのは長期的かつ適正な管理と維持、繁栄です。当然、理不尽な政をするつもりは毛頭ありませんし、そこは私が調整します」


 多分、彼女たちは国というか、組織という概念に対しての理解が薄い。

 だから同じ種族同士で固まるし、他種族に対しては支配するかされるかのパワーゲームしか連想されない。


 この世界の人間にしてもそうだ。

 今は人間同士で固まっているが、逆に言えば他種族に対して理解しようとしていない。人類に仇なす脅威として排除することを念頭に置いている可能性が高い。


 もしそうでなければ、ヴァンやホガフ、ラナーナといった、知性を持った生命体ともっと昔に友好を築けていたはずなのだ。


「……利点は?」


 ラナーナが短い一言とともに、先を促す。


 とりあえず、前半戦はやや優勢といったところか。

 足の震えも止まった。舌も割かしよく回っている。


 問題はここからだ。

 支配下に入るメリット。

 ここを刺せなければ、きっと彼女は首を縦に振らない。


 いやー、キツい。ウルトラCにもほどがあるぞこれ。

 ただ、理由には納得してもらえたんだ。もうひと頑張りしますかね。

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