第23話 招かれざる来客

「ひゅう……こりゃ壮観だな」

「ですねえ……」


 ヴァンの背に乗って洞窟から飛び立ってしばらく。

 俺とフィエリは眼前に広がる風景に見入っていた。


「ははは、そうだろうそうだろう」


 俺とフィエリの呟きを拾ったヴァンが、嬉しそうに声を響かせる。

 彼女は出立前の俺の心配も無用とばかりに、人間が体感しても恐らく恐怖は感じられないであろうギリギリの速度、高度を維持しながらその巨体を大空へ羽ばたかせていた。


「……上手に飛ぶもんだ」


 極小さく呟かれた俺の言葉は、全身に心地よく打ちつける風に乗って、何処かへ消えた。


 ヴァンは、人を背に乗せるのが初めてではない。

 口には漏らさなかったが、これが最初に抱いた感想であった。


 そもそもが、突然人攫いをしてくるような逸材である。人間の感覚にあわせて空を飛ぶなど、普通であれば出来るはずがなかった。

 加減をする、とは言っていたが、具体的な加減の具合を知り得ていなければこうまで上手くは飛べないだろう。そしてヴァンは、常日頃から人間と触れるような存在でもないし、ましてや人間を背に乗せて飛ぶことなど本来ならあろうはずもない。


 出会った時に話に出ていた"彼女"の存在。

 多分だが、それが大きく影響しているのだと思う。


 そのことについて、ヴァンに訊こうとは思わない。

 跳躍者というのは大体数十年から数百年のスパンでやってくるらしい。そして、ヴァンが過去に出会った彼女という存在も、俺の直前にやってきたという保証はない。間違いなくその子は、とっくの昔に天寿を全うしている。


 きっと、ヴァンにとって過去の跳躍者たる彼女は大切な存在だったのだろう。だからこそ、俺なんかにも親切に接してくれているわけだ。


 彼女は、俺を通して別の人間の面影を見ている。

 ただ、別にそれでもよかった。その気まぐれに俺の命が助けられているのもまた事実。助けられている分は、彼女の力になってあげようと思う。俺の知識がどこまで通用するかは知ったこっちゃないけれど。


「着地するぞ。少し揺れる」

「分かった」


 森林地帯の中、やや開けた場所の上空で、ヴァンがその動きを止める。

 そのまま少しずつ高度を落として行き、彼女の両足が接地した。


「うおっ、とっと……」


 着地の衝撃で、思わず声が漏れる。

 言うほど大したものでもなかったが、やはり振動というものは反射的に声が出てしまうものだ。日本は地震が多かったからなあ。そういえばこの世界に地震とかプレートとかあるんだろうか。どうでもいい話だが。


「さて、恐らく我の姿は見られているから、やってくるとは思うが」


 ヴァンの背に乗ったまま、周囲を見渡す。

 随分と高い位置からの視線にはなるが、樹木に囲まれた立地の中、周囲がざわざわと蠢いているのは俺にも感じられた。それが気配とかいう分かりにくいものでなく、実際に草木の揺れと音として響いたから。


 程なくして。

 姿を現したナーガと思われる、半人半蛇族の集団にヴァンの周囲は取り囲まれる。


「……古代龍がわざわざ何の用だ」


 ナーガと思われる種族に囲まれる中。代表らしき者が、その口を開いた。


 視線を巡らせて見れば、その数はおおよそ数十。

 皆腰から下が大蛇のようなつくりで、上半身は人間のそれだ。ヴァンよりは全然小さいが、それでも一般的な成人男性と比べると体長は大きいように思う。多分、蛇の部分が大きく作用しているのだろう。


 彼らは思い思いの装備をしているようであり、その手には槍だか杖だかが見受けられた。ホガフたちドワーフと会った時のような、気の抜けた雰囲気ではない。

 一触即発、とまでは行かないが、どう贔屓目に見ても友好的な感じには見られなかった。


 普段ならもうちょっと驚いてもいい場面だと思うが、如何せん最初に見たのがヴァンの本体だからなあ。それと比べるとどうしても威圧感が薄い。あまり慣れたくない慣れではあるけども。やだなあ、俺はいつまでも普通の一般人で居たいのだ。


「なに、少々話があってな。別に争うつもりはないぞ?」

「ふん、どうだか」


 飄々としたヴァンの口調に、ナーガの代表らしき者が答える。

 その言葉には多少なりの棘があり、やはり仲が良いとはお世辞にも言えない間柄であるようだった。


 先程から代表して喋っているナーガは、上半身を見る限り女性であった。

 紫色の長髪を靡かせ、眼光鋭くこちらに視線を飛ばす様は、有体に言って勝気な美女と評して差し支えない。纏った衣服の上からでも分かる抜群のプロポーションが否が応にも目に入る。


 きっと彼女が人間社会に馴染んでいれば、世の男どもが放ってはいないだろう。そう感じるくらいには美人だった。腰から下、立派な体躯を持つ下半身から目を背ければ、という条件は付いて回るが。


「そうだな、まずは紹介しようか。我の友人だ」

「うわっとぉ!?」

「ひゃあ!?」


 ナーガの代表と思われる女性をまじまじと観察していると、ヴァンは言いながら器用にその大きな爪で俺とフィエリを掴み上げ、地面へと降り立たせる。思わず声が漏れてしまった。そういうのは前もって言ってください前もって。


「……人間か」


 ヴァンが摘んだ俺たちを見たナーガから、短い言葉が飛ぶ。

 あっ、ちょっとびっくりしてるなこの人。多分、ヴァンという古代龍種が人間の友人を作るなど想定外だったのだろう。


「あー……っと……。……春場直樹といいます」

「えっと……フィエリ。フィエリ・ディ・ファステグントです……」


 おずおずといった感じで自己紹介を済ませる俺とフィエリ。

 もうちょっとシチュエーションとかあるでしょ。何この空気。


「……ラナーナ。ラナーナ・デイドラスカだ」


 ふん、と鼻を鳴らした後、眼前のナーガはラナーナと名乗った。


 よかった、一応話は聞いてもらえるらしい。問答無用で襲われでもしたらどうしようかと思った。まあ、ヴァンが本来の姿で居る手前、彼女たちも手を出しにくくはあるのだろう。

 ドワーフと違い、あまり仲がよろしくないように思われるナーガだが、それでも実力差というものはしっかりとあるらしい。多分、俺だけだったら捕らわれるか最悪殺されていたかもしれない。それくらい、場の空気はピリついていた。


「それで? 話というのはこの人間の紹介か? ヴィニスヴィニク」


 俺とフィエリに向けていた視線をヴァンへ向け、言葉を紡ぐラナーナ。

 あ、ナーガの皆さんもヴァンの名前は知ってるんだね。


 しかしホガフたちもそうだったが、皆ヴィニスヴィニクって呼ぶんだな。ヴァンと呼んでいるのは俺とフィエリしかいないんだが、これってもしかしてとんでもないことでは? おじさんは訝しんだ。


「まあ、それもあるが。ハルバ、頼んだ」

「ここでかよ」


 相変わらずの投げっぱなしだなチクショウ。

 思わず素の反応を返してしまった。


 改めて視線をやると、ラナーナは言うことがあるなら聞いてやろう、みたいな態度である。腕を組んでこちらを睨みつけていた。ちょっと怖い。何かデキる女上司に叱責される平社員みたいな気持ちになる。俺にはこんな美人の上司居なかったけどさ。


「えー……実は、ヴァンがこの地方一帯を治めるために建国を思案しております。つきましては、その承諾を得たく今回足を運んだ次第でございまして」


 先日ドワーフたちに説明した内容と全く同じ言葉を紡ぐ。

 いや昨日も思ったけど本当にこれ行き当たりばったり過ぎるな。カードがないのは確かだが、現状それを伝えて呑ませるだけのメリットが薄い。頑張って屁理屈こねないといけないぞこれは。


 俺の提案を聞いたラナーナは眉をぴくりと震わせるも、直ぐに言葉を紡ぐことはなかった。

 たっぷり十数秒。俺の発言を最後に、沈黙の帳が降りる。


「……理由と利点は何だ。話せ、人間」


 ラナーナが尤もな内容でもって静寂を破った。

 まあ、普通はこうなるでしょうよ。

 しかし、これならまだ勝ちの目がある。拒否されるよりは全然マシだ。


 よーし、おじさん頑張って屁理屈こねちゃうぞ。

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