第22話 ドラゴンライダー
「起きたか?」
「うおおああああああああああッ!!?」
「きゃああああああああああああ!!!!」
びっくりした。クソほどびっくりした。死ぬかと思った。
目が覚めて、フィエリも起きて、じゃあヴァンと合流しようかと思って玄関のドアを開けたら目の前に目玉があった。
深紅の双眸、そのうちの片方が前面に広がってこっちを睨んでいた。
ヴァンさん、お願いですからいきなりその姿で現れないでください。
一発で覚醒したわ。あんまりよくない気持ちで。
横のフィエリも盛大にビビっているが、そういえば彼女はまだヴァンの本体を見ていなかったような気がする。大丈夫かこれ。トラウマになったりしないだろうか。
「はははは、悪い悪い」
言いながらヴァンは黒いモヤを纏い、見慣れた少女の姿へと変身する。
「悪いと思うならそういうドッキリはやめてくれ……」
ほんっと心臓に悪い。冗談抜きで寿命が縮むかと思ったぞ。
「あば、あばっははは……」
あ、いかん。フィエリがトリップしている。
そりゃびっくりするよな。俺も初めての対面がこのシチュエーションだったらおしっこちびるかもしれん。
「フィエリ。フィエリ」
「……はっ! あっ、はい!?」
肩をトントンと叩きながら声をかけると、無事こちらの世界に戻ってきたようだ。朝から疲労困憊な姿であることはこの際無視しよう。
「して、今日はどうするんだい?」
「んー……」
フィエリの惨状に特に意識も寄せぬまま、ヴァンは問いかける。
仮にもこれから協力する仲なんだし少しは気にかけてあげて欲しい。
彼女からの問い掛けに、俺は少々の思案に入る。
恐らく、目的だけを考えれば今日はナーガやトレントなど、森林地帯に住まう生物と話を付けに行くのが一番効率がいい。
しかし、ドワーフの時こそ上手く行ったものの、今後も恙無くことが運ぶ保証はない。何らか交渉のカードを手に入れてから行くべきなのではとも思う。
現状、こちらが切れるカードはヴァンという存在だけだ。
それだけでいいんじゃないの感もひしひしと感じるが、向こうの生態系や生活レベルが謎な以上、ヴァンの力だけで全てが丸く収まるという前提の下で動くのも危ない気がする。
「それじゃ、今日は森林地帯まで行ってみようか」
そこまで考えて、俺は思考を止めた。
だって何もないんだもん、カード。
俺の部屋にある家電なんかもちょっと考えたが、この世界に存在しないアイテムをほいほいと渡してしまうのもちょっと違う気がする。欲しがられるかも分からないし。
第一、こちらの要求を呑ませるために何か物品を持っていくっていうのもどうかと思う。
そもそもが相手のことを分かっていないのだから、まずは話をしに行って、そこで要求が出ればその都度考えればいいじゃん。
行き着いた先は詰まるところ、ブン投げであった。
「うん、分かった。それなりに距離があるが、どうする?」
「どうする、とは?」
了承を返したヴァンが更に問いを重ねるが、どうするというのか。
ここに馬はないし、自転車や自動車といった車輌も存在していない。歩く以外手はないんじゃないだろうか。ていうか俺馬に乗ったことないし。
あ、でもヴァンなら転移も使えるか。そのことかな。
「我に乗っていくことも出来るが」
「なんですと」
思いも寄らぬ提案に、ついつい素の反応が出る。
ドラゴンに騎乗する。実にファンタジーポイントの高いイベントである。男の子の憧れと言っても過言ではない。
そして恐らく、これは相手が俺だからこその提案だ。
跳躍者という奇異性が、ヴァンの興味を強烈に惹いている。この好意には乗っておくべきではなかろうか。
無論、危険はあるだろう。振り落とされることも考慮せねばならない。
ただ、今までの俺に対する接し方から生命の危機に陥るほどの無茶はやらないだろうな、という予測はついた。悪ふざけはしそうだけど。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「うん、任せてくれ」
時間短縮の利便性、あるいは危険性、そういうものもあったが、結局のところ俺自身の好奇心を抑えきれず、俺はヴァンの案に乗ることにした。
「あ、あの、私は」
「ああ、フィエリとやら。君は歩いてついてくるといい」
「えぇ!?」
「ははは、冗談だ」
ヴァンとフィエリの軽いやり取りに苦笑しながら、今日のスケジュールを固めていく。
ナーガ、そしてトレントたちと即日了承を得ることが出来れば最良。少なくとも、こちらの意図は伝えておく必要がある。
最悪のパターンは拒否からの戦闘だが、こればっかりはヴァンの偉力を信じるしかないな。多分、ヴァンもその可能性に気付いているからこそ人間体ではなく、本来の姿で向かいたいのだろう。
彼女は悪戯好きで食えない性格をしているが、頭が回らないタイプじゃない。
人間の常識だとかそういうものを一部放り投げているところも見受けられるが、それは何千年も生きてきた古代龍種だから、という一点で納得するしかないだろう。
もしドワーフの時のように話が上手く進めば、今日は俺やフィエリの生活面についても考えておきたいところだ。洞窟内で過ごす分には問題ないが、何時までも厄介になるわけにもいかないし。
いや、このままいけば俺は国興しの重鎮になるわけだからそれでもいいのか? よく分からん。
自室にある書籍にも、建国について書いてあるものなんて無かった。当たり前である。そんなの買った覚えもないしな。
ま、いいか。細かいところは都度考えよう。
「では行こうか」
洞窟の中でも開けた場所、森林地帯が見渡せるエリアで、ヴァンは再び本来の姿へと戻る。
「う、おお……」
「ふわあ……」
改めて見ても、やはりヴァンの威容は凄まじい。
今更だが、この背に乗るんだよな、俺。なんだか物凄い勘違いを起こしそうになる。
よせよせ。俺はただの一般人。俺はただの一般人だ。
「加減はするが、しっかり掴まってくれ」
ひょいひょいと俺とフィエリを爪で持ち上げながら、ヴァンがそのソプラノを響かせて忠言する。
いやあ、相変わらずこの図体から響く少女の声というのがアンバランス過ぎて笑いそうになるな。この声があるからこそ、俺はギリギリのラインで理性を保てたとも言えるが。
「安全運転で頼むぞ、いやマジで」
「はははは、善処はしよう」
「いやマジで!」
大丈夫かよ。俺絶叫系嫌いなんですけど。
そんな俺の不安を他所に、彼女は実に優雅に、優しく飛び立った。
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