第21話 一日の終わり
「ほあっ!? いえ、いや、流石にそれは……!?」
ヴァンの提案にフィエリがパニクっている。
そりゃそうだよ。俺だって推定未成年の女子と同じ布団に入るとか考えたくない。いや、シチュエーションを選ばなければ喜んでもいいのだろうが、幸か不幸かそこにメリットを見出せる状況下ではなかった。
「うん? 何か問題でもあるのか?」
「いやいかんでしょ」
普通に考えていかんでしょ。
ヴァンの疑問を即座に切って落とす。
このナリだから忘れがちだが、ヴァンはれっきとした古代龍種であり、その実態は人間と大きく異なる。当然その尺度や常識なんかも俺やフィエリとは一線を画すものなのだが、男女の営みまで慮れというのは、多分行き過ぎた要求なのだろう。
いや別に俺がフィエリに手を出すつもりだとかそういう話じゃなくて。
とにかくその提案は駄目でしょ、というのを何とかして分かってもらう必要があった。
というかヴァンの見た目も一応女性にあたるんだが、彼女の本来の性別ってどっちなんだろうな。流石にそれを訊く勇気はないのだが。そもそも古代龍種という種族に性差があるのかすら分からんし。
「……まあ、駄目というなら別に無理強いはしないが」
「そうしてくれ。……どうするかは帰ってから考えるか」
恐らく俺やフィエリが渋っている理由までは見当が付いてない様子でヴァンが譲る。
とりあえずはヴァンの
うーむ。現実的に考え得る手段となれば、ベッドを運び出してそこにフィエリを寝かせて、俺が部屋の椅子なりで寝るってのが妥当な線だろうか。
俺だけベッドでぬくぬくと寝呆けて、フィエリを外で寝かせるというのは到底許容出来ない。それをやってしまうと人として終わる。
いや、待てよ。
「あれ、でもあの洞窟内で睡眠って要るのか?」
ぶち当たった疑問が、思わず口を突く。
そうだよ。生命維持の魔法で睡眠の無効化は出来ないのだろうか。
意味の分からない原理が働いている生命維持とかいう魔法だが、空腹感を紛らわせ、かつ栄養補給が必要ないという前提であれば、もしかしたら睡眠も必要ないんじゃなかろうか。
「どうだろう。腹は減らなくなるらしいが、眠気は感じるようだね。我も眠っているし、人間も寝た方がいいんじゃないか?」
洞窟の方へと足を向ける途中、ヴァンが俺への疑問に答えてくれる。
まあ、そういうことであれば寝た方がいいだろう。ヴァンとてこれまでの言動を見る限り、人間の仕組みに詳しいわけではないはずだ。ただ上手いこと魔法の効果がハマっているだけであって、そこに何か保証があるわけじゃない。
腹が減らなくなるってのは食を気にしなくていい分確かに楽なのだが、睡眠まで不要となるとどうにも違和感があるし。
ただ、どちらにせよこれは洞窟内で一日の大部分を過ごすという前提があってこそだ。今はまだいいが、今後活動の幅を広げるならそうも言っていられなくなる。
俺やフィエリの食事情の改善、というか確立はどこかのタイミングで進めておいた方がいいだろうな。
「とりあえず戻ろうか。もう日も落ちるだろうし」
「うん、そうしようか」
「は、はい」
改めて行動指針を提示し、足を動かす。
しかし、当たり前だが頭を使うことばっかりだ。
別に考えること自体は嫌いじゃないが、肉体的疲労は魔法である程度無視出来るにしても、精神的疲労まではそうはいかない。ずっと頭を悩ませ続けていたら、あまりよくないことが起こる。適度に切り上げて脳のリソースを解放していかなきゃな。
けどまあ、クソみたいな取引先を相手にネガティブな思考に沈むよりは、よっぽど有意義だとも思う。
美人に囲まれて頭を捻るというのも悪くない。
帰り際、ふと空を見上げれば、ガアガアと喉を鳴らす大きな鳥が目に入った。
あれがただの鳥なのか、翼竜と呼ばれたものなのかは分からない。しかし、今までお目にかかったことがない生物であるのは確かだった。
「……くわばらくわばら」
あんなのに襲われたらたまったもんじゃない。
小さく独り言を零し、俺たちはヴァンの塒へと足を急がせた。
「……すみません、色々とお借りしてしまって」
「いいって。そんなに気にしないで」
ヴァンの洞窟に戻ってからしばらく。
自分の部屋にある毛布やら普段着やらをフィエリに譲り、縮こまってお礼の言葉を発し続ける彼女に、気にするなという返答を続けているところだった。
結論から言うと、俺はフィエリに跳躍者であることをバラした。
だってお前、無理でしょ。隠すの。
俺の生活基盤は少なくとも今のところ、この洞窟内に定めるしかない。そして、ヴァンの思い付きに協力することになった以上、フィエリも同様だ。
となれば、確実にバレる。檻も家屋もないこの洞窟内でフィエリの行動を制限するのは現実的ではない上に、じゃあ俺はどこで寝るんだという疑問に普通ならぶち当たる。
それを上手く躱す理由を、終ぞ俺はでっち上げることが出来なかった。
「ところで、跳躍者ってやつの存在自体は」
「……聞いた事はあります。と言っても噂程度で、文献なども私の知る限り残ってはいませんでした。まさかハルバさんがそうだとは露ほども……」
「そっか」
ついでに彼女に跳躍者自体のことを聞いてみたが、やはり表立って知られている情報ではなかったようだ。文献すら残っていないとなると、本当に一部の人間たちで秘匿されていた情報なのだろう。
噂程度でもフィエリが聞いたことがあるというのは、それほどの地位に彼女、ひいては彼女の家があったということだ。
もししっかりとした記録なんかが残っていれば、先人たちの軌跡や、もしかしたら俺が元の世界に帰る手段なんかも知れたかもしれないが。
でもまあマンションの一室ごとワープしてくるなんて普通考えられんわな。
フィクションとしての小説でならあっても不思議じゃけど。
多分、誰も読まないだろう。
「ヴァンは知っているが、一応このことは内密に頼む」
「分かっています。誰にも言いませんよ。……言う相手も居ませんし」
とりあえずの釘刺しを行った俺に対し、帰ってきたのは自嘲気味とも捉えられる、乾いた笑みを浮かべながらの返答であった。
ちなみに、最初こそフィエリに俺のベッドを使ってもらう予定だったが、それは何故だか頑なに固辞された。
俺としては特に気にしないが、まあ年頃の女性にとって中年の男性が使っていたベッドで寝る、というのは些か抵抗があるのだろう。だから俺も無理強いはしなかった。
しかし、かといって裸で転がすのは男の沽券に関わる。
だもんで、毛布だったり俺のお古だったりを押し付けているわけだ。
「……しかし、魔法ってのは本当に便利だなあ」
「そう、ですね。これくらいなら私にも使えるので、役に立ったなら良かったです」
ふと零した呟きに、フィエリが反応する。
俺の視線は彼女ではなく、部屋の中空にふわふわと漂う明かりに固定されていた。
今は二人で俺の部屋に居るのだが、互いの顔が認識出来る程度の光は確保出来ていた。
なんてことは無い、魔法のお陰である。
自分の部屋に戻ってきたはいいものの、今俺の部屋には電気もガスも水道も通っていない。当たり前であった。
もうすっかり日も落ちてあたりは暗闇一色だ。今まで電気に頼り切っていた生活を送っていたし、俺は煙草も吸わない。結果、部屋の中には懐中電灯もライター一つも転がっていなかった。
さあ困ったぞと思っていたら、なんとフィエリは生活魔法の一部なら扱えると言う。
俺はありがたくそのお言葉に甘え、こうして光源を確保するに至った。
無論、テレビだとかパソコンだとか冷蔵庫だとか、様々な電化製品がフィエリの目に触れることにはなったし物凄い興味も持たれたが、電気がなけりゃただのモノだ。
今ここでは全く使い物にならない、ということだけを伝え、俺はそれ以上の言及を避けた。使えないというのは事実だしな。
「……寝ようか」
「……そうですね」
会話も落ち着き、特段やることがなくなった。
普段であればテレビを見たりするのだが、そのテレビも今となってはただの板である。
ちなみに、ヴァンから一緒に寝ないかと言われたが断った。
理由は単純。休まらないからである。
今の彼女は本来の姿に戻り、洞窟の奥に居る。
どうやら人間体というのは一種の緊張状態のようなもので、やはり本来の姿であるのが一番落ち着きはするらしい。
あくまで俺に合わせてあの格好を取っているだけなのだ。
そして、古代龍種に包まれて安眠出来るほどのメンタルを、俺は持ち合わせていなかった。
「それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
俺はベッドに丸まり、フィエリは俺のお古に身を包み、床に就く。
考えることは沢山ある。
しかし同時に、考えても分からないことも沢山だ。
このまま眠って朝起きたら全てが元に戻ってないかな、なんてことを考えながら、俺はその日意識を手放した。
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