第20話 システム

「生命維持って……スゴいな……」


 何度目かも分からない、驚愕の感情。

 本当に俺が元居た世界の常識が通用しない。最初に出会った時に見せられた炎もそうだが、転移の魔法といい生命維持といい、この世界の物理法則はいったいどうなっているのか。


「道理でお腹も減らなかったわけですね……」


 一方のフィエリはその驚きはあったものの、魔法という概念に慣れているからか、俺よりは納得の感情が大きかったように見えた。

 いやそもそも、道理で、みたいな台詞で納得していい内容じゃないと思う。何だよ生命維持って。病院とかお薬とか要らないんじゃないのこの世界。

 まあ確かに、俺が知るファンタジーの世界で医学が発展しているシチュエーション、というのは見たことがない。科学や医学の前に魔法が何とかしてしまうのだ。


 技術というものは、必要に駆られなければ発展しない。


「流石にずっと掛けっぱなしは難しいからな、洞窟の壁に魔鉱石を埋め込んで補填してあるんだ」


 ヴァンが説明を続ける。

 そういえば、この世界には魔鉱石とかいう魔力を帯びた鉱石があるらしいことをフィエリが言っていたな。まあ、立地的にも此処は山脈ど真ん中である、そういうものが取れても不思議ではないのだろう。


「それってヴァンが直接採掘したのか?」


 ふと思いついた疑問を投げ掛ける。

 古代龍種がせっせと鉱夫に勤しむ姿というのはそれはそれでレアものっぽい気がする。ああでも、彼女のことだから壁やら洞窟やらを破壊して拾い上げているのかもしれない。


「いや、多少は我が拾ってきたものもあるが、ドワーフたちに譲ってもらったものが大部分だな。この山脈は魔鉱石がよく取れるらしいんだ」


 周囲をぐるりと見渡しながら、ヴァンが続けた。


 ドワーフたち、と言うと先程のホガフたちのことを指すのだろう。確かに彼らはヴァンを神聖視していたから、貢物みたいな感覚で魔鉱石を納めていても不思議ではないようにも思う。


「ふむ……フィエリ、魔鉱石ってのは王国では貴重なの?」


 一つの思い付きを補強すべく、俺はフィエリに問う。


「ええ、まあ、はい。それなり以上には貴重だと思いますよ。採掘できる場所というものは結構限られてきますから」


 フィエリの答えに、俺はもう一つふむ、と相槌を打ち、思案に沈む。

 これはまだ先の話だ。今ただちに重要なことではない。

 しかし、ヴァンの建国が進む前提で考えれば、避けて通れない道でもある。


 即ち、国を興した後の経済の話である。


 国にしても会社にしても、組織を運営していく以上は元手が必要だ。

 全てが慈善事業で回るほど、世の中は優しくない。そしてこれは俺の世界での認識だが、多分そこに関してはこの世界もそう変わらないだろう。


 また、国家として維持していくためには当然、外交も必要になってくる。

 戦力という意味ではヴァンが居るから大丈夫だと思うが、国を作りました、だけでしっかりと認められる保証はない。

 ヴァンの望みである同族の保護などを考えると、リシュテン王国やサバル共和国に対して、うちはちゃんとした国なんですよという意思表示と、それを呑ませるためのメリットが必要になる。


 その手段の一つとして、魔鉱石の輸出という可能性は考えるに値するものと感じた。


「どうしたハルバ、また考え事か?」

「まあ、ちょっとね。まだ皮算用の段階だけどさ」


 先程からひっきりなしに俺へのリアクションを飛ばしてくるヴァンだが、これから国をぶち上げようとしている手前、考えなきゃならないことは多い。思考の優先順位は勿論あるが、それでもゼロから国を作り上げるなんてのは俺も経験したことがないのだ。あらゆる事態を考えていかなきゃならない。


 やるだけやるとは言ったものの、土台が無理ゲーである。

 なんで俺こんなに頑張ってんだろうな。シミュレーションゲームは確かに好きだが、まさかリアルで体験することになろうとは。いや、ここはゲームの世界じゃないんだけどさ。


「……そういえば」


 魔鉱石を使った交易もアリだな、程度に考えていたのだが、それをやるための前提条件が不明瞭だったことに気付いた。


「フィエリ。この大陸に貨幣制度はあるのか?」


 そう。システムとしての金である。


「ありますよ。というか、ハルバさんは本当に何処から来たんですか……」

「遠いところ、とだけ言っておくよ。その話は追々な」


 俺に向いた矛先をさらりと受け流す。

 別にフィエリになら伝えてもいいんじゃないかなとも思うが、まあ今はそれよりも大事なことが沢山あるわけですし。


「はあ……。手持ちは今無いですが……順番に、銅貨、粒銀貨、小銀貨、銀貨、粒金貨、小金貨、金貨があります。これはリシュテン王国もサバル共和国も同一の基準ですね」


 俺への疑惑を一旦懐に仕舞いこみ、フィエリが説明をしてくれる。

 ふーむ、ファンタジーお馴染みの金銀銅貨か。紙幣制度なんかはまだ確立されていないのかな。


 異世界ってことでなんとなーく想像はしていたが、やはり鋳造貨幣が中心っぽいな。秤量貨幣とかじゃなくてよかった。それはつまり、この世界の国家が最低限成熟しており一定の信用と歴史があるということだ。そうじゃなければ貨幣制度自体が成り立たない。鋳造元の信用が無ければ、貨幣はただの重たいゴミである。


 ただ、紙幣が存在していないってことはまだ信用貨幣までは出来上がっていないのだろう。流石に製紙技術自体が未発達だとは思いたくない。


 日本の紙幣を思い浮かべれば簡単だが、一万円札が一万円相当の価値を持っているのは、円という日本通貨を、日本という国がその価値を担保しているからだ。信用がなければあれはただの紙ペラである。一円の価値もありゃしない。むしろ、アルミニウムである一円硬貨の方がまだ価値がある。


 この大陸には今のところ、リシュテン王国とサバル共和国の二国しかない。無論、山脈の西側に別の国が繁栄している可能性は否定出来ないが、少なくとも互いに関わりのある国、というのはこの二国だけだ。


 二国間で外交が完結してしまっている。

 為替の変動も起きないし貨幣の価値も変わらない。紙幣を生み出すよりも現物の鋳造貨幣をシステムとして組み込んだ方が効率がいい。


「経済も考えないとなあ……」


 なんとなしに呟いた言葉は、山脈の風に攫われていった。


「それで、これからどうする? ハルバ」


 ヴァンの言葉に釣られて視線を上げれば、先程よりも太陽は西の麓へ傾いているように見えた。


「うーん、夜はあまり出歩きたくないかな。一旦戻ろうか」


 ただでさえ危険度の高い地域、如何にヴァンが居るとは言え、視界も利かない夜に出歩きたくはない。

 コンテニュー出来ない一度きりのライフである。無為に削られてしまう危険性に、自ら足を踏み入れるつもりはなかった。


 それに、急ぐ内容でもないしな。

 俺も考える時間が欲しいし、今日のところはドワーフの協力を得られただけでも十分だろう。


「あ、あの……戻るにしても、私はどこで寝れば……」

「あー……」


 言われて気が付く。

 そういえばフィエリは着の身着のままヴァンに攫われたのだった。

 洞窟には他の生物は侵入してこないようだし、生命維持の魔法もあるからして、身の安全という意味では問題ないだろう。


 しかし、フィエリがヴァンの思い付きに協力するということは、これから短くない期間ともに過ごすということでもある。日々の寝床が洞窟の岩肌、というのは、年頃の女性を寝かせるには些か不十分なものに思えた。


 俺は自分の部屋に戻ればベッドがあるからいいんだけどね。

 ただ、俺の正体を隠している以上、俺の部屋にフィエリを招くのは憚られた。それにベッドは一つしかないし、同衾は色々と困る。本当に色々と。



「うん? ハルバと一緒に寝ればいいだろう?」

「何言ってんの?」


 何言っちゃってんのこの子。

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