第19話 健康の秘訣

「いや、でもなあ……」


 ヴァンやフィエリ、周囲のドワーフたちを置いて、一人思考の海に沈んでしまう。

 考えすぎかも、という疑念がよぎるが、そもそも建国をライトに捉える方がどうかしている。考え過ぎてダメだということはないはずなのだ。


 しかし、それはあくまで俺の、もっと言えば俺が居た世界での基準だ。

 そもそも俺が居た現代社会では、所有権のない土地というものが存在していない。勝手に国をぶち上げるなどという身勝手が許されるはずがない故に、そこまで考える必要がなかった。


 だが、ここは違う。アーガレスト地方は人の手が入っていないし、国家の領有権もない。全ての勝手が異なっている。

 今までの話を統合する限り、少なくともフルクメリア大陸に人類が到達してから紡がれた歴史は僅か数百年。そしてこの地方に人族はほぼおらず、国という概念も浸透していない。


 もしや、これは俺が思っていた以上にワンチャンあるのでは?

 根拠のない期待が持ち上がってくる実感があった。


「どうしたハルバ、考え事か?」


 思案に耽る俺の顔を覗き見ながら、ヴァンが問いかけてくる。


「ん……。ちょっとね。色々と修正しなきゃなと思って」


 答えながら、俺は脳内を整理する。

 情報収集は確かに大事だが、その情報に対してどう向かい合うかというのも同じくらい大切だ。今回でいえば、俺の基準に合わせていくのではなく、この世界の基準に俺の軸を合わせて行かなきゃならない。

 本来は後者であるべき思考が、知らぬ間に前者に偏ってしまっていた。


「まあ、楽観は出来ないけど……気持ちの敷居はちょっと下がったかな」


 苦笑いとともに、言葉を紡ぐ。


「うん、そうか。それはよかった」


 ヴァンはやはり変わらず、その笑みを湛えていた。


 どうせ何も分からん異世界なのである。唯一確実に分かっていることは、元の世界とは異なるということだけ。

 別に日本を作るわけじゃないんだ。もうちょっと気楽に行ってもいいのかもしれん。勿論、命の危険に晒されたりするのであれば即座に撤退だ。ドワーフだけを基準にする訳にもいかないが、こちらにはヴァンも居る。


「……で、用件はそれだけなんか?」


 一人で納得していたら、ホガフの声が響いた。


「ああ、はい。すみません、お手間を取らせてしまって」


 用件は本当にそれだけだったのでそうとしか言えない。ただ、ここまでワンストップで話が進むとは思ってもいなかったが。

 いずれこちら側の骨子が整えばもっと詳しい話もしたいところだが、それにはまだちょっと早い。ドワーフたちの生活様式も気にはなるが、それだけを基準に考える訳にもいかない。まずはヴァンの思い付きに対して理解を得ることが先決だ。

 その理解はドワーフだけから得れば解決という話でもないからな。まずはアーガレスト地方に住まう様々な種族とコンタクトを取っていく必要がある。

 勿論、中にはヴァンに賛同する種族も居れば反対する種族も居るだろう。だがどちらにせよ対話を行わないことには話が進まない。


 ただ、ドワーフに限って言えばそれに対する理解があっさりと得られてしまったために、今ここでこれ以上の話題はそれこそ世間話だとかそういう類のものしか残っていなかった。


「まあ、何かあれば言ってくれ。儂らは大体この辺りにおるでな」

「承知致しました。いずれ近いうちにまた詳細を詰めに参ります」


 解散! という威勢のいい声とともに、ドワーフたちが散っていく。わらわらと移動する様はレミングの行進を思い出してしまうな。些か失礼な喩えではあるが。


「……話、纏まっちゃいましたね……」

「そうだな……」


 超スピードで話が纏まってしまったものだから、いまいち実感が湧いてこない。そしてそれはフィエリも同様だったようで。呆けたように呟かれた言葉に対して、俺も気の抜けた返事しか出来なかった。


 ふと空を見上げると、灼熱の根源がその立ち位置を少しばかり地平線に向けて傾けている時分であった。


 そういえば時間とか全然気にしてなかったわ。太陽の位置から察するに恐らく夕方手前くらいだと思うが、この世界の時間軸ってどうなっているのだろうか。

 少なくともヴァンは数千年、という年単位を使っていたので完全に別物とは考えにくいが、細かいところは分からない。24時間以外の刻まれ方してたりするとちょっと困る。


 感覚で言えば、もう数時間も経てば夜の帳が降りてくるだろう。


「うん……? そういえばあまり腹とか減ってないな……?」


 今更ながらの感覚に、少々の違和感を伴う。

 俺が自室のドアを開けて洞窟とご対面したのは、時刻では朝のはずだ。

 その後ヴァンと出会い、色々と話をし、フィエリたちと出会い、また話をし、こうやって洞窟の外に繰り出している。その間結構な時間は経過していたはずだし、俺はヴァンと出会ってからメシどころか、一滴の水分さえ摂取していない。


 思い返してみれば、半日もの間何も口にしていないことになる。

 それにしては、身体の調子は悪くない。空腹感を感じていないのもそうだが、喉の渇きもないし、コンディションは良い方と言える。


「うん? ハルバ、何かあったのか」


 またしても一人考え込んでしまった俺に、目聡くヴァンが反応する。

 本当によく見ている。何か恥ずかしい。


「ああいや、小さいことだけどな。単純にあまり腹が減ってないな、と。別にヴァンが気にすることじゃないよ」


 本当に些細なことなので説明するかどうかを迷ったが、まあ言っても言わなくても変わらんだろう。

 ちょっと食欲がなかったり、その割に身体がよく動いたりなんてのは、しょっちゅうとは言わないが時たま起こることである。

 特に今回は突然異世界に放り込まれたのだ。身体がそういう自覚を持てぬまま動いてしまっている可能性は十分にある。多分、そのうち腹も減るし喉も渇くし眠気もくるはずだ。健康診断でもそんなに悪い数値にはなっていなかったし。


「そういえば、私も今日は何も口にしてないですね……」


 俺の呟きにフィエリが反応する。

 彼女の直近の生活がどのようなものだったかは聞いていない。聞く気もなかったしな。ただ、売られる寸前の身だったようだから、ロクなものは口に出来ていないだろうな、程度の予測は付く。


 しかし、俺だけでなくフィエリもか。奇妙な偶然があったものだ。



「ああ。多分、生命維持魔法の影響だろうね。あの洞窟にはずっと魔法をかけてあるんだ」

「なんて?」


 なんて?

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