第17話 古代龍種の威光
「うん。久しいね、ドワーフの」
のそのそと穴から這い出てきたドワーフの男を相手に、ヴァンは鷹揚に頷く。
「がはははッ! 確かに。何年振りですかな」
穴からすっかり姿を現したドワーフの男性は豪快に笑い、言葉を返す。
その姿は、アニメや漫画で見慣れたドワーフ、というには少々趣が異なっていた。
シルエットこそイメージと大差なく、身長は140㎝あるかどうかと言ったところだろうが、やはり想像で補えないのはそのリアルな顔付きである。
鷲鼻に彫の深い目。決して浅くない皺が走るその顔は、人間の基準で言えば老齢と言って差支えないのだろうが、そう表現するには小さい身体から主張される、筋骨隆々の肉体が邪魔をする。乱雑に生え揃った深みのある赤髪は、その体型も相俟って屈強なイメージを強烈に放っていた。
見せるための筋肉ではない、生きるための身体。
無骨ながら鍛え上げられたその容姿に、体格以上の雰囲気を感じてしまうのは避けられない。
だがしかし、いや、やはりと言うべきか。
ヴァンの本体から発せられた、あの圧力には敵うべくもなかった。
また眼前の男が、今のヴァンをヴァンと認識出来ているのは少し意外であった。
てっきり近隣の生物はヴァンの本体を恐れているものだと思っていたし、そうであれば、人間体の姿を知らないはず、あるいは知っていたとしてもそこに恐れがあるはずだからだ。
「……知り合い?」
「流石に個体までは覚えておらん」
向こうがヴァンを認識していた様子なので顔見知りかと聞いてみれば、どうやら目の前のドワーフ個人と親交を持っているわけではないようだった。
いや、もしかしたらあったのかもしれないが、どちらにせよヴァンが覚えていないのでは同じだろう。
「しかし珍しいですな。そのお姿もですが、人族の連れとは」
ドワーフの男はそう言いながら、ぐるりと視線を巡らせる。
その視線の網に、俺とフィエリが掛かった。睨まれているって感じでもないのだが、顔つきがゴツいのも相まってそこそこの迫力がある。
「うん、我の友人だ」
ヴァンは答えとともに、俺の方へちらりと目線を動かす。
その友人枠にまだ、フィエリは入っていないのだろうか。
現状だとどう考えても俺よりフィエリの方が有能なんだが、跳躍者ってのはスゴいな。無条件に最強の生物とお友達になっている。
「初めまして。私は春場、春場直樹と申します」
「え、えっと、フィエリといいます」
とりあえずとなる挨拶の言葉を紡ぐ。
初対面であるからして、しょっぱなから営業スマイルと営業トーク全開だ。別に俺は営業マンってわけでもなかったけれど。
ただ、当たり前だが第一印象は悪いよりも良い方がいい。特に今回はヴァンの思い付きを呑んでもらうために足を運んでいるのだ。ほんの少しの努力で防げる不和を、自ずから冒す必要はどこにもない。
「おっと、こりゃご丁寧に。儂ぁホガフだ」
俺たちの挨拶を受け取ったドワーフはホガフと名乗り、またガハハ、と豪快に笑いを付した。
「ホガフ……さんは、ヴァンのことはご存知で?」
「そりゃお前さん、ヴィニスヴィニク殿のことを知らん奴ァここにはおらんじゃろ」
俺のちょっとした疑問に、ホガフは何を言っているんだと言わんばかりの様相で答える。
ここ、というのがドワーフの生活圏内を指すのか、アーガレスト地方全体を指すのかは分からない。だが、後者でも何ら不思議ではないように思える。
あまりに近過ぎる故に意識から外れがちだが、彼女はれっきとした竜であり、更には古代龍種とかいういかにも最強っぽい響きを持っている個体だ。人間の感覚で言えば、もはや神様とかの次元と同等かもしれない。本人も最強に近いくらいだと自評していたしな。
「ヴィニスヴィニク殿は守神みたいなもんでな。儂らが安穏と暮らせておるのもこの方のお陰よ」
「へえ、守神ですか」
「ははは、そんな大層なものではないぞ?」
ホガフから発せられる両手離しの賞賛に、ヴァンが面映さを浮かべて笑みを返す。
恐らく、ヴァンにそのような自覚はないのだろう。それに、ホガフ個人を覚えていないことから常日頃親交があったとも考えにくい。しかし、害をなさない大いなる力というものは、時として信仰の対象となる。
その点で言えば、ヴァンは文句なしの対象であった。
「して、此度は如何様ですかな?」
「ああ、そうだった。ハルバ、頼む」
「えっ、あっ、はい」
面持ちを少々真面目なものに変えて、ホガフが尋ねる。
その問いを受けたヴァンは、一言を発するとすぐに俺へとバトンを渡した。
うーん、この投げっぱなしジャーマン具合よ。
自身で放った思い付きのくせに、具体案は全部俺任せである。適材適所、と言えば聞こえはいいのだろうが、俺だってどうすりゃいいのか皆目見当が付かんぞ。
そもそもが未知との遭遇の連続である。
古代龍種、魔法の存在、ドワーフとの邂逅。
映画や漫画では実に使い古された設定だ。
よもやそんな御伽噺の中心に自身が立つとは思いも寄らなかったが。
「……実は、ヴァンがこの地方一帯を治めるために建国を思案しておりまして。つきましては、その承諾を頂きたく、足を運んでいる次第で御座います」
進退窮まった俺は、結局素直に現状を吐露することにした。
策などない。当たって砕けろの精神である。
そもそもどうやって策を練れっつーんだ。こんなの正直にぶっちゃけるしかなかろう。それ以上表現のし様が無い。
策が無いということは、ここで断られたら早くも詰むということである。
交渉ごとにおいては基本的に報酬その他のカードをいくつか用意するものだが、そんなものはない。ヴァンの力による実力行使も出来なくはないが、それをしてしまっては本末転倒だ。
強いて言えば、ホガフらがヴァンを神聖視しているという事実がプラスに働くかどうかと言ったところだが、それも確実とは言えない。
守神としての信仰対象と国家の最高権力者では、意味合いが大きく異なる。
この博打はイーブンオッズ。肌感で言えばそれくらいだった。
「なんじゃ、そんなことか。構わんぞ」
「えっいいの」
やべ、思わず素が出た。
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