第15話 初めての同志
「…………国ですかぁ……」
「うん、国だ」
ヴァンの発言を反芻するフィエリ。
まあ話が掴めないという気持ちは良く分かる。俺も最初そうだった。
「このアーガレスト地方は、リシュテン王国もサバル共和国も手を出せないんだろ? 条件さえ揃えば立国も出来そうなもんだけど」
悩んでいるフィエリに、俺は追撃の口を出す。
フィエリの話を聞く限り、最低条件は整っているように思う。無論、あくまで不可能ではない、というだけであって、課題は山積みだが。
仮にここでヴァンが宣誓してしまえば、それだけで一応国家としては成る。総国民二人の空っぽの国だけどな。
「いや、まあ……確かに誰も文句は言わないとは思いますが……えぇ……?」
疑惑の色を消せぬまま、フィエリは口を動かしている。
誘いを受けた本人は、まだ乗り気ではないらしい。
俺としては、手伝ってくれるのであれば是非ともお願いしたいところではある。
この世界の基準値は今のところ、フィエリを軸にして考えるしかない。
話を聞く限り、彼女は理知的だ。ここに至るまでの致し方ない事情があるにしろ、俺やヴァンといった正体の分からない者に対しても知性をもって接することが出来ている。
説明も上手い、話の内容に齟齬も無い。
一方ヴァンは、確かにこの大陸最強の存在かもしれないが、細かいことに対してその食指がいまいち動いていない。その尺度を今から人間に合わせろというのも難しいだろうから、どうしても今後の方針やら何やらで摺り合わせを行う際、相談をする相手が必要だ。
俺一人では分からないことの方が多い。誰かの助力は必須である。
俺からすれば、ヴァンの力は国を作るのに不可欠だし、フィエリの知恵も同じく不可欠だ。
後者に関しては替えが利くかもしれないが、こんな酔狂に付き合ってくれる立場でかつ、それなり以上の情報を持つ人間、またはそれに準ずる知的生命体を探さねばならない。そしてそれは恐らく、べらぼうにハードルが高い。
「勿論、無理強いはしない。リシュテン王国に帰りたいなら、ヴァンの転移魔法で送ることも出来ると思うし」
言いながら、都合のいい口だなと思う。
彼女は先程、自分で帰る場所がないと言っていたのに。
フィエリの境遇に同情はする。何とかしてあげたいとも感じる。
だが現実、どうにもならない。少なくともリシュテン王国に居るうちではどうしようもないだろう。フィエリ本人も、行き着く先は娼婦か奴隷か、と言っていたくらいだ。
つまり、救済の手立てはない。
それこそ全てを
下賎な立場に身を窶すくらいなら、ここでのワンチャンスを狙うはず。縋る先としては些か心許ないものではあるけれど。
俺の発言は、そういった打算を大いに含んだものだった。
「はあ……分かりました。どうせ帰る家もないですから、やるだけはやってみますよ。どうしたらいいかなんて、全然分かりませんけど」
観念したかのようにフィエリは息を吐き、ヴァンの提案に乗った。
俺が呑んだ時とほぼ同じ反応である。消極的賛成、というやつだろう。
「はは、先行きが分からないのは俺も同じさ。とりあえずは宜しく頼む」
「不安しかありませんね…………」
俺とフィエリ。協力者となった二人で握手を交わす。
いや本当、先行きは全く不透明なんだけどね。
「――それで、ヴァン。この地方にはどういった種族が棲んでいるんだ?」
「うん、そうだね……」
フィエリの協力を取り付けた後。
俺は変わらず、情報収集に努めていた。
当面のところ、重要度の高い情報は二つ。
アーガレスト地方の生態系の把握。
アーガレスト地方の詳細な地形、地理情報の把握。
この二つだ。
順番的にはどちらから進めても良かったのだが、そもそも俺とフィエリでは、ヴァンのテリトリーから外れた瞬間死んでしまう可能性がある。
牙竜や翼竜なんかが跋扈している超危険エリアなのだ。ただの人間が生き抜けるわけがない。特に俺なんか、モンスターでなくとも野良狼にでも襲われでもしたらその時点で終わりだ。
そしてそれはフィエリも同様なようで、じゃあ先ずはヴァンの話を聞こう、となったわけだな。
だがヴァン自身、テリトリーとなるこの洞窟くらいは覚えているものの、アーガレスト地方やブルカ山脈の詳細な地形となると、あまり正確には把握していないようだった。
じゃあもう仕方ないよねということで、生態系の聴取から始めたわけである。
「ブルカ山脈に我以外の古代龍種は、もう一体居る。他は……牙竜や翼竜も結構な数が居るが、ナーガやドワーフ、トレントあたりは比較的数が多いね」
「ナーガ、ドワーフ、トレント……ねえ……」
どいつもこいつもファンタジーご用達の種族である。
今更ながら、俺は異世界に来てしまったのだという実感が湧いてきた。
「その種族の中で、意思疎通が出来るタイプのやつはいるのか?」
話が通じるかどうか、というのは重要だ。
意思疎通が出来なければ、力で従わせるか排除するしかなくなる。国家というのは巨大な組織だ。言うことを聞かない者や、そもそも対話が成り立たない者を管理するのは極めて難しい。
「ナーガやドワーフたちは普通に話が出来るぞ。トレントも人語を解すことは出来んが、感情はある。我なら意思疎通も可能だ」
「ふむ……」
さて、どうするべきか。
普通なら、意思疎通の出来る種族から当たっていくのが妥当だ。
この地域一帯を国とするのなら、当然そこに住まう原住民とも言える者たちには話を通さなければならない。
勝手に建国したから領民になってね、は幾らなんでも強引過ぎる。
それは相手が人間でも異種族でも変わらない。
「ナーガとドワーフだと、ここから近い場所に住んでいるのはどっちだ?」
ここは定石通り進めていくべきだろう。
いきなりトレントとか翼竜とかとコンニチワするのも困る。
「ドワーフだね。ナーガは山脈を下った先の森林地帯を主な根城としている。ドワーフはこの山脈でも見かける。何なら呼びつけても構わないが」
こともなげにヴァンが言葉を放つ。
呼びつけるってお前。そういやこいつ食物連鎖の頂点だったわ。
「……いや、こっちはお願いをする立場だ。呼びつけるのは止そう」
「そうですね。こちらから礼を失するのは得策ではないように思えます」
「むう……何とももどかしいね」
俺の発言にフィエリは賛同してくれるが、ヴァンはいまいちその辺りの機微を分かっていない様子である。
間違いなくヴァンであれば、力で抑え付けることが出来てしまう。
しかし、それでは困る。力による圧政を敷きたいわけではないのだ。
「ドワーフ……私も実際に見るのは初めてですね……!」
フィエリのテンションがちょっと上がっていた。
「あまり気を抜くなよ。ヴァンが居るとは言え、危険地帯っぽいからな」
しかし、正直俺は不安の方が大きい。
何も分からない世界。一歩間違えれば即死。
やるだけやってみると請け負ったはいいものの、冷静に考えればこれ物凄く危険度が高い気がする。
「……道中は頼んだぞヴァン。いやマジで」
俺たちの命は、このちょっと抜けている古代龍種に託されていた。
「ははは、そう心配することはない。我が居ればそもそも寄ってこないさ」
頼もしい笑みとともに、ヴァンが返答を返してくれる。
うーむ。あの本体を見た以上信頼はしているのだが、今の姿がどう見ても女子中学生なので、ちょっと脳の認識がバグり始めているな。
彼女は最強。彼女は古代龍種。彼女は最強。心配無用。
よし。行くか。
そうして俺は古代龍種を護衛に就け、洞窟から一歩を踏み出した。
「……ヴァンさんに寄ってこないと言うことは、近付けば逃げられるのでは……?」
そうだよ。そこ考えなきゃいけないじゃん。忘れてたわ。
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