第14話 リシュテン王国
「道理で。年齢の割にはしっかりしているなと思ってたんだ」
「い、いえ……あはは……恐縮です……」
ヴァンに連れ去られ、アーガレスト地方へ突如運ばれてきた少女。
そしてこの場に残る選択をした奇異な少女は、元貴族であるという。
現代日本では皇室くらいしかそれっぽいのは残っていないが、貴族の出ということは相応の教育を受けていても何らおかしくはない。その知識にも納得するというものだ。
しかし、相変わらず俺にはこの世界の基準がいまいち分からない。
王国があることといい、貴族制度が残っていることといい、少なくとも俺の知る社会と同じ機構ではなさそうだが、そこら辺も聞いておきたいところだな。
「……元ってことは、今はそうじゃないってことだよな」
「あ、はい……そうなります……」
だが、先ずは言葉の引っ掛かりから解消したいと思う。
突っ込んでいいものかは少し迷ったが、まあ彼女自身が"元"貴族だと言ったのだ。別段失礼には当たらない、はず。
貴族社会というものは煌びやかな見た目に反して、その内面は結構泥臭いものだ。主に権力争いとかそういうやつで。
些か偏った知識ではあるが、現代社会では貴族制度がほぼ喪失されているので致し方ない。
「権力争い……みたいなやつか?」
「ええ、まあ……その通りです……」
貴族の割には見窄らしい格好、最初出会った時に見せた、絶望に濡れた表情。
そのあたりから推測してみたが、どうやら合っていた様子。
「端的に言えば、没落したんです。私の家」
「なんと」
あっ、これ割とヘヴィな話かもしれん。
彼女はその後、つらつらと自身の身の上話を話してくれた。
ファステグント家。
リシュテン王国を建国当初より支えてきた名門貴族の一つ。
リシュテン王国は元々、その広大な領土を使った農業、そして魔鉱石と呼ばれる、魔力を含んだ鉱石を装飾品や魔法具に加工する工芸が盛んだという。中でもファステグント家はその魔鉱石の加工技術に優れていたらしく、経済にも大きな影響を与えていたようだ。
しかし、建国時こそ順調ではあったものの、長い統治の中で貴族は徐々に腐敗していき。
つい最近、ファステグント家の技術を妬んだ他の貴族どもから、無いこと無いこと言い触らされ、タコ殴りに遭い、あらぬ罪に掛けられ全ての財を没収されたらしい。
お家は断絶、財も人も頼れるものは無し。
ファステグント家の長女であったフィエリは全てを失い、行き着く先は娼婦か奴隷か、くらいまで進退窮まった時、ヴァンにたまたま連れ去られてここにやってきたそうだ。
「そりゃまた……災難だったな……」
「あははは……でも、いいんです。後悔がないとは言えませんが、もうどうしようもないので……」
かける言葉が見つからず、ありきたりな台詞しか吐き出せない俺だったが、フィエリの表情は最初に出会った時よりは幾分か晴れていた。それでもやはり、元気に振舞える話題ではないようだが。
「王様に直訴ってのは出来なかったのか? 名門だったんだろ?」
かけられた嫌疑が冤罪であるならば、その汚名を雪ぐ動きはあって然るべきだ。しかもフィエリの家は建国当初より国を支えてきた家柄である。
王国ということは、最高権力者は王族であるはず。そこに一縷の望みはかけられなかったのだろうか。
「無駄ですよ。今の王族に発言権はほぼありませんから」
「マジか」
そんな俺の問い掛けに、フィエリは目の光を一段階落として答えた。
「……ん? ということは王政じゃないのか?」
「いえ、形式上は王政です。建国当時こそ初代の王が全てを統治されていたものの、領土の拡大と領民の増加で一人では手が回らなくなり、王の執政を補佐するための貴族議会が発足しました」
「なーるほどねえ……」
貴族議会制かあ。嫌な予感しかしないな。
フィエリの言葉を纏めると、リシュテン王国の君主であるはずの王族は今、政治において発言権をほぼ持っていない。実権を握っているのは貴族たちときた。
そして、その貴族の腐敗が著しい、と。
これは恐らく、傀儡政権というやつだろう。
貴族政治が実質的に政を牛耳っており、現在の王はさながら首を縦に振る機械って感じか。まあ良くある設定だな、と思ってしまったが、ここ現実なんですよねえ。逃げたい。
「それ、領民の不満とかはないのかね?」
別に俺個人として王国を何かしたいというわけではないが、一応お隣に国をぶち上げる予定なのである。その内情は気になるところだ。
多分、腐敗が進んでいる以上、民のための政治が行われている可能性は低いだろう。大体そういうやつらってのは、金と権力を無心するようになる。そればっかりはいつどの世界でも人間変わらん。
人間というものは、抑止力が働いていなければ割と簡単に狂う。
自分で自分の心をセーブするなど、常人には極めて困難なのだ。
「不満なんてあるに決まってるじゃないですか。リシュテン王国から抜け出した人々が作り上げた国、それがサバル共和国なんですから」
「なんと」
何かフィエリの話で何回も驚いている気がする。
南部の共和国の由来はそこにあったのか。
まあ確かに共和制と言えば、君主制の対になる統治方法ではある。
王族や貴族政治を嫌って集まったであろう人々が、国の未来も自分たちの手で決めようという方式に収まるのは自然な流れと言えよう。
しかしそれ、どう考えても王国と共和国が仲良しとは思えないんだけど大丈夫なんだろうか。俺の知るファンタジーだとずっと喧嘩してるぞその関係。
「国というのは、存外面倒くさいものなのだな」
ここまでの話について、傍観を決めていたヴァンがポツリと呟く。
「そりゃあね。何百、何千万という個体を統率するのは簡単じゃないさ」
同じ人間とは言え、その主義思想は千差万別だ。
人間、4人以上が集まると派閥が出来る、と聞いたことがある。
たった4人でもそうなのだ。沢山集まれば、そりゃ色んな柵が出てくるだろう。
「ふーむ……」
フィエリから齎された情報を元に考える。
正直、まだまだ足りていない。近隣諸国の位置やざっくりとした領土、そしてアーガレスト地方が国の管轄下にない事実。これらは大きな情報ではあるが、それだけでGOサインは出せない。
そもそもがヴァンの思い付きであるからして、具体的にどういった方針で国を建てるのか、ここが定まっていないのだ。
しかして、これをヴァンに尋ねたとしても恐らく、まともな答えが返ってくる期待値は薄い。そのための知見が彼女に無さ過ぎる。
「……まあ、なるようにしかならないか」
一通り考えた後に、答えとも言えない答えが口を滑る。
幸いここは国家の支配下にないし、ブルカ山脈の一部はヴァンの支配下だ。やるだけやってみてアカン、と思ったらその時に引き返せばいいや。
些かアバウトな考え方だが、仕方ない。それ以外の選択肢がないんだもん。
「……ところで、私はこの話のためだけに連れてこられたんでしょうか……?」
フィエリが少々表情を曇らせて問う。
確かに、お話するためだけに誘拐されたというのは何とも言えないだろう。
「ああいや、確かにそうではあるんだが、俺たちの目的はまた別だな」
話を聞きたかったのは事実だが、それは目的を果たすための手段であり、それ自体が目的ではない。
「うん、そうだ。フィエリとやらは帰る場所がないのだろう?」
「うっ……まあ、はい。そうなりますけど……」
ヴァンが笑顔を浮かべながらフィエリに言葉をかける。
それ間違っても朗らかに伝える話題じゃないと思うんですけど。
「我はここに国を作りたくてな。そのためにハルバに協力してもらっている。どうだ、フィエリも我の思い付きを手伝ってみないか?」
「…………えぇ?」
フィエリの反応は、渋かった。
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