第13話 ルーツ
「ところで、一つ気になることがあるんだが」
「うん?」
「なんでしょう?」
このフルクメリア大陸がトンデモ地帯だということが判明した後。
俺はどうしても気になることがあり、それを尋ねることにした。
「フィエリもヴァンもそうだが、どうしてここを『大陸』と呼んでいるんだ?」
この大陸の名称そのものである。
大陸、と呼称されているということは、つまり他に陸地があるということだ。もし仮に、この世界にフルクメリア大陸しか存在せず周りが全て海だった場合、この地を大陸と名付ける定義が薄い。
それに、ブルカ山脈から西が未開拓である以上、その全貌は何にせよ不明。東部以上に広大な大地が広がっているかもしれないし、山脈のすぐ横からまた海かもしれない。
具体的な地理も海の向こうも不明瞭。
とあれば、何故この地が大陸と名付けられたのか。
小さい問題かもしれないが、現代社会の地理に慣れ親しんでいる身としては、どうにも気にかかって仕方がなかった。
「……我々の先祖は移民だったらしいのです。恐らくは、それかと」
「……なるほどね」
何時の時代か分からんが、この大陸に渡ってきた人類が居る。
で、彼らは到着したこの地をフルクメリア大陸と名付けた。
そんなところか。
「伝承レベルですが、海から真っ直ぐ東へ進んだ先。ゾア大陸と呼ばれるもう一つの大陸があり、そこに我々人類のルーツがあるのでは、と言い伝えられています」
現代で言うムー大陸みたいなもんなのかな。
航海の手段が確立されていない以上、確かめる術がないのだろう。海の怪物と言えばクラーケンとかそういう類が思い付くが、まあ実際に出会いたいもんじゃないな。触らぬ神に祟りなし、だ。
ただ、言い伝えでも伝承でもそういう話が残っているということは、フィエリたちのご先祖さんはしっかりとその軌跡を残せた、ということになる。
「……そのゾア大陸っていうのは」
「一切、不明です。本当にそんな大陸があるのかすら、掴めていません」
何となしに零した言葉に、フィエリが首を振って答える。
まあ、言い伝えレベルでしか情報が残っていないということは、逆を言えばその真偽を確かめられないということだ。
船を出しても海洋生物に襲われるらしいから、ご先祖様ってのはいったいどうやってこの大陸に渡ってきたんだろうな。何かしらの魔法的な力か、はたまた類稀なる幸運か。
「ヴァンがひとっ飛びして確かめるってのは駄目かね?」
「多分、飛べなくはないが。興味がない」
「いけなくはないんだな……」
半分ジョークみたいな発言だったが、出来そうだという答えに俺困惑。
こいつ本当に規格外が過ぎる。
「……ああ、そういえば」
「ん、どうした?」
ヴァンが何かを思いついたように声を跳ねさせる。
「いや、思い返してみれば、数百年くらい前から人間がちらほらと現れ出したなと思ってな。なるほど、海を渡ってきた者たちだったのか」
「まるで生き字引だな……」
知ってたのかよ。いやまあ数千年以上生きてるという前提が正しいならそうかもしれんけどさあ。
ヴァンにその気があれば、一躍人間界の至宝に躍り出ていたかもしれない。性格的に直ぐ飽きてそうだけど。
「後は、そうだな……」
思案しながら言葉を選ぶ。
この大陸の大まかな地形と由来が分かったのはいいが、それだけでは情報がまだまだ不足している。色々と聞きたいことは多いが、聞きたい事柄が多過ぎて俺自身整理が追いついていない。
情報が飽和しても困る。
一つ一つ、確実に覚えていかなければ。
「フルクメリア大陸に、国はあるのか?」
「あ、はい。ありますよ」
ということで、まずは大きな括りとなる国の所在を確かめることにした。
俺の言葉を受け取ったフィエリは返答と同時、ガリガリと地面の地図を区分けしていく。
ヴァンも当初、人間の国に連れて行くくらいは出来ると言っていたし、まさかフルクメリア大陸の外の国を指していたわけでもあるまい。この大陸に国家があること自体は確定していたが、それがどのようなものかは抑えておきたいところだ。
「大陸北部にあるのがリシュテン王国。南部に位置しているのがサバル共和国ですね。……私はリシュテン王国の出身になります」
新しく引いた線を指差しながら、フィエリが説明を続ける。
ざっくり見るならば、凡そ三分の二くらいの面積をリシュテン王国が占めており、残りの三分の一程度がサバル共和国といった感じだ。
北部のリシュテン王国。
南部のサバル共和国。
そして両国から見て西に位置するアーガレスト地方。
凡そそのような構図で世界が構築されていた。
「ん……このアーガレスト地方は、国の管轄にはないのか?」
ある意味で、この問いは一番重要である。
地面の地図を指差しながら、俺はフィエリを見やる。
「あはは……無いですよ。牙竜や翼竜、それにヴァンさんのような古代龍種が居るような地方、誰にも治められません」
「言われてみればその通りなんだよなあ……」
力なく笑い、フィエリがその問いに答える。
詳しく話を聞いてみると、両国とも幾度かこのエリアを制圧しようと、討伐隊や調査隊を編成して向かわせたこともあるらしい。
だが、そのどれもが良くて敗走、悪くて潰滅し、支配どころか調査すら遅々として進まなかったとのこと。
幸いにして、アーガレスト地方に棲む脅威たちは積極的に人間の支配地まで手を出そうとはしていないらしく。両国の間でこの地方については互いに無闇に手を出さない合意が交わされ、調査や討伐に向かう際は両国が協力してことに当たることとなったそうだ。
国家の支配下にない空白地帯。
その事実は、ヴァンの思い付きを一歩進めるには十分な情報だった。
「ヴァン、喜べ。最低限の下地はあるようだぞ」
「うん? そうかそうか! それは喜ばしいことだな」
一定の結論を告げると、ヴァンはにこやかに微笑む。
俺は決してロリコンじゃないが、まあこの笑顔のためなら多少は頑張ってもいいかな、くらいには思わせてくれる美貌だった。
この事実一つがあったからとて、順調にことが運ぶわけではない。
しかし、少なくとも不可能ではなくなった。
これからどうしようかなんて全く思いついちゃいないが、とりあえずやれるだけはやってみる所存だ。他にやることもないしな。
「しかし、フィエリは随分と詳しいな。その両国合意の経緯なんかも含めて、世間的には常識なのか?」
言いながら、フィエリの方へと視線を預ける。
大陸や国の名前、その大まかな領土自体は誰でも知っているべき事項だ。これは教育レベル云々以前の問題で、国という組織があれば然るべきである。
しかし、両国がアーガレスト地方に対する合意を結んだ事実やその背景、人類のルーツまで行くと、じゃあそれは全員が知っている事柄かと言えば少々疑問でもある。リシュテン王国の教育水準が高いというのなら、それはそれで良いことだ。ただそうじゃなかった場合、フィエリはそういうことを知れる立場にあった、ということにもなる。
さらにフィエリはどう見たって未成年だ。
仮に教育が十分行き届いている国だとしても、年齢の割には諸作法なども随分と様になっているところも気になる。無論、そういう出来る子が居てもおかしくはないだろうが、この年齢で身を窶したと考えると、どうにも噛み合わない。
俺の基準にはなるが、いいところのお嬢様、みたいな雰囲気を感じるんだよな。
「いえ、あの……。……実は私、元貴族、でして……」
「マジでか」
恥ずかしそうな、申し訳無さそうな。
そんな表情で告げられた事柄は、割と衝撃の事実だった。
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