第12話 情勢
「あは、はは……もう、何がなんだか……」
「フィエリ、落ち着いて」
「うん、何もとって食おうというわけではないのだが」
くそぅ、折角落ち着きかけていたフィエリがまたパニクり出しそうだ。
普通であれば、ヴァンの見た目で古代龍種だと言い張るには多分、相当無理がある。俺だって本体の姿を見せてもらうまでは、半分くらいジョークか何かだと思っていたくらいだ。
だが、ヴァンは先程俺の胸倉を掴んだ男を魔法か何かで吹き飛ばしており、更には転移魔法を発動させている。そして、フィエリもそれを目撃している。
尋常ならざる力を持っている者、くらいの認識は持っていてもおかしくない。
ただ、それがちょっと人間とは程遠い種族だっただけである。
「あっははは…………ふう……。分かりました。分かりましたよ。どうせ既に帰る場所もない身です。何でも飲み込んでやりますとも」
「おっ持ち直した」
このままパニックコース一直線かと思われた矢先。
意外や意外、フィエリは独力で精神を持ち直した。その持ち直し方にはちょっと疑問を覚えたが、突っ込むのも少々野暮というものだろうな。今は素直に彼女のメンタルを称えよう。
「……それで、改めての質問となりますが。私は何をすれば?」
今度こそ落ち着きを取り戻したフィエリから、再度の質問が飛ぶ。
しかし、最初こそ完全に目が死んでいてどうしたものかと思っていたが、今の彼女を見るとどうやらそこまで芯が弱いわけではないように思える。となると尚更、あそこまでの表情を晒していた理由が気になってしまう。
あの表情は、ちょっと失敗しました、程度の人間が見せる顔じゃない。
帰る場所がない、という発言も気にはなるが、まあその辺りは追々機会があれば尋ねればいいか。今の俺にとってはあまりそこは重要じゃない。
「先ずは、フィエリが知っている範囲でいい。この大陸のことを色々と教えてほしいんだ」
ようやく、話を一歩前に進めることが出来る。
今の俺にとって、これは何よりも優先されるべき事項であった。
「む、ハルバ。国は」
「それはもうちょっと後で」
すかさずヴァンの発言をインターセプト。それはまだちょっと早い。一歳の赤ん坊にコマンドサンボを教えようとしても無駄である。
とにかく最初は、俺の知識レベルを引き上げなければならない。
「……フルクメリア大陸のことですか? 失礼ですが、ハルバさんは何処から……」
フィエリがその表情をやや暗くして尋ねる。
まあ、当然の疑問だろう。
「何、ちょっと遠いところから流れ着いてね。今はヴァンの厄介になっている」
だが、それへの返しも当然用意した上での要求だ。
"この世界のこと"と言わなかったのは、余計な追求を避ける為。大陸のこと、と言えば、俺が跳躍者であることは伏せることが出来る。
「はあ……。あっ、だから珍しい格好をしているんですね」
「そういうこと」
彼女は俺の言葉に納得してくれたようだ。
ヴァンも流石に空気を読んだのか、余計な突っ込みは入れなかった。
俺が跳躍者であること。
少なくとも現時点では、この情報は秘匿する方向で考えている。
ヴァンの口振りから、跳躍者が過去にもこの世界に流れ込んでいたのは間違いないだろう。だが、そのスパンは大体数十年から数百年。人間の平均寿命で考えれば、まるっと世代が交代している。
そんな中で、跳躍者という存在がどのように扱われているのか。
ここが読めなかった。
恐らく、全くもってその存在が知られていない、とまでは思わないが、市井にまで広く浸透しているとは考えにくい。
時々ランダムに異世界の人や生物が紛れ込みますよ、みたいな話が、一般常識として知られている可能性は、普通に考えれば遥かに低いはずだ。
過去この世界にやってきた跳躍者がどのような生活を送り、どのようにその人生を全うしたのかは知らない。別段そこに興味があるわけじゃないし、何より十数年も経てばこの世界の文明レベルや情勢も変わっていて然るべきだ。あまり参考にはならないだろう予感があった。
更にこの世界に魔法的な概念がある以上、最悪、秘密裏に研究対象になっている可能性まである。
ここにはフィエリ一人しかいないため些か警戒し過ぎと思われるかもしれないが、情報というのは何処から漏れるか分かったもんじゃない。
ただでさえ不安定な先行きなのだ。
現状では、これ以上の火種は御免被りたい、というのが正直なところだった。
「えー……では、フルクメリア大陸なんですが……。実のところこの大陸の全貌は、未だ解明されていない、というのが通説です」
「マジでか」
気を取り直して説明を始めたフィエリ。
その内容は、俺に驚愕を与えるに十二分の破壊力を持っていた。
――彼女の話を要約するとこうである。
フルクメリア大陸。
その広大な領土から大陸と名づけられてはいるが、具体的な広さは未だ不明。海岸沿いからは緩やかな平野が続き、平野から大陸中央部へと続く過程には大規模な森林地帯が待ち受けている。そして、その森林地帯を超えた先にあるのがこのブルカ山脈。
ただし、分かっているのはそこまで。山脈を超えた先に果たしてどのような大地が広がっているのかは未だ調査の手が伸びていない。
調査を難航させている一番の要因はこのアーガレスト地方。
そして、連なる山脈だと云う。
ブルカ山脈をはじめとした、険しい立地とそこに棲む多種多様な龍種。
それらが人類の領土拡大を頑なに阻んでいる、とのことだ。
「ん……フィエリ。大まかでいい、地図的なものって描けるか?」
何となくぼんやりとイメージは出来てきたものの、やはり言葉だけではどうにも具体性に欠ける。方角なども含めて視覚的情報もともにあった方が覚えがいい。
「ええ、本当に大まかなものでよければ」
幸い、ここは洞窟だ。描く場所と物には事欠かない。
「えーと……私の知る限りだと……大体こんな感じですかね……」
フィエリは返答と同時、手頃な石を拾い上げ、地面にガリガリと図を描き始めた。
俺の部屋に戻れば紙とペンくらいはあるが、まあそれは後でいい。
今は全ての情報を等価値に覚えていく必要がある。その後に情報を選別してメモなりなんなりに残せばいいのだ。
順調に、時に迷いながら描かれた地面の地図は、中々に情報量が少なかった。
方角を合わせるために、フィエリの横から同じ角度で地図を見る。
「この線は……海岸か?」
「はい、そうです。この線から右は海ですね」
右側の線は、丸みを帯びて歪な楕円形に描かれていた。
形だけをざっくり言えば、四国の右半分みたいな感じだ。
「ふむ、こんな形をしていたんだな」
「いや、ヴァンは知っておくべきところじゃないのこれ」
感心したように地面の絵を覗き込むヴァン。
とりあえず突っ込んでは置くが、まあ人間の尺度にヴァンの感性を合わせろというのは無茶な話なのだろう。少し話しただけでも分かるが、彼女の興味の矛先は実に限定的である。わざわざ自分の居所以外の地理を調べたり覚えたりすることはなかったんだろう。
「……船か何かで調査には行けないのか?」
図を見ながらふと湧き出た疑問。それをそのまま口から滑らせた。
見る限り、四国っぽい右半分から真ん中、陸地が狭まっている地点でさながら東西を分断するかのように、山脈が南北に走っている。
確かに陸地からの調査は難航を極めるのだろうが、そうであればブルカ山脈を回避して、海から進出すれば済むはず。
「それも試されてはいます。ですが、海洋生物と翼竜の襲撃で思うように船が出せない、というのが現状でして」
「あーはん」
マジかよ。海も陸も地獄絵図じゃん。
この世界、思ったより世紀末な状況だった。
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