第11話 アーガレスト地方

「す、すみません! すみません! 変なことを口走ってしまいまして……!」

「はは、大丈夫大丈夫。そりゃ混乱もするよね」


 顔を赤くしてパタパタと慌てる少女に、俺は苦笑いを殺し切れずに対応する。


 トンデモ発言を繰り出した少女、フィエリの誤解を解くために少々の時間を浪費してしまった。

 別に何時間も掛かったわけじゃないが、いきなりこんなところに連れ去られたりしたらそりゃまあパニクりもするだろう。気持ちは分かる。


 彼女には、単純労働をさせたいがために連れてきたわけではないこと。

 長期の間、持続的に拘束するつもりではないこと。

 本人の同意が前提にあって初めて話が前に進むこと。


 そのような内容を懇切丁寧に説明した。


 まだ彼女の名前以外何も分からない状態ではあるが、最低限の土台を整えなければ話も何も出来たもんじゃない。


「命を奪うつもりはないと最初に伝えたはずなんだがなあ……」


 ちなみにヴァンはまだ納得していない様子だった。

 もうちょっと自分の存在が齎す破壊力を正しく認識して欲しい。


「す、すみません……。ところで、ここは何処なんでしょうか……?」


 漸く落ち着いてきたところで、フィエリは一つの疑問を口にする。

 まあヴァンがあの様子では、事前に何処に連れて行くかなどを話していたとは考えにくい。ほぼ間違いなく、唐突に現れて突然連れ去っている。


「アーガレスト地方、らしいよ。俺もこっちには来たばかりで、詳しい位置までは分からないけど」


 なので、俺に分かる範囲ではあるが喋っておいた。


 しかし、自分で言っておきながら何ともおかしい話だ。

 自身が今居る場所を分かっていない人の話なんて、一体誰が信じるのか。これほんと初手からしくじっている気がする。いやまあ実際初手からかなりの悪手を取っちゃいるんだけども。


「えっ……? アーガレスト地方……?」


 そんな俺の思惑など露知らず。

 俺の言葉を受け取った少女は、驚愕とも恐怖とも取れる、微妙な表情と声色で以ってその感情を表現していた。


「いや、いやいやいや……嘘でしょう……?」


 引き攣った笑みを浮かべながら、フィエリは再度の確認を取る。


「いや、嘘じゃないと思う。ヴァン?」


 しかしながら、俺にその確証は得られない。

 だから、この場で唯一正解を握っている少女に話を振ることにした。


「うん、ここはアーガレスト地方のほぼ中央に位置している。確か……ブルカ山脈であっていたか? そう呼ばれているようだが」

「は、ははは…………そんなぁ……」


 ヴァンの答え合わせを聞いて、フィエリが崩れ落ちた。


「ど、どうしたんだ?」


 俺には何がなんだか分からない。

 アーガレスト地方やブルカ山脈と言ったものが、この世界の中で一体どういう立ち位置なのか、判断する情報が無いのだ。


 俺の情報源は今のところ、ヴァンだけである。

 その彼女から地名以上の情報を得られていないのだから、分かる訳がなかった。


「ど、どうしたもこうしたも……! ハルバさんは何故、そんなに落ち着いていられるんですか……!?」


 落胆したと思ったら、今度は喚き出しそうな雰囲気を纏い、絞り出すかのような言葉とともに俺を睨む。

 うん、あんまり怖くない。顔が可愛いとこういう時不便な気がする。


「アーガレスト地方って、人も通らないような山脈地帯なんですよ……? しかもブルカ山脈と言えば、牙竜種や翼竜種が跋扈してる超危険地域じゃないですか……!」


 最初の気弱そうな印象から一転、捲くし立てるように喋り出す少女。


「えっ」


 その情報に一番驚いたのは、当然ながら俺だった。

 思わずヴァンの方へ視線を固定したまま固まってしまう。


 確かに、ヴァンが居る時点で普通の人里や街中ではないだろうな、程度の予測は付いていた。この山脈から覗く大自然を見た限りでも、近くに集落があるとも思えない。

 人里離れた秘境みたいなところだろう、くらいには考えていたが、まさかそんな危険地帯とまでは思っていなかった。


「えっと……ヴァン、そこら辺どうなんだ?」


 些か問い掛けがざっくばらんとし過ぎではないか、とも思ったが、これ以上に適切な言葉が咄嗟に浮かばなかったとも言える。俺としては、どうなの、としか問えなかった。


「うん? 確かに、我の他にもそういった者たちはこの山脈に棲んではいるが、言うほど問題か? 牙竜や翼竜程度、どうとでもなるだろう?」


「いや、どうとでもなるのはヴァンだけだろ」


 そういえばこいつほぼ最強だったわ。

 返す口がげんなりしてしまうのはもう致し方ないだろう。


「まあ安心しろ。そやつらは我のテリトリーには侵入してこないからな」

「うーむ……安心していいのかどうか判断に悩む」


 ヴァンは言うほど問題視していないようだが、こちとら大問題である。

 俺なんかが狙われては間違いなくあっさりと命を落とすし、フィエリも戦闘能力があるとは思えない。

 魔法の概念がある以上、多少はそういう術を持っていてもおかしくないが、あからさまにビビっている様子から、勝てる相手ではないのだろう。


 今更ではあるが、ヴァンが国を作るというからには、この地域に住んでいる種族や生物、少なくとも意思疎通が可能な生命体とは話をつけておく必要がある。

 牙竜や翼竜にどこまでの知性があるのかは未知数だが、どちらにせよ放っておくという選択肢は取れない。


 これはまた問題が増えたぞ。前途多難が過ぎる。


「あの……」


 俺とヴァンの会話を聞いていたフィエリが、おずおずといった様相で声をあげた。


「えっと……ヴァン……さんは一体、どのようなお方で……?」


 その視線を申し訳無さそうにヴァンへと預け、消え入りそうな声で問う。


「……ん? フィエリはどうやってここに連れて来られたんだ?」

「えっと……いきなり声が聞こえて、何事かと思っていたら急に黒い霧に覆われて……気付いたらここに居まして……」


 何とか説明をしてくれるフィエリだが、うーむ、よく分からん。

 多分、魔法的なあれやこれやを駆使した誘拐劇だと思うが、それにしたって諸々を端折り過ぎである。


 フィエリはヴァンの正体に気付いていない。

 そも冷静に考えれば、人の居る国に古代龍種が突如現れたら大騒ぎどころじゃないだろう。


 ヴァンも、人間の国にちまちま横槍を入れられるのも面倒だと言っていたから、出来る限り姿を隠して攫ってきたんだろうな。動機は分からなくはないものの、じゃあ褒められた行動かと問われれば断じて否ではあるのだが。


「ん、そういえば言ってなかったか。我はここに棲む古代龍種だ。今は人間体に変身しているがな」

「あ、あは……あはははは…………」


 アカン、フィエリが壊れた。

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