第9話 古代龍種の尺度
「いや何やってんの!?」
「うん? それはさっき言ったとおりだが」
大いなる驚きとともに発せられた俺の叫びは、にべもなく切り捨てられた。
慌てて見渡してみると、ボロボロの服っぽいものを着込んだ老若男女が年齢性別問わず一箇所に纏められていた。見た感じの材質で言えば、綿または麻ってところだろう。ポリエステルだとかナイロンだとかには見えなかった。
まだそのような素材が開発されていないのか、ここに居る人間が着ていないだけなのか、それは分からないが。
そういえば結局、この世界の文明レベルが不明なままだったな。今俺が着ているのはスーツなわけだが、この服装奇抜じゃないだろうか。余計な悪印象を抱かせていないことを祈る。
この人間たちは見た感じ、拾ってきたという言葉通り、農民か奴隷かってところだろう。
俺は別に歴史に詳しいわけじゃないが、中世近代現代を通して見目の整っていない服装というのは、得てして身分が低い者が着るものだと相場は決まっているものだ。多分。
「……うん? 拾ってきた時より何人か減っているね」
「いや、そりゃ逃げるでしょうよ……」
洞窟の一角に押し込められた人間たちを一瞥しながら、こてんと首を傾けてヴァンは呟く。
そこには、逃げられたことに対する怒りや悲しみなどは感じられない。ただ、取ってきたはずの石ころが少し減っている。その程度の認識でしかないようだった。
改めて思う。ヴァンの尺度は人間に合っていない。
古代龍種と人間という種族差の中で同じ価値観を持て、というのは土台難しい話なのだろう。
しかし、仮にも国を作ろうという国家元首(予定)がこの有様では、前途多難に過ぎる。俺はこの世界の常識についててんで無知だが、それでも人攫いが常態化しているとは思えないし、思いたくない。
「――!? ――――! ――――――――!!」
「おわっ! え、えーっと……?」
攫われた人々に視線を巡らせていたら、そのうちの一人と目が合う。顎鬚を蓄えた壮年の男性は、何かを喚きながら俺に近付いてきていた。
しかし、何を言っているのかが分からない。
そうだ、ヴァンと話が通じていたから忘れていたが、ここでは日本語が通じないんだった。
この世界の人間は、日本語を話せない。当たり前である。ていうかこれを見せて俺にどうしろってんだ。まるで意味が分からんぞ。
「――――! ――――! ――――!!」
「ちょ! やめ……ッ!」
ずんずんと近付いてきた男性が、俺の胸倉をがっしと掴む。
やべえ、力が強いぞ。このまま押し倒されかねないパワーだ。
「こら、暴れるんじゃない」
「――――!?」
「う、うおっ……」
ヴァンが一言を放った瞬間。
ドガン、と。俺の胸倉を掴んでいた男性が不可視の力に曝されて吹っ飛び、洞窟の壁に激突していた。死ぬほどの衝撃ではなさそうだが、男は地面でもんどりうっている。端的に言って物凄く痛そう。
「まったく、ハルバが怪我でもしたらどうするつもりだ」
「いや、俺は平気だけども……大丈夫かあの人……」
ふんす、と、少々不機嫌な面持ちで鼻を鳴らす古代龍種の少女。
やはりというか何というか、ヴァンの中で俺という個人とその他大勢の人間との間で、扱いに大きな差がある。
俺に特別なものはないはずだから、きっと跳躍者という奇異性が作用しているのだろう。俺を大事に扱ってくれるのはありがたいのだが、こんな状況では面映い気持ちよりも、申し訳なさや後味の悪さが多くを占めてしまう。
「しかし、言葉が通じないのは問題だな。……よし、言語翻訳の魔法をかけたから多分これで大丈夫だろう」
「えっそんなことも出来るの魔法って」
魔法、便利過ぎ問題。なんでもアリかよ。
「お、おいアンタ! 頼む! 助けてくれ!!」
「うわっ!? ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
先ほどの男性とはまた別、若そうな男性が威勢よく言葉を発する。だが、ついさっきの出来事を見ていたからか、俺に掴みかかってくるようなことはしなかった。
ていうか言葉が通じるようになってるわ。スゴいね、魔法。
しかしいきなり助けを求められてもこっちが困る。いや気持ちははちゃめちゃに理解出来るけど。
突然前触れもなくドラゴンに連れ去られたりしたら、そりゃびっくりするよな。俺だってびっくりするもん。おしっこちびるかもしれん。
「命を奪う気はないと伝えてはいるはずなんだがなあ。何か悪かったか?」
「とりあえず人間の常識に当て嵌めて考えると、一から十までヴァンが悪いことになってしまうな……」
「……そうなのか」
「そうです」
深紅の瞳を丸く見開いて、ちょっとした驚愕を顕にする少女。
ノリが軽い。おやつ感覚で人間を攫うんじゃありません。
うーむ、どうしたものか。
多分、ここに居る人たちに話を聞いたとしても、建国や国家運営についての知見は得られないだろうなという確度の高い予測が立っていた。
身なりを見る限り、どう贔屓目に見てもそういう立場に立つ者とは思えない。ここにいる人間は、多分マジで普通に目に付きやすいところから攫ってきた感じがある。
この世界のことはまだよく分からないが、一般人に国を作るための方策や情報を教えろと言っても高確率で無駄になるだろう。普通そんなこと誰も知らないからだ。
しかもここに居るのは階級で言えば恐らく貧民に属する者たちだ。教えを乞われる立場であるはずの彼らが、それについてよく知らないのである。ゼロから一はそう簡単に生み出せない。
「ここの人たちは元の場所に返した方がいいんじゃないか? 多分、情報面でもそんなに期待は出来ないと思う」
「むう……少し勿体無くないか?」
「勿体無くない」
そこを渋るな。
返した方がいいんじゃないかという俺の発言は、攫われてきた人たちの耳にも入ったらしく。先程までの暗澹としていた空気から、僅かばかりその様相を変化させていた。
俺の役に立つ情報、と言う意味では、今ここに居る人たちに聞いても十二分に得られるだろう。なんせ、俺はこの世界のことを何も知らないのだ。彼ら彼女らがどこの国や街で住んでいて、どういう生活をしているのか。それを聞けるだけでも大分違う。
だが、こんな状況下にある人たちに、じゃあこの世界のことについて色々教えてくれませんか、なんて厚顔無恥を貫く度胸は俺にはないのである。
というか普通に考えて無理です。
「せめて何人かだけでも残して話を聞いてもいいんじゃないか」
「いや、駄目でしょ。返してあげようよ……」
独りでに逃げた分には何も思わないくせに、自分から返すとなれば随分と渋るんだな。
折角集めた石ころを、元の場所にわざわざ返しに行く、というのは心情的に結構面倒くさいのだろう。気持ちは分からないでもないが、俺の物差しで言えば人間という生命体はそんな雑に扱っていいものじゃない。
ここは何とか分かってもらいたいところだが。
「じゃあ、せめて希望は募ろう。無理強いしたってあまり意味はないと思うし」
「むう……分かった」
ま、ここら辺が落としどころだろうな。
残留を希望する者が居るとも思えないが。
「と、言うことで。元の場所へ帰ることを希望される方、挙手をお願いします」
しぶしぶ、といった体で折衷案を呑んだヴァンを尻目に、俺は攫われた人々に向けて言葉を放つ。
彼らは少し前から俺たちの会話を見守っていたから、多分これまでのやり取りもしっかり聞いているはずだ。現状、唯一の味方は俺だけに見えるはずだしな。
「……うん?」
俺の言葉を聞いた人たちは皆、我先にと手を挙げている。
その中で、一人だけ。
俯いたまま、微動だにしない、少女の姿があった。
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