第8話 ノリと思い付き

「国っすか」

「そう、国だ」


 どうやら聞き間違いではなかった模様。

 この応答を最後に、しばらくの沈黙が場を包む。


 しかし、国ときたか。間違ってもそう簡単にポンっと出来るものじゃないはずだが、この世界では建国に際して取り決めだとかあるんだろうか。世界情勢が不明な今現在では、明確な答えは出せない。


 それに、俺の領分は国づくりではなく、国が作られた後にある。


 社会保険労務士という職務の仕事内容は、多岐に渡る。

 多岐に渡るがしかし、その根幹は国というよりは企業に属するものだ。そして企業というものは国に対して登記を行い、事業を運営する許可と立場を得る。俗に言う会社というやつだな。


 当然ながら事業を運営していく以上、その国が定めた法律に従って動く必要がある。


 極端な例になるが、現代日本に奴隷商は居ない。

 この場合、専門的な言葉で言えば需給調整事業というものに該当するが、これは労働者派遣事業許可や、有料職業紹介事業許可などを取得した、国が認可した会社しかやっちゃいけないことになっている。これを許認可事業というが、建設なんかもそうである。


 人権問題、雇用問題、土地問題、その他様々な観点が存在しているが。要するに、この類の仕事は本来は国が管理すべき仕事だから、勝手にやっちゃ駄目ですよ、ということだ。


 そして社会保険労務士というものは、そういった国の法律に則って労務管理が正しく行われているかを依頼されてチェックしたり、国に出す書類の代行なんかを主にやっている。


 間違っても、国や法律を作る側の人間ではない。

 仕事で得られた知見は多少融通が利くだろうが、それでもこの世界の法律や常識が不明な以上、安請負は出来ない事案だ。


 だが、そんなことをつらつらと説明したとて、意味はないだろう。

 第一、これは俺の中にある常識であり知識だ。この世界に適用されるとは限らない。


「……どうして、国を作ろうと思ったんだ?」


 だから、一旦返答を保留にして、気になったところから聞いていくことにした。


「この山脈には、我以外の龍族が少々、他にも様々な種族がいる。皆自由気ままに悠々と生き、時に殺されている」


 ヴァンの顔色は変わらない。それを自然のものとして受け入れているのだろう。


「…………」


 殺されている。

 その言葉は現代日本に生きていた俺にとって、少しばかりの衝撃を伴っていた。

 縄張り争い。闘争。戦争。支配地問題。色々と要因はあるのだろう。


 だが少なくとも俺の常識では、命のやり取りなんて遥か向こうの存在だ。実感を持てという方が難しい。


「人間の国では、何百万、何千万という数が統率されているじゃないか。アレを我もやってみたくてね」

「それは……同族を守るため、か?」


 まだ彼女と出会って間もないが、性格的にも種族的にも、恐らく金を稼いだり成り上がったり、そういう目的ではないだろうくらいには予測が付いた。それだけ良い性格をしていたら、俺はきっと殺されているだろうしな。


「それもあるね。だが、正直我にはどうすればいいのかが分からないんだ。力で押さえつけることしか出来ん」

「短期的に見れば、それでもいいんだろうけどね」


 恐怖や力での押さえつけというのは、短絡的に考えれば極めて有効かつ手間がかからない。

 かからないが、その先がない。いずれ破綻してしまうものだ。流石にその辺りはヴァンも理解しているらしい。


 それに、ヴァンが作りたいのは国ということだから、どうしても長期的に繁栄まではいかなくとも維持していく必要がある。無論、最低限の抑止力という意味で力は必要だが、それだけで統治は不可能だ。


「最近は人間の国も力を増しているようでな。早々遅れを取るつもりはないが、ちまちま横槍を入れられるのも面倒だ。過去には討たれた同族も少なからずいるし、どうにも忍びない」


「だから、我が国を作ってしまえば周辺国家へのけん制にもなるし、同族も守れるんじゃないかと思いついたわけだ。それを手伝ってほしい。どうだ?」


 両手を広げ、さも素晴らしい案だろうと言わんばかりの動きと表情。

 多分、彼女の中では割と会心の発想なのだろう。


「いや、どうだって言われても」


 感想を求められたところで、俺が返せたのはそっけない一言だった。

 俺としては、何とも言い難い。判断する情報が無さ過ぎるからだ。


 彼女の語る内容は、端的に言ってガバガバである。小学生の思い付き、と言っても過言ではないレベルだろう。

 ただ作ると言っても、領土、領民、経済、国防、その他諸々。課題は山積みだ。

 仮に、現代日本で国を興したいと言われてこの内容を聞かされれば、即座に却下されているか笑い飛ばされて終わりだ。現実味が無さ過ぎる。


 しかし、この異世界の情勢如何ではワンチャンスが有るかもしれない。

 めちゃくちゃに希望的観測だが、ヴァンが言葉通りこの世界でほぼ最強の存在で、アーガレスト地方に国家の領有権が存在していなければ、というのが最低条件ではあるが。

 建国自体はその条件さえ揃えば出来るだろう。適当に領土を定めてヴァンが宣誓すればそれで事足りる。

 だが、そんな独りぼっちの国には何の価値も意味もない。彼女がやりたいのはそういうことではないはずから、一つ一つ課題をクリアしていかなきゃダメだ。一国の主に憧れる気持ちは分からないでもないが、じゃあ分かりましたと頷けるものでもなかった。


「……まあ、他にやることもないし、やれるだけは……」


 とはいえ、結局俺が紡ぎ出した答えは消極的賛成。

 先に言ったとおり、他にやることがない。

 とは言っても、具体的な進め方なんて一ミリも湧いてこないけど。


「そうか! まあ、やってみて駄目そうなら無理にとは言わないさ。言っては何だが、我の思い付きだしな、これ」

「ノリが軽い」


 思い付きで国家樹立を目論むんじゃないよ。ドラゴンってのはどいつもこいつもこうなんだろうか。他の例を知るわけもないし間違っても口には出さないけどさあ。

 ただまあ、ヴァンがその気なら俺も幾らか気が楽になるというものだ。やっぱり駄目でした、が通用するのはかなりのストレスフリーだからな。仕事だとそう言ってられないことも多々あるからね。


「それじゃあ、早速ハルバの意見を聞きたい。ちょっとついて来てくれ」

「ん、なんだ早速か? 別にいいけど」


 この龍、時間の感覚が早いのか遅いのかよく分からんぞ。どちらにせよ今の俺には、言葉に従う以外の選択肢は取れないわけだが。


 最初にここへ案内された時と同じく、前を歩くヴァンについていく。

 俺としては、万が一ここではぐれたりしたらそれでも生命線が途切れてしまうから地味に必死である。

 直ぐには覚えられないほどにこの洞窟は広い。入り組んでない分一度覚えれば単純なのだとは思うが、それにしたって広すぎる。人間とドラゴンのスケールの違いというやつか。


 そんなことを思いながらヴァンの後ろを付いていくと、洞窟のある一角に差しかかった。



「人間のことは人間に学ぶのが早いと思ってね。ここに二十人ほど適当に拾ってきた人間が居る。国を作るために何か勉強できないかなと思ったんだが、ハルバはどう思う?」


「いや何やってんの!?」


 やり方が外道かつ雑ゥ!!

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