第7話 ヴァンの目的
「そもそも、跳躍者がどうやってこの世界に来ているのか、我にもよく分からん」
「ヴァンでも分からないとなれば、完全にお手上げだな」
告げられた内容に、思わず天を見上げる。
洞窟とは思えない高い天井が、いやに目に付いた。
確かに、ショックといえばショックだ。俺は今後、このわけの分からない異世界で生計を立てる必要がある。
世界の文化レベル、文明レベル、常識。
それらを学ぶところから始めなければならず、また具体的な学び方も不明瞭なままだ。ヴァンがその辺りの知識も持っていることを期待したいが、人間社会の機微についてどこまで知っているのかも合わせて未知数。
だが、この世界に全く興味がないわけじゃ決してない。
不安要素の方がデカいのは事実だが、意味の分からない事態に巻き込まれて帰る術は分かりません、とくれば、もういっそこの世界を知る方向に舵を切ってもいいように思えた。
これが嫁さんの一人でも居ればまた違ったんだろうけど。
幸か不幸か、独身男性のフットワークは極めて軽いのだ。
「まあ、安心するといい。君の身の安全は我が保証してやるし、人間の国がお好みなら連れて行くくらいはしてやるさ」
「はは、ありがとう」
快活な笑い声とともに、彼女が俺のセーフティラインになってくれることを伝えてくれる。
これは素直にありがたいことだ。
まず何よりも優先させなければいけないことは、俺の命の保証である。帰る手段が無い以上、当然ながらこの世界で生きていく手段を見出さなければならない。
そして何も知らない俺にとって、その生きるという目的自体が強烈な試練となって降りかかって来る。なんせ明日の糧食も知れない状況だ、安定とは程遠い。
どちらにせよ生活の基盤は急ぎ整えなければならない。
ならないがしかし、とりあえず俺のことはヴァンが守ってくれる、というのは大きな後ろ盾に成り得る。
無論、胡坐をかくわけにはいかないが、明日どころか今日死ぬかもしれない、という最悪の状況を脱しただけでも現状は及第点と言えよう。
「……守ってくれるのはありがたいけど。ヴァンはどれくらい強いんだ?」
「うーん、そうだね……」
ただし。
それは彼女に、俺を守る力が十二分にあるという前提があってこそだ。
今既に助けられている状態でこれを聞くのは随分と野暮だなとは思うが、仕方が無い。
この世界にどんな法律があるのかも分からないし、古代龍種とかいうものが存在している以上、様々な生物や怪物が跋扈しているのだろう。俺の知るファンタジー世界って大体そういうもんだし。
その中で、ヴァンがどれくらいの強さを持っているのか。
無論弱いとは決して思わないが、大体の目安くらいは知っておきたいのである。俺の命に関わる事項でもあるからな。
「多分、最強に近いんじゃないか? 同族にも他種族にも負けたことがないな」
「つよ」
えっ、つよ。
確かに強そうだなとは思っていたが、まさか最強クラスとは。でもまあ、数千年以上生きているんだ、逆に負けていたら今まで生き永らえていなかっただろうしな。
それに、あの迫力で弱かったら逆にびっくりする。多分、あれ以上が出てきたら俺は卒倒するだろう。あの時も実際ギリギリだった。
ヴァンの言葉を全面的に信用する前提ではあるが、これで俺の命に関する心配はほぼなくなったと見ていいだろう。嘘を吐いているとも思えないし、そもそも嘘を吐く理由もなさそうだ。
だがそれはそれとして、次なる疑問が湧いて出てくる。
「しかし……最初から疑問だったんだが、どうしてそこまで友好的なんだ?」
そう。ヴァンの俺に対する態度であった。
「うん? 簡単な話だよ」
俺の疑問の声に、ヴァンはこともなげに返答を返す。
人間の国に連れて行くという手段もあわせて提示してくれたヴァンだが、そもそもこの状況がやや不可解ではある。
あの圧倒的な圧力を持つヴァンが、たかだかホモ・サピエンス如きにここまで世話を焼いてくれるってのは少々腑に落ちない。そりゃまあ俺個人としては助かるが、跳躍者というだけでは正直、俺を助ける理由としてちょいと弱い気がする。
なんせ、俺には何も無い。漫画やアニメの主人公みたいな特殊能力を持っているわけでもない、正真正銘ただの人間である。
恐らく、人間の国に居る一般市民とそう変わらないだろう。いや、魔法という概念がある以上、この世界の人間の方が比べ物にならないくらい優秀なはず。
わざわざ俺という個人を特別扱いする理由が見えてこない。
「先ほど話が面白いとは言ったが、実際跳躍者というのは有用でね」
「へえ。具体的に聞いても?」
「単純に、この世界にない知識や技術を持っていることが多い。我も昔、彼女とは随分と有意義な時間を過ごさせてもらった……」
「そう言われてもな……。ヴァンのお眼鏡にかなうほどの話が出来るとは思えないけど」
彼女、というのは恐らく、過去の跳躍者のことだろう。
だが、それをいちいち突っ込むような真似はしない。野暮にも程がある。
ぱっとしない人生を歩んできた俺ではあるが、それくらいの空気は読める。
「ははは、そう卑下せずともいい。我の話し相手を務めてくれるだけでも十分だ」
「まあ、頑張ってみるよ」
どうやら、随分と期待をかけられているようで。
任せろ、などとは口が裂けても言えないが、なんとか彼女の期待は裏切らないようにしないとな。
ヴァンは今でこそ友好的だが、いつそれが引っくり返ってしまうかは分からない。少なくとも、俺のせいで好感度が下がるという事態は避けたいところだ。
この世界の文化レベルなどが不明な以上、現代日本で培った俺の知識がどこまで通用するのかは正直怪しい。
俺の知識というのは主に企業や法律を相手にするものであって、ドラゴン単体を相手に輝くものじゃない。というかドラゴン相手に役に立つ知識って何だよ。俺が聞きたい。
「ハルバは、人間の国には行かなくていいのか?」
「ん。それも少し考えたけど、今はヴァンのお言葉に甘えようかなと」
今度はヴァンからの問い掛けに、俺が返答を返す。
人間の国に下るってのは正直ちょっと考えた。最初に出会ったのがヴァンでさえなければそうしていたかもしれない。
どう考えても彼女が強過ぎる。
今のところ積極的に人間を滅ぼそうなどとは考えていないみたいだが、もしそうなったら国のついでに俺の身が滅ぶ可能性がある。
幸い命の保証はしてくれるみたいだし、今のところヴァンの下に居ることが一番生存率が高いと見たね。
それに。
先ほどの会話の中に、ほんの僅かばかり。哀しそうな色が混じっていたから。
それを見て見ぬ振りが出来る程、俺は優れた人間じゃあなかった。
「……そうかそうか! まあ、当面はゆっくりしていくといいさ」
「ああ、そうさせてもらうよ。よろしく」
美人の笑顔は、何時だって見ていて飽きないものなのだ。
「ところでハルバよ、君には人を導く力があるのだろう?」
一等の笑顔を咲かせた後。ヴァンは話題転換とばかりに話の本筋を変えてきた。
「そんな大層なものじゃないよ。国が定めた決まりを勉強して、それに逸脱しないよう組織に対して口を出していただけだ」
言ったとおり、そんな大層な力じゃない。
ただ、ここら辺は恐らくだが、細かく説明してもいまいち要領を得ないだろうな、という妙な確信があったから、最低限の説明に止めておく。
「いや、多分それで十分だ。と言うのも、少々手伝ってもらいたいことがあってな」
「俺に出来ることだったらいいけどね……」
彼女は強い。
何を成したいのかはこの後説明があるのだと思うが、古代龍種という強大な存在に対し、俺のようなちっぽげな一般人が力添えできる内容に、皆目見当が付かない。
「我はな、国を作ってみたい」
「国っすか」
またどえらい目標立てたなこの古代龍種。
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