中/窮

見られぬ花

 花が咲く。花が咲く。鬼の育てた花が咲く。毒を纏って花が咲く。

 残る雫はもう一滴。触れればつぼみが綻んで、鬼の望んだ実を結ぶ。

 舞台は既に整って、盛りを迎える花も集った。これより開くは数多の芳魂ほうこん、生き様を示す大輪なり。


 ■


 龍爪亭りゅうそうてい最上階、霊亀れいきと梅の間。雷雅の貸し切り状態が続いていたそこは今、大部分が静寂に占められている。連日ではなかったものの、飽きもせず宴会が繰り返されていた大広間はがらんとして、雷雅を含め数人の姿しかない。


「立つ鳥跡を濁さず、ってやつだねー。ちょうど鷺もいることだし」

「ははは。まさか部屋の掃除を手伝うことになるとは思いませんでしたが。ま、あっしも世話になりましたからね」


 入口付近から室内を見渡す雷雅に、青鷺が相槌を打つ。ことわざの通り、雷雅たちは長らく滞在した龍爪亭を離れるところだった。

 部屋の外、どこもかしこも金襖が続く廊下では、志乃と風晶が待機している。風晶の無表情は常のことだが、志乃の面持ちは珍しく硬かった。軟禁めいた雷雅との共同生活を送ること約ひと月、利毒が謀略を育む渦中へ赴くことも、そこへ送られ同様に閉じ込められていた仲間とも接触が叶わなかったのも約ひと月。ようやく事が動き出した以上、真っ先に浮かぶのは挽回の二文字だ。


「それじゃ、行こうかぁ。利毒の成果を見届けにー。そして、その結果がもたらすかもしれない災禍をー、事前に防ぐためにー」


 各々が少なからず気を引き締めている中を、雷雅の場違いなほど緩い宣言が抜けていく。けれど自然と先頭に立ち、三人を従え歩いていく姿は、まぎれもなく長そのもの。夜闇とそこに潜むものを引き連れるように、ふわり衣の裾をなびかせて。鬼と妖鳥の小さな夜行が始まった。

 龍爪亭の従業員から総出で見送られた四人が、華やかな夜の街を行く。装いはみな黒や灰、青寄りで統一されているが、逆にそれが衆目を集めている。真昼に穿たれた陰影がくっきりしているように。

 だが、何より見られているのは雷雅の美貌だった。ひりついた不穏うごめく夜の街は、ただ鬼が通っただけで静まっていく。刷毛はけで真っ直ぐ引かれた黒の線が、何もかも塗り潰していく。

 貴人の風格をあらわにしながら、花柳界の宵闇に馴染む妖麗も滲ませて、城でも国でも傾ける鬼は優美に歩く。続く青鷺や風晶も堂々として、雷雅の威容を引き立てるのに一役買っていた。

 志乃は青鷺と風晶に挟まれる形で続いていたため、真後ろからでなければ姿が見えにくい。けれど視線が向けられているのは感じていた。故に、周囲から顔が見えづらくても背筋を伸ばし、ただ雷雅の黒一色な背を見て歩いている。


 四人の少数でありながら、花魁道中もかくやの夜行は、ほどなくして終着点に至る。そこもまた、白銀の魔性が頂きにて咲き誇る楼閣。毒の鬼が根城として建てながら、娯楽の園としても作り上げた遊里、忘花楼である。


「―― ようこそ来なんした」


 水の入った堀に架けられた橋を渡り、まだ客も少ないうちに門をくぐった一行へ、麗しい声がかけられる。銀に赤の混じる髪を結い上げ、枯野の地に上品な咲き様を織り込まれた花の着物を着た白雨が、自ら出迎えに現れていた。


「久しぶりだねー、白雨。最後に会ったの、君が封じられるちょっと前くらいだったからー……うーん、何にせよ千年近くぶりだねぇ」

「ええ。幾星霜と流れる時の中、またこうしてお会いできる日を楽しみにしておりんした。あちきを忘れずにいてくれて、ありがとうござりんす」


 頬を高潮の朱に染めて、今にも泣きそうな嬉し顔を綻ばせて、白雨は歓喜を忍ばせた声を出す。今の彼女に花魁の婉麗えんれいは無く、逸る思いを抑えきれない少女の純真がにじんでいた。


「ささ、立ち話も何でありんすから、お連れ様と一緒にこちらへ。戯楼にて、既に大賭博の準備が整っておりんす」

「ありがとー。頼んでたものはどれくらいにできそう?」

「滞りのう、順調に進めておりんす。湯楼には立ち寄らねえとのことでありんしたので、賭博の間に間に合うようには」

「そっかー、なら安心だねぇ」


 双方ともに絶美を誇る鬼と狐は、美貌に似合わないほどのんびりと、親しげに会話を交わす。風晶と青鷺は立ち位置や背丈もあって白雨が見えていたが、完全に隠れっぱなしの志乃には見えておらず、ただ雷雅と仲が良いらしい誰かの声だけを把握するのみ……と思われたが。


「実はねー、志乃。君に贈り物を用意してるんだー」


 くるり、ふわり。雷雅が髪と衣を舞い遊ばせて振り返ったため、ちらと相手の顔が見えた。白銀に紅の混じる花顔が。須臾しゅゆながら、蜂蜜色の目と視線も交わった。


「高価なものじゃないからー、安心して良いよぉ。きっと気に入ってくれると思うなぁ」

「さようで……」


 すぐ雷雅を見上げた志乃の顔は引きつり気味。というのも、この鬼とは価値観の差が開きすぎていると、これまでに何度も実感してきたからだ。鬼の姿を取り戻した際、絹の髪紐と瑠璃の玉佩ぎょくはいを贈られたことはもちろん、ひと月の間に見せつけられ随伴させられてきた豪遊でも。


「ふふふ、緊張しなくたっていいのにー。ね、白雨。俺が頼んだこと、君からしたら肩透かしだったんじゃないー?」

「…… 意外ではありんしたけれど、そこまでは。高価でありんせんことは確かでありんすよ」


 微笑んで、白雨は志乃にも語りかける。向けられた笑みに何か、翳りめいたものを感じた志乃だったが、さっと観察しても怪しいところはなかった。気のせいだったらしい。


「いつまでも皆様を引き止めるわけにはいきんせん。どうぞこちらへ。準備が整うまで、戯楼の目玉たる大賭博、花形闘士の試合を観覧おくんなんしえ」


 ひらり白雨が片手を払えば、道の上に狐火が灯る。暖色の光は草花の色を艶めかせ、匂い立つような生気を照らし出す。

 美しくも、胸中に波をもたらすかのような、不気味の陰が拭えない忘花楼。鬼と鷺と狐に続いて、志乃もようやくその中へ踏み入った。






 慧嶽けいがくにも披露された戯楼の試合を観戦したのち。ちょっとした私用を済ませると青鷺が抜け、三人となった雷雅一行は、渡り廊下を伝って花楼へと向かう。用意されているのは最上階、九階の大広間。青鷺も後から向かい合流するとのことだった。

 名に花を冠する通り、彫り模様の扉が開かれれば、かぐわしい花に染められた空気がふわり流れ出る。戯楼で出迎えがあったように、花楼でも出迎えの女たちがずらり並んでいたが、みな雷雅の姿を一目見るなり呆けていた。

 誰もが認めざるを得ない、絶対の美を象った存在。崇拝すら集める鬼がにこり微笑めば、たちまち女たちは羞花しゅうかとなって顔を逸らす。けれど雷雅は気にすることなく、一人の妓女に声を掛けた。


「ねぇ、準備は整ったー?」

「は、はい。既にお部屋も用意が整っております」


 白雨に代わって先頭にいた妓女は、赤面して慌てつつ、すぐ平常を取り戻して答える。


「白雨さまの準備も進んでおりますので、後ほどお部屋に」

「うん? 白雨に用は無いよ」


 何気なく放たれた言葉に、花楼が凍りついた。

 あまりにも直接で無遠慮な言い様は、後ろにいた志乃ですら驚くほど鋭利。対して、雷雅は不思議そうな顔をして、こてんと首を傾げている。


「志乃がいるものー。白雨は要らないよー」

「で、ですが」

「贈り物の準備ができてるなら、それで良いんだー。あー、でも、そっか。君たちに案内をさせたり、伝えに行かせたりするのは荷が重いよねぇ」


 にこにこ、変わらない笑顔で一人答えを出しながら、雷雅は懐紙を二枚取り出す。ふっと息を吹きかけて宙に舞わせば、利毒の従えるものと同じ式神しきがみ禿かむろが、くるり一回転して着地した。


「これに任せるから、君たちは下がっていいよぉ。じゃ、よろしくー」


 ひと声かけただけで、式神禿はそれぞれ動き出す。妓女たちは未だ青い顔のままだったが、一礼して道を開け、九階へ向う上昇箱に乗る雷雅たちを見送るしかできなかった。


「……あの、雷雅さん。よろしいのですか?」


 斜め後ろから、志乃が訝しげに雷雅を見上げる。自分の出身もまた花街であるゆえに、一蹴された妓女たちの心中は予測できた。


「うん? よろしいよぉ。元々は利毒の成果を見に来たんだしー、何より、志乃がいるものー」


 ところが、振り返った雷雅は全く気にしていないとばかりの笑顔で即答する。幾度となく向けられてきて、うんざりしてくるほどの笑みだったが。志乃は初めて、胸の底を冷たい手で撫でられたような心地を覚えた。

 上昇箱は途中の階で止まることなく、あっという間に九階へ到着する。扉が開けば龍爪亭の最上階もかくやの、百花咲き乱れる金襖の並び立つ廊下が現れた。

 式神禿は雷雅たちに一瞥もくれず、滑るように先導を開始する。艶めく廊下は飴色あめいろ、照らし出す怪火は朧月を溶かした花明かりを思わせ、春の宵にも似ている。花は絵姿だけでなく香りも漂わせ、いつしか客の衣にも纏われていた。


「お、ここかぁ」


 ぴたり、禿が止まったのは、見事な桜の大樹が描かれた襖の前。雷雅は花に目もくれず、両手で扉を開け放つ。途端、花の芳香に別の匂いが入り混じった。ほかほかと温かく、空きっ腹を優しく撫でるような匂いが。


「お待たせー、志乃。これが、俺から君への贈り物だよー」


 脇に避けた雷雅が、金糸きらめく黒の袖で部屋の中を示す。おそるおそる志乃が覗いて見れば、豪奢な膳の数々が、湯気と香気を立てて待ち構えていた。

 漆器に収まり、瑞々しく光を弾き。燦然とさえ表せるような品々に、しかし志乃の顔は曇っていく。


「お料理……」

「そ、お料理。今まで、何回か狩りをしてきたでしょー? その時、一部の獲物はここに送って、保存してもらってたんだぁ。志乃が獲ったのもねー」


 そういえば、と。雷雅の贅沢な豪遊で、唯一の謎と言っても過言ではなかった狩り遊びを、志乃はまざまざと思い出した。自分も一応関わった成果がまさか、こんな形になって返ってくるとは。


「俺と風晶、青鷺の分もあるけどー、ぜーんぶ志乃が食べていいんだよぉ」

「……ありがとう、ございます。ですが」


 俺には味が、と続けようとした唇を、雷雅の長い人差し指が止める。「まあまあ」ともう片方の手で志乃の背を押し、雷の鬼は二人揃って敷居をまたぐ。


「志乃が酒以外の味を感じ取れないのはー、もちろん分かってるよー。俺も風晶も、普段は味を感じられないしー、第一、妖怪に食事は必要ないものー。そんな娯楽があるなーって、やっと思い出せるくらい、意識の外にあるんだよねぇ」


 上座に当たるだろう席のど真ん中に志乃を座らせ、その左隣に座りながら、雷雅は弾んだ口調で言う。続いて入ってきた風晶も、志乃から見て左手、入口と向き合う場所に腰を下ろしていた。


「その上で、君に饗応きょうおうを贈るんだー。心配しなくても大丈夫。まずはほらー、これから食べてみよう?」


 袖を押さえたことで、するり露わになる雷雅の腕。優美なそれが取ったのは、皿を覆っているのだろう、椀を逆さにしたような蓋の取っ手。漆黒に金箔で模様が描かれた蓋は数個あり、いま取られたのは一番手前にあったものだ。

 かぱり蓋を開けば、味に染まった匂いがふわり溢れ出す。その時点で、既に志乃は目を見開いた。今までに着いた食卓とは明らかに違う。


「ふふ、気づいたー? これはたぶん鳥肉だねぇ。はい、口開けてー」


 蓋から箸に持ち替えて、雷雅は現れた料理を一切れつまむ。焼いた肉を味噌に漬けたものらしく、志乃は戸惑いつつも口を開けていた。本当に味がするかもしれないという、強い予感と好奇心に突き動かされて。

 果たして、予感は的中する。それまで食べ物の形しか伝えなかった舌が、初めて別のものを伝えてきた。酒ですら不確実だったそれ、耳でしか知らなかった食べ物の味を、鮮明に。

 思わず口を両手で押さえて、志乃は口内に溢れる色に追いついていく。噛めば噛むほど重ね塗られていく味は、布が染まり土が潤うように、まっさらな感覚を多彩の渦へ沈めていく。


「ね、志乃。?」


 黄金の目を細めて成される問いが、志乃を引き上げる。それすら志乃の胸を震わせた。今の自分なら、ずっと答えられなかった問いに、答えられるのだと。


「とて、も……とても、おいしい、です」


 言える日など来ないと思っていた言葉を、偽りなく紡ぎ出す。肉から染み出るほんのり甘い脂の味、塩味を刻みながら深く舌を誘い込む味噌の味。絡み合って成り立つ結晶の味を、初めて「美しい」と実感して伝えられることに、胸が弾んでいる。


「ですが、どうして味が? 何か術を使われたので?」

「ううん。妖怪はねぇ、どうやら自分で獲得したもの、獲得に深く携わったものには、味を感じるかもしれないんだー。まだ調べてる途中だから、詳しいことは分からないんだけどねー。だから、志乃も狩りに付き合ってもらってたんだよー。驚かせたかったから、ぜーんぜん言えなかったけどねぇ」


 またも予想外な理由に、志乃は目を丸くする。志乃も少なからず獣を狩り、そうでなくとも回収や解体を教えられ、協力していたが。それが味の感受に繋がるなど思いもしていなかった。


「俺自身はもちろん、風晶や他の妖怪たちでも調べてはいたんだけどー、妖雛は調べたことがなかったからねー。味覚が無いくらいなのは志乃だけだから、っていうのもあるけどー、ちゃんと味が分かるようになって、良かったぁ」


 黄金の双眸を細めて、雷雅が志乃の頭を撫でる。夜蝶街の人々を否応なく思い出させる手に、喜びが一旦収まった志乃の口が開く。


「……味覚が無いことを申し出ると、相手の顔が曇ってしまうので、味を感じられるようになれたらなとは思っていたのです。芳親が食事を勧めてくれるようになってからは、特に」


 言われなければ最悪、食事を忘れるような自分と違い、食があれば必ず目を輝かせる友。芳親は食事となると一直線で、志乃にとっては兄貴分たちに代わり、食事を促してくれる存在でもある。

 けれど、強く印象に焼き付いているのは、誰かと一緒に食べることを嬉しがる姿。沢綿島さわたじまで「美味しいから食べてほしい」と、こちらに串を差し出してきた姿。あの時、志乃は、彼と同じ喜びを享受できなかった。


「芳親は、誰かと『美味しい』を共有することが好きなのだと思いますし……俺との食事も、嬉しいと思ってくれているかと。ですが、『美味しい』が分からない俺では、応えられていなかったと思うのです。ちゃんと訊いたわけではないので、予測ですが」


 予測と言いながら、ほぼ確信めいた考えを明かしながら、食を謳歌する友の姿を思い起こす。自分よりずっと、人の側に溶け込んで楽しむ友を。


「こうして味が分かるようになった今なら、芳親とも『美味しい』を共有できますし、他の方も同様です。俺はそれを……とても嬉しいと、感じています。味を感じられるようにしていただき、ありがとうございます、雷雅さん」


 不器用気味に言葉を紡いで、志乃は笑みを綻ばせた。対して雷雅は、きょとん、と間抜けた表情を浮かべる。だが、次の瞬間には破顔して無邪気を覗かせ、志乃を抱きしめていた。


「あははは! ね、志乃。今の志乃、とっても可愛いよぉ。困っちゃうなぁ、可愛いなぁ、ふふふ。そんな志乃だから、何でも叶えてあげたくなっちゃうんだなぁ」

「うぎゅ……くるし……です」


 潰れた蛙のような声を出し、雷雅の胸を叩く志乃だが、上機嫌の雷雅にはまるで届いていない。風晶は無言で箸を進めており、止める者は現れずと思われたが。


「いや失礼しました、青柳亭青鷺、ただいま……おや、お邪魔でしたかな?」

「気にするな、入れ」


 すぱぁんと遠慮なく襖を開け、風晶から許可を得た青鷺の合流が契機をもたらす。というのも、襖に手を掛けたものの閉めないまま、青鷺が口を開いたために。


「雷雅様、少し志乃嬢をお借りしたいのですが、よろしいですか?」

「えー」

「大丈夫です行きますので」


 やや手荒に雷雅を押し退けて抱擁から抜け出すと、志乃は青鷺に続いて廊下へ出た。

 雷雅から離れた場所で、自分に伝えたいこと。細かな検討はつかずとも、何に絡んでいるかは容易に想像がつく。「では、お耳を拝借」と扇子を広げて顔を寄せる妖鳥に、妖雛もまた頭を傾ける。


「芳親殿と紀定殿は、湯楼を中心に見回りをしているとのこと。あっしが既に送り込んでいた者たちと一緒に、頃合いを見て花楼へいらっしゃるとのことです」


 忘花楼に青鷺の息がかかった者がいることは、もちろん志乃も知っている。彼らを通した青鷺から、芳親や紀定の様子を聞き、こちらの状況も伝えてもらっていた。


「……合流は後になりますでしょうか」

「そう考えていただければ。我々の居場所はあちらも把握しておりますし、合流までは上階に留まっていた方が良いかと。それから、直武様に関してですが。監禁場所の目安は付いているものの、入り方が分からないままとのことで。特に中庭が怪しいとか」

「中庭……戯楼から花楼に来る時、見えた庭ですね」


 三つの楼閣と、それらを繋ぐ渡り廊下で囲まれた中庭。見た時はただ立派という感想しか抱けなかった志乃だが、未だ直武と自分たちとを阻む障壁となれば、向ける目も違ってくる。


「お伝えしたいことは以上にて。呪詛拡散の脅威に警戒しつつ、ひとまずは楽しみましょうではありませんか。雷雅様、志乃嬢のために大盤振る舞いをすると、何度も仰っておられましたからねぇ」

「そう、でしたか」


 扇子を閉じて笑う青鷺に、志乃は苦笑を返す。自分のためにと何かを差し出される感覚には、まだ慣れない。雷雅の場合、過剰だからというのもあるが。

 風晶からの諫言、雷雅を夜蝶街の面々と同列に扱うなという忠告を、忘れたわけではない。だが、こうしてもてなしてもらう厚意を、無下にしたくはなかった。

 桜咲き散る金襖を開けて、志乃は黒に金を覗かせる鬼の隣へ戻る。現世でも夜は半ば、子の刻が出番を待っている。まだ深まる夜の中、志乃のための饗宴は続く。


 ――そのまなこを、眩ませるために。


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