暗中に赤く花の道

 裏舟吉から少し離れた山の中。幽世の巨大な月が照らすそこは、夜の山とは思えない明るさで照らし出されている。夜目が利くことの多い妖怪たちにとっては、昼の現世を歩いているのと変わらないほどに。

 志乃もその例に漏れず、より夜を見通せるようになった目を駆使して、危なげなく歩いていた。手には仕留められた鹿、現世から迷い込んできた、何の変哲もない獣を携えて。


「志乃様、左手に」

「了解しましたぁ」


 後方から声だけ寄せてくる雷吼丸らいこうまるに従って、笑顔のまま爪先の方向を変える。相変わらず雷雅の手元に置かれっぱなし、脱走の連敗も引き続き重ねていた志乃は、今日は狩りに付き合わされていた。

 妖怪にとっての狩りは、人間のそれとは事情が違う。己が命のため、力を高め蓄えるために他を屠る種もいれば、単なる娯楽として消費するモノもいる。幽世の者同士で食らい合うこともあるが、多くは現世から幽世へ迷い込んできた命が獲物になる。獣でも、人間でも。

 人間も獣も、幽世へ迷い込んでしまう事故は避けられない。幽世の夜は、現世の夜に混じり闇を広げ、奈落への客を待ち構えている。その招待を防ぐために設置されているのが、色護衆や各地の警護組織だ。


「戻ったか、花居の」


 進路を変えて間もなく、志乃はこちらにやって来ていた風晶と合流した。訳あって僧形に身を包んでいるが、背負う弓矢が彼も狩る側だと示している。

 舟で話をしたこともあって、志乃は風晶とであれば、気を塞ぐことにならないと楽にしていられるようになった。今も鹿を掲げて、にっこりと応じる。


「はぁい。この通り、獲物も回収いたしましたぁ」

「ああ、手間をかけたな。もっとも、それを獲ったのは私ではなく雷雅だが」


 ため息をついて、風晶は来た道を振り返る。当の雷雅は「ちょっと外すねー」とふらり、別方向の森の中へと消えていた。直前に仕留めていた鹿は、崖から足を踏み外した所を射貫かれていたため、残された志乃と風晶で手分けをして探す羽目になっていたのだ。


「どうなさったのでしょうねぇ、雷雅さん」

「さてな。奴の行動の理由など、考えるだけ無駄だ」

「けはは、そうだな」


 ――この場の誰でもない声が、平然と混ざる。が、何かいると二人が理解するより先に、志乃を衝撃が襲った。


「が、っ……!?」


 地面に叩きつけられた痛みと、背中から押さえつけてくる何かが、体の自由を奪う。吸う息に乗った土と草の匂いだけが冴えている中、「おっと」と軽い声が降ってきた。


「すまぬな人形、昂るままに駆けてきた故、加減をしていなかった」


 男とも女とも分からない声色には、陶酔が混ざっている。何とか抵抗を試みようとする暇すら与えられず、力が緩んだかと思えば、ぐいと襟首を引っ張られて地面が遠くなる。状況を理解できないまま流れるように胸倉を、そして首を掴まれ、志乃は持ち上げられていた。


「しかし何ともまあ、不格好な。整ったものを二つほど見てきたゆえ、余計に酷さが増して見える。だが、なれはその醜さがいいな」


 片手でやんわりと掴まれているが、じわじわと嫌な圧迫感が、皮膚を通り越して息を押さえにきている。加えて、漏れ出た殺気が肌を焦がし、血潮を騒がせてくる。

 混乱と、てのひらを通して伝わってくる高揚。双方が打撃の苦痛を押しやり、志乃に目を開けさせた。

 開かれたまぶたの先、月光満ちる世界の中にいたのは、冠のような角をいただいた赤肌の鬼。酷い外跳ねの銀髪が、小首を傾げるのに合わせて揺れる。


「きぃ、ひ、ははは。ああ、良き目だ。見えておるぞ、奥底に。なぜ解き放たずにいる」


 黒と白が逆さの目を細めて、鬼は掴む手に力を込める。しかしそれ以上は強めず、放り捨てるように志乃を離した。


「なれも聞き分けの良い飼い犬か? 憐れを通り越して忌々しくなるぞ、そんなにも血を滾らせておるというのに」


 何とか受け身を取って立ち上がり、息を整える志乃を睥睨へいげいして、鬼は嘆かわしいとばかりに頭を振る。今度はその姿が消え、入れ替わるように黒衣と黒髪をひるがえす鬼が現れた。同時に遠くから、衝撃音が空気を揺らす。


「俺の娘をいじめないでほしいなー」


 月下でも明かされぬ黒に細い雷を纏わせて、雷雅はにこやかに、音がした方へ声を投げる。その笑みを変えぬまま、黒衣の鬼は志乃に歩み寄ると、有無を言わさず抱え上げた。


「ごめんねぇ、志乃。あのヒト、楽しくなると周りが見えなくなっちゃうんだよー。俺と喧嘩してたのにー、急に方向変えて飛んでっちゃうからー、止められなかったんだよねぇ」


 地面に打ち付けられた側の頬に、己の頬を擦り寄せながら、雷雅は志乃に語り掛ける。幼子にやるような対応に、さすがの志乃にも羞恥が湧いたが、足をしっかり抱え込まれているせいで身動きが取れない。

 一体何が起こっているのやら。されるがままになりながら、志乃はようやく回ってきた頭で考えてみるが、全くもって分からない。色々と事が起こりすぎているし、起こしている張本人たちは何をしているのか、動きがまるで見えないときている。


「きぃ、ひ、ははは。いつまで経っても人形遊びが好きだな、なれは」


 音の原因かつ、雷雅に吹っ飛ばされたらしい赤肌の鬼が、下駄を鳴らして戻ってきた。しかし赤肌なのは手足だけになっており、顔は血の気すら感じない白に変わっている。

 第一に分からないのが、この鬼だ。あちらは志乃を知っているようだが、志乃は誰だかさっぱり分からない。加えて、気掛かりが一つ。


「人形じゃないよー。志乃は俺の娘なんだからー」

「かぁ、ひ、ははは。眷属けんぞくというのだ、それも、風晶の若造もな。自覚が無いのも相変わらずだな。まあ、それは人間時代からそうだったようだし、元々そうとしか理解しかできぬ頭と目だったのだろう」


 身内と談笑するような気安い会話を交わしながら、雷雅が志乃を降ろす。急な出来事の大挙にただ翻弄されっぱなしだった志乃は、気掛かりの原因でもある、名の知れぬ鬼を見た。同じ場に立っているというのに、こちらへ向かって来ているというのに、気配が全くしない鬼を。

 首を掴まれ、手のひらから伝染させられた高揚が嘘のように、今、冠のような角を戴く鬼からは何も感じ取れない。視認できているのに、それ以外の感覚が鬼を拾わないのだ。


「うん? どうした、人形。そのように見つめて」


 音もなく距離を詰められ、顔を近づけられて、志乃は猫よろしく目を丸くして伸び上がる。黒と白が逆の目の中に、雷雅の目を見つめた時にも見た、底知れない何かの影が潜んでいるようだった。


「……貴方の気配を感じ取れないことが、気になりまして」


 だが、目と鼻の先ほども近くにいても、気配を感じ取れない。奇妙さが勝って答えれば、鬼はのこぎり状の歯を見せて笑った。


「くぅ、ふ、ふふふ。そうか、分からぬか。仕方あるまい、われは山と同じだからの。その辺りを説明するとなると長くなるな。雷雅、ちっとこれを貸せ」

「えー、俺と風晶も入れてー、狩りしながらでもいいと思うなぁ」


 またも志乃を置いて、鬼たちが言い合う。志乃は志乃でここひと月近くの間、外される状況によく晒されて慣れていたため、ひとり考察を進めていた。


「きぃ、ひ、ははは。確かにそれでも良いが、われはこれと話をしたいのだ。第一、われが何をしたがるかなど、なれは予測済みであろう。われがこれと二人きりとなって、なれに不都合が生じようと、どうとでもできよう」

「できるけどさー、志乃は可愛い娘だもの。離れるのはやだよー」

「かぁ、ひ、ははは。飼い殺しておいてよく言うわ。そら、人形。ゆくぞ」


 どちらの返答も聞かず、銀髪の鬼は赤い手を志乃の腰に回して引き寄せる。直後、突風が吹いたかと思うと、周囲の景色が一変していた。

 山なのは変わっていないが、草木は一本たりとも生えていない。巨石や石柱があちこちに散乱し、荒れ果てた岩山が広がっている。ひゅうひゅう鳴きながら風が駆けていく中、呆気に取られている志乃から手を離し、銀髪の鬼はスタスタ歩き出した。


「わが領域だ。散らかっていてすまんな。ここへ来る前に、相手を呼んで遊んだのだ。まさかりで暴れる境田の者をな」


 言葉に一瞬、踏み出す足を止められたが、すぐに志乃もついて行く。――兼久隊もまた、現世で任務に当たっているのだろう。


「そうだ、雷雅の若造とも遊んだゆえ忘れていたが、まだ名乗っておらぬではないか。人形、名乗れ」

「っ、花居志乃と申します」


 くるり振り返られ、つんのめるように再び足を止められた志乃だったが、即答で応じて一礼までしてみせる。


「きぃ、ひ、ははは。人真似が上手いな。人側の親は腕が良かったらしいの……ああ、また名乗り忘れるところだったな。われは慧嶽と呼ばれておる」


 満足げに笑う慧嶽に、志乃もにこり愛想笑いを返す。状況は呑み込み切れていないが、話したいと言っていたのは本当なのだろう。話すだけなら応じても問題なさそうだ、と。


「なれの人真似も滑稽だが、ここに来たのは話すため故、話をしよう。ああ、そこだ、そこに座れ」


 赤い以外は人と変わらない指が、平らで綺麗な岩を示す。「ありがとうございます」と礼をして志乃が着席すると、慧嶽は手を後ろに組んで向き直った。


「さて、なれがわれの気配を感じ取れなかった理由、原因だが。それはわれが神霊であったことに由来する」

「神霊、ですか」


 志乃はそちらの知識に疎いが、途轍もない存在ということは漠然と理解している。「そう、神霊だ」と三度目の繰り返しをした慧嶽は、にやり笑っていた。


「遥か昔、われは天といううろを駆けていた。要は星の一つだった。しかし神代の頃に落ちてしもうたのだ。星というのは絶大な力を有しておってな、下界に落ちてもなお周囲に影響を及ぼす。なれもそれは知っているはずだぞ。奥湖おうみの星永が、その力に影響された一族ゆえな」


 愛想笑いがほんの少し、崩される感覚がある。志乃の内に投げられた小石が波紋を描いているのを知ってか知らずか、慧嶽の笑みは崩れない。


「して、われも例に漏れず、落ちてもなお力を有していた。だが同時に欠けもした。それはそれは盛大に欠けてしもうてなぁ、その時の音は下界にもとどろいたらしい。わが体は派手に砕け、隣国の――今の名は何だったか、あとで雷雅の若造に訊こう――全土に散らばったのだ。それを自ら集めて元通りになり、姿かたちを変え、海を渡ってこの地へ来た。追われていたのでな、逃げてきたのよ」

「……その力に目を付けられて、という理由で追われていたのですか?」

「うむ。砕けたわが身とは言え、一部は盗む形で奪還したからの。完全に元通りとなったのも、この地へ来てからのことだった。だからこそか、わが身はこの地の霊力と馴染み、変容した」


 質問が嬉しかったのか、慧嶽の笑みに満足げな色が混じった。喜色混じる表れは一瞬だったが、笑みは変えず片手を胸に当てる。


「われは姿を変えつつ、とある山を縄張りにして暮らしておった。が、先も言った通り、星であったわが力は絶大でな。山がまるごと異界と化した。神代の中頃には常世幽世、現世の区別が生まれつつあったが、それらのどこにも属しようがない異界を創ってしもうたのよ」


 遠い昔の話、規模の大きい話とあって、やはり志乃の浮かべる印象は漠然としている。しかし慧嶽の語ることは、有り得ざる現象をまことにしてきた超常の所業なのだと理解はしていた。


「この異界こそ、なれが気配を察せなかった所以よ。というのも、この異界もまた、われの変容と同じ性質を有してしもうてな。山であればどこにでも適用されてしまうのよ、われらは同一であるという迷彩が。つまりは草木、岩といった、なれらが意識しないだろうものと気配が同じになる。だからこそ感知できないのだ、必要が無くなるのだからな」


 提示された答えに、志乃は目からうろこが落ちる心地がした。確かに、動くものの気配を意識はすれど、草木や岩など動かないもの、生きていないものの気配は意識しない。


「ついでに、こんな性質が生まれてしまった理由だが。異界と化した山で暮らしていたら、いつの間にか神代が終わり、いつの間にかわれの元に集まるものたちが現れての。それが徒党を組んでいると思われたようでな。色護衆の前身となった組織から刺客を差し向けられ、その目を欺く必要が出てきたのだ。われは元よりあった変容を利用して、この迷彩へと進化させた」


 さらりと語ることではない内容が、軽い言葉で流れていく。しかし志乃も志乃で緩く受け止めていた。なんかそういうことがあったらしい、と。


「われの元に集まっておった者たちは、誤魔化しが利いているうちに、様々な山へ移動した。ああ、迷彩が利くのはそういう理由もあるな。あれらの気配には、われの影響が及んでいる。ゆえにあれらの絡む山では、現世でも幽世でも、わが迷彩が発動するのだ」

「……ちなみに、皆さんが移動し終えた後は、どうなったのですか?」


 思い出したとばかりの付け足しも呑み込みつつ、志乃は気になる一点を問う。慧嶽も慧嶽で話したかったのか、にやり笑みを深めた。


「われは動く気が無かったのと、初めて誰かと遊べるのとで浮かれてな。そやつとは楽しく遊んだ。一年、二年、三年……時の流れがあんなにも遅く、色鮮やかに彩られていたのは初めてだった。結局われが山を丸ごと半壊された形で負け、人側に協力する制約を強いられたが……これはこれで愉快ぞ。人の足掻く様を見られるからの」


 笑みを無邪気な幼子のそれに変えながら、慧嶽は志乃に歩み寄る。毒々しいほど赤い鼻緒に黒の高下駄を、かんこんかんと鳴らして。


「さてさて、なれの疑問に長々と説明を垂れて答えたわけだが。われからも訊こう、人形。いや、花居の志乃よ。そもそも話したかったのはこちらぞ。なぜ己を封じておる」


 巨大な月を背に、志乃を覗き込む。白い瞳の中に、わらい牙を覗かせる影を座らせて。

 志乃ははりつけにされたかのように、動けなくなっていた。瞬きすらもできない、否、許されない。


「われは飼い犬が嫌いだ。弱者を守るため、飼い慣らされて牙を抜かれたものが嫌いだ。強きものは強いまま力を振るえば良いものを、弱きものどものはそれを律せと抜かす。己が身の可愛さ故に、なれら強きものたちから自由を奪う」


 つ、と。赤い指先が志乃の眉間を指した。その赤一点から、白黒逆さの双眸から、うら若き鬼は目を逸らせない。


「なれは、特にそうだ。なれは醜く不格好だが、それは律されているからに他ならぬ。なれは血と戦で昂り、殺戮を堪能すべきものだ。なあ」


 変われるだろうかと揺れる夢物語を、人の側にいたい願望を阻む性。逃げたくないからと立ち向かう意志を挫く性。杭打つように放たれる言葉が、動けない志乃をさらに動けなくする。

 それ以上聞くな、と。警鐘の声が遠い。だが、耳元で怒鳴られても、きっと何もできない。嗤う鬼の鉤爪かぎづめが、体の核を鷲掴みにしているが故に。


「晴成の左腕を奪った感覚を、忘れたわけではあるまい?」


 歪んだ笑みが見えるのと同時に、志乃は片腕を振り抜いていた。

 無意識に纏わせていたらしい雷が、切られた空に残光を散らす。軽々とかわした慧嶽が、その向こうで笑っている。


「きぃ、ひ、ははは。ああ、我慢しなくても良いぞ。ここにいるのは、われとなれだけ。どれだけ醜悪を晒しても構わぬ」

「いいえ」


 震える声で、けれど毅然と志乃は跳ね除ける。苦しみ歪む目が、軋み笑う鬼を睨む。


「あの星だけではあるまい。なれには封じたものが数多ある。今にも思い出したくて堪らぬと叫んでおるではないか。自由になれ。思うままに戦場で踊れ」


 なおも言葉を募らせる鬼に、志乃は雷を振るう。けれど雷雅より不出来なそれは、慧嶽を捉えられず。音もなく一瞬で距離を詰められ、蹴り飛ばされて止められてしまった。


「無様を晒すな、殺したくなる。なれの自由な様を見たいのだ、芽を摘ませてくれるな」


 離れた場所に転がった志乃にゆっくり歩み寄ると、慧嶽は惑う少女の胸倉を掴み上げる。


ほふることこそ、なれの道ぞ。死に彩られた道をけ、花居の志乃」


 呪うような声色で、冷酷な無表情で言い放ったのち、慧嶽は再び笑みを咲かせる。この地へ来た時と同じ突風が吹いて、景色に草木が茂った。狩りをしていた山中へ戻ったのだ。


「かぁ、ひ、ははは。雷雅の若造が待っておる。このまま抱えられておれ、すぐに連れて行ってやる」


 返答を聞くことなく、慧嶽は地を蹴った。それだけで地面が遠く、森を見渡せるほど高くに跳躍されても、志乃に驚愕はもたらされない。ぐるぐる渦巻く記憶を抑えるのに必死で、それどころではない。

 傷つけること、血が流れること、戦い殺し合うことは、空虚を満たしてくれる。志乃が認めたことだ、認めて風晶に打ち明けたことだ。それが自分の事実なのだと。けれど、もしかして、薄めるくらいはできるのではないかと。そうすれば、人のそばにいられるのではないかと。


 そんな訳が無いだろう、と。嘲笑う声が聞こえた、気がした。いや、聞こえていた。逃れようのない自分の内側から。


 わらうものが、育っている。確実に大きくなっている。こうして抑圧するおもてを食い破ろうと、骨を撫でている。次は内臓を、その次は皮を、裏側から。

 どうすればいいのか、分からない。歩けていたはずの道が、唐突に失われてしまった。暗中に放り出されてしまった。風晶が漕ぐのを止めてくれた船の上で、初めて掴み取れたはずのものでさえ、あまりにか細く頼りない。我が身ごと抱きしめても、それは、志乃に穿うがたれた穴を塞ぎはしない。志乃の空虚を満たすこともない。


 ――どうすればいい?


 抜け出したくて、光を探す。導いてくれる灯火の光、照らしてくれた星の光。それらは何て強く、美しく、遠いのだろう。か細いものを、何なのかも分からず抱えて逃げ惑う自分が、どれほど暗愚か知らしめてくる。

 それでも、志乃は問わずにいられない。問いだけが今、己を保つ


 ――麗部の旦那。俺は。

 どうすれば、いいのですか。


 答える声が、どこからも聞こえてこなくても。

 跳び上がるための足場を経由しつつも、地に足つけることなく、妖雛は宙を連れて行かれる。浮遊感に晒されながら、志乃はただ無音の問いを繰り返していた。

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