華烈なる戦刃・前

 鼬らは数十匹で寄り集まり、一匹の大きな獣を形作る。沢綿島で、団史郎たち狸と直武一行が相手取った獣だ。しかし、五匹で作られていた巨獣よりも大きく、凶悪な姿形をしている。

 後肢で立ち上がった姿は、山林の木々を超えるほど高く。前傾姿勢を支える前脚には、三つの大鎌を付けたかのような、凶悪な鉤爪かぎづめそなわっている。鋭利な牙が覗く口や、ボロボロの体表からは流血が続いているが、感じられるのは痛ましさ以上の威圧。


「大蜘蛛も大鼬も十匹以上いらっしゃいますねぇ。いかがいたしましょう、兼久さん」


 敵が変貌を遂げたのを目の当たりにしながら、志乃は暢気な態度を崩さない。集結しての巨大化が想定内だったこともあるが、取り乱す様子など欠片もなく、陶酔を引きずり楽しそうに笑っているのは彼女だけ。


「二手に分かれる。蜘蛛は志乃ちゃんと芳親、鼬は僕と靖成殿、晴成君で倒します」


 だが、淀みなく即答されると、志乃はキョトンと目を見開いて振り返った。鼬も蜘蛛も関係なく、手当たり次第に倒していく気満々だっただけに、兼久の指示は予想外だったのだ。

 当然ながら真剣な表情だった兼久は、志乃の思考を早々に察して苦笑した。


「志乃ちゃんが思ってるより、人間はやるよ。しかも、僕たちは人間の中でも強い部類だからね。どうってことない」


 容易いとばかりに言いつつ、兼久は片足で地面を三度、特徴のある調子で踏む。詳細に言うと、自分の真下に落ちている影を。直武が支配する影の中に潜み、あちこちに向かう紀定を呼ぶ合図だ。加えて、彼が出した合図には、紀定への指示も含まれている。

 少し間を置いて、兼久の真下に、何かの取っ手が現れた。彼が軽々と片手で引き抜けば、音もなく品物が現れるが。


「……。その長持ながもち、兼久さんの物だったのですか」


 小さな影から引きずり出されたのは、巨大な長持。人ひとりで、しかも片手で持ち上げられるものではない。先ほど見えた取っ手は、運搬用の棒を通すための穴だった。存在感をこれでもかと放つそれに、志乃だけでなく晴成も、思わず視線を釘づけにされる。


「そう、これ僕のなんだ。正しく言うなら境田家のだけど。四大武家は妙術だけじゃなくて、武器も継承するんだ。芳親や志乃ちゃんが持つ妖魂器ようこんきとは、また違った武器を、ね。ちなみに、境田家の妙術は『怪力』って言って、名前の通り力持ちになれる」


 だから、これも難なく持ち上げられるんだよ。言葉を続けこそしなかったが、兼久は言外に語っていた。


「ちょっと準備をするので、人妖兵二名は、先に蜘蛛との戦闘を開始してください。あ、事前に注意しておくと、なるべく巻き込まないようにしますが、気を付けて」


 屈託のない笑顔で、少し奇妙な指示をし終えるなり、兼久は重たげな蓋をすんなりと開ける。準備とやらに取り掛かってしまった彼に、志乃と晴成は唖然としていたものの、残る芳親と靖成によって我に返された。


「じゃあ、行って、くる」

「ああ、任せた」「頼んだぞ、二人とも」


 靖成と晴成から激励を受けて、芳親も抜刀し、志乃と並び立った。短いながらも時間をかけて鼬を取り込み、体の修復を終えた蜘蛛たちは、再び進軍を開始している。


「さて。何か策などありますか、芳親」

「無い」

「同じくです。来るもの拒まず、等しく斬り捨てていきましょう」

「賛成」


 あっさりとしたやり取りののち、鼓舞の叫びは妖雛にも蜘蛛にもなく。互いが互いへ突進し、武闘の幕が上がった。

 初手に飛び掛かり、肉薄と攻撃を共に繰り出す蜘蛛の足を、志乃は豪快に薙ぎ払う。一瞬にして丸腰になった蜘蛛の胴が、追撃に晒されて両断された。


「まず一匹」


 今度は自身が跳躍し、後続の蜘蛛に真上から斬りかかる。大上段から叩くように振り下ろされた斬撃は、蜘蛛の体を地面にめり込ませた。

 二匹目の体に着地するなり、三匹目が襲い掛かる。一匹目とは違い、放たれるのは刺突。風を伴い突進してきた二本脚を、志乃は横向きにした得物で受け止める。硬さを失わぬ蜘蛛の甲殻こうかくを踏みしめ、大木のように立ち続ける。

 後ろに守られる誰かがいたなら、彼女の背に抱く思いは「頼もしい」一択だろう。しかしながら、背後に忍び寄るのは四匹目の蜘蛛。大槌おおづちのごとき脚が、少女を吹き飛ばさんと振り上げられるが。


「あ。思いつきましたぁ」


 のんびりと声を零して、鬼は無邪気に笑う。

 受け止めていた脚を振り払い、三匹目の蜘蛛の真横に飛び込む志乃。ところが斬り込むことはせず、瞬く間に胴体の上へと飛び乗ったかと思うと、攻撃を外した四匹目の上へと飛び移り、脳天に刀を突き刺した。

 刹那、見開かれた双眸が輝き、彼女を包む髪と服が浮き上がる。

 ひらめほとばしる青のいなづまが、刀を伝って大蜘蛛の体を支配した。盛大な雷鳴と雷光に混じって、焦げた臭いが辺りに漂う。


「上手くいきましたねぇ。良かった、良かった」


 黒焦げになった蟲の上で、志乃は安堵の息を吐きながら笑う。改めて周囲を見渡せば、蜘蛛たちが様子を窺うように、彼女を囲っていた。

 人とは比べようのない巨躯を持つ蜘蛛の群れへ、たった二人で飛び込む。人間ならば馬鹿の所業と嘲笑されるが、この場にいるのは妖雛二人。余裕の笑みを崩さずに立つ、半人半妖だ。


「あははぁ。皆様、全員、俺と喧嘩してくださるのですねぇ。しかも、そう簡単に倒れてくださらないときました」


 ちらと囲いを一瞥すれば、最初に斬った蜘蛛の姿があった。早々に復活して混ざっていたのだ。


「長く楽しめる喧嘩など、容易くできるものではありません。それを実現してくださる皆様には、感謝をしなければなりませんねぇ」


 月を背に、優雅な一礼をして。狂喜の笑顔を浮かべた鬼は、再び蜘蛛へと踊りかかった。

 一方、芳親もまた、音少なに蜘蛛を相手取っている。最初の蜘蛛を、攻撃の暇も与えず斬り捨ててから、速攻の進撃を続けている。低姿勢で駆け抜けながら、多方向から向かってくる脚の攻撃を、さばき、かわし、自分の攻撃の勢い付けに利用していく。


「!」


 前方から薙ぎ払うように向かって来た脚を、飛び上がって躱した先、眼前に別の脚が現れる。さすがに避けられず刀で防ぎ、後ろへ吹き飛ばされるが、待ち構えるのは二本足を振り上げた蜘蛛。


「……」


 だが、妖雛の口元に浮かぶのは笑み。

 片方の手のひらを後ろへ向け、いくつもの牡丹を咲かせた障壁を作る。蜘蛛は花ごと斬り消そうとするが、花の壁は蜘蛛の脚をやんわりと受け入れたかと思うと、途中で留め捕らえた。その間に、芳親は牡丹に受け止めてもらって着地し、蜘蛛へ腕を無造作に振るう。


「斬るだけじゃ、ない」


 牡丹が、捕らえていた脚を伝い、蜘蛛の体に咲いていく。伸ばしていた手を握れば、幻想的な大輪は美しい音を立てて破裂し、蜘蛛の甲殻を凸凹に仕立て上げた。

 間髪入れず、芳親は真横にいた蜘蛛を標的にする。術師然とした装いに似合わず、顔の上半分を覆う仮面をつけているのにも関わらず。蜘蛛の眼前へ素早く間合いを詰め、数多の目に姿を映されながら、斬り上げで首をね飛ばした。

 頭を失って崩れ落ちる胴体を足場に、飛び上がる。宙返りして下界を見下ろせば、背後を狙ったと思わしき蜘蛛がいた。


「よ、っと」


 空中に花の足場を作って姿勢を調整し、下降と回転の勢いを乗せた斬撃を繰り出す。蜘蛛の甲殻に刃が食い込む感触を覚えたかと思えば、巨躯は地面へと沈み込み、新たな足場を提供してくれた。


「……おぉー」


 いつにも増して言葉少なな口から、ゆったりとした感嘆が零れる。彼の動きを読んでいたのか、上下左右いたるところから、蜘蛛の脚が襲い掛からんと突き出されてきたのだ。

 けれども、読んでいたのは芳親も同じで、故に牡丹の壁を展開して防ぎきる。相手が守りに入ったために、蜘蛛たちの攻撃は激しさを増した。


「……」


 あちこちから響いてくる打撃音を聴きつつ、芳親は蜘蛛たちの隙間から、後方に控える鼬らを窺った。自分と志乃が派手な戦闘をしているためか、それとも漁夫の利を狙っているのか、まだ動いてはいない。

 が、あくまで気にすべきは蟲の方。防壁の耐久は有限なため、攻勢に一転すべく仕掛ける。

 集まって来た蜘蛛たちの足元につぼみを出現させ、開花の動作と共に爆破。体勢を崩され、止む攻撃に合わせて壁を閉花へいかし、包囲網から抜け出した。


「……。あ」


 さて、どこから斬るかと思考しかけたところ。前方の上空にて、楽しげに跳ねまわる志乃と目が合った。青白と牡丹色の目が、持ち主の思考を伝え絡み合う。伝達の時間は須臾しゅゆだが、理解は十分になされた。

 志乃は再度、跳躍した後に急降下。芳親は着地点に向けて駆け出す。向かい合う形で合流した二人は、回転の動作に合わせて入れ替わり、景色と相対する敵も入れ替える。

 くるりと舞うような足場変更に伴って、振るわれた両者の左腕が妙術を展開する。花に翻弄ほんろうされていた蜘蛛たちには迅雷じんらいが、雷に焼かれていた蜘蛛たちには花吹雪が襲い掛かった。


「一人で喧嘩するのも楽しいですが、誰かと共闘するのも楽しいですねぇ!」


 きしみが声代わりの蜘蛛たちが次々に倒れ、けれども起き上がってくる中を、志乃の声が突き抜ける。楽しくてたまらないと、喜色に塗りつぶされた声が。


「物の怪、討伐。共闘した、でしょ」

「んえ? あは、そうでしたぁ」


 背中合わせの体勢を崩さず、刀を構え直して談笑する妖雛二人。かなり高揚している志乃の受け答えは危なっかしいが、芳親は指摘も注意もしなかった。彼もまた、興奮し始めていたので。


「まだ……楽しむ」

「そうですねぇ。まだまだ気力も体力も残っております。楽しませていただきますよぉ!」


 宣言を合図に、新たな相手へと駆け出していく鬼と犬。閃く雷と花、そして太刀筋が、再び蜘蛛たちとの戦いを彩っていった。

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