第14話
お上は、更衣が一体どのようにその精神を涵養したのか、非常に興味深く思われて、その由(よし)をお訊ねになった。
更衣の申しようはこうである。
“元々陸奥(むつ)にいる頃、父が空いた時間を見つけては、兄に漢籍の素読やら自己流の解釈を指導していたのを、皆が一つの部屋にいる中で自然に吸収した側面がありつつ、京(みやこ)に上がってから、ひょんなことで弟のために父がつけた家庭教師である、仙人のように歳を取った先生の教導を結局皆で受けることになって云々。さらに、自分なりに思いを深めたのである。”
そして、“のちの『皆』にはこの両名が入る”として、二人の女房が更衣からお上にご紹介された。
一人は、年の頃、更衣より六、七歳年長の寡婦であった。
この者の亡き夫は進士及第者であり、順調に官吏の道を進んでいたところが、惜しいことに、若くして亡くなってしまったことなどが、直(じき)にお上のお耳に入って行った。
一見、寂しげな印象を否定出来ないものの、それを押し返すだけの精神力と学識、見識を自ら鼓舞して、なお落ち着き払っているといった風情の、いわば、更衣の姉、もしくは、母代わりのように思われる佇まいである。
実際、この者は、更衣のお側での後見役と期待されて、大納言家や実家から宮中に差し向けられたのである。
のちに、お上は、この者の見識をもお試しになったのであった。
その言うよう、
「およそ、唐土(もろこし)の人の思う様は、とても邦家(我が国)の人々のそれに似ず、大胆に過ぎる嫌いがありますものを、一面では、これでは永遠に殻を破ることなど叶わないのではありますまいかとぞ、時々覚えるのでございます。」
お上は、これをお聞きになり、一時(いっとき)公孫龍※のことなどを頭にお浮かべになったりもされた。
※中国古代の思想家(詭弁家)
次に、少し毛色の違う女房が、更衣からお上にご紹介された。
「毛色の違う」というのは、のちにお上がお気づきになるこの者のものの捉えようをも含めてであるが、その時は、まずこの者の外貌をこそいうのである。
見慣れない顔つきの少女であった。
更衣の言うには、彼女が幼い時より姉妹同然に育ってきた者で、よく聞けば、父は元廷臣であり、母は胡族であるとのことである。
元宮廷の人間が何ゆえ陸奥の地にあり、胡族の娘を娶ったのかについては、さすがにこの時、突っ込んだやり取りはされなかった。
この者に関しても、お上は、恰(あたか)も冗談交じりにご下問に及ぶということが、後々(あとあと)あったのである。
かの者の曰く、
「大学(篇)なるものは孔子の言と致しましては、兎角(とかく)疑わしくもありますが、その道を求めんとする者にとりましては、『意気』を整えますのに、非常に有効的でございまして、徒(あだ)や疎(おろそ)かにされてよいというものではございませぬ。」
お上は、これをお聞きになって、“なんとまあ、こしゃくな”とも思われ、一方で“面白い”ともお感じになったのである。
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