第9話
弘徽殿女御のお腹からは、二男一女がお生まれである。
長男である三の宮は、性温良で、ご学識もまずまず、決して帝王の器ではないとは言えなかった。
ところが、四の宮は、まだとてもお若いに関わらず、前途が大変不安視されたものであった。
聡明は良いが、すこぶるそれを恃(たの)みに思い、学友はおろか、師に当たる目上の者どもをもすぐに侮って憚らなかった。
お上も、これを不祥に思われて、幾度か陰に陽に若宮をお諭(さと)しになるのであったが、一向に改悛の兆しは見られなかった。
況して、若宮の目下への傍若無人、かつ、鳥獣類に対する殺生のお振る舞いは、“もはや、将来皇位に即くべきではない”と、彼について、『一部』を除き、宮廷中の者どもに暗黙裡に願わせた訳である。
そして、お二人の母君に当たるお方は、とても虚栄心の強い人となりであったのである。
それは、“まさに父である閑院左大臣のお血筋である”と、人からは思われたのである。
その上、嫉妬心も旺盛で、自分よりも出自の劣る妃嬪などがお上のご寵愛を受けるなど考えただけで、居ても立ってもいられないご性分であったのである。
いまだ中宮が後宮におありの頃は、表立って明かさなかった訳であるが、彼女の中宮に対する嫉視こそが、群を抜いて激しかったことは、宮廷中、誰一人知らぬ者は無かったのである。
彼女一人を除いて。
そして、図らずも中宮が宮殿を去ると見るや、誰の目にも、その欣喜雀躍ぶりは明らかであった。
彼女は、てっきり自分が藤壺※に入るものと思っていた。
※後宮で最も格の高い御殿
中宮の後釜として。
ところが、その地位も、住まいも以前同様であるよう、お上は取り計らわれた。
女御としては、そのお沙汰が、もっと“色良く”変更されるべきことを、口には出さないが、何ごとにつけ、お上に印象付けようと、その都度、その都度腐心するのではあった。
傍目(はため)には、その必要が、大して(そこまで)斟酌されるべきものには当たらぬと思われたのであるけれども、弘徽殿女御は、それに執着するのであった。
このような話しばかりは、何も彼女に限らないと言えば、ご立腹の女性(にょしょう)方も立ち現れるやもしれない。
とにかく、弘徽殿女御なるお方は、自我への強烈な偏執ぶりの一方で、思慮がまことに足らず、また、人並みに情趣を解することの不得手な者ゆえ、口には出されないが、少なくとも、後宮において立派に皆の鼻つまみ者であったのである。
そのような人物が、今や、後宮の押しも押されぬ第一人者であるということは、まさに政治の為せる業であった訳である。
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