第3話

先のような日々が三度ほど続いたのち、この度は、宿直(とのい)をも務めることになった。


またしても、平侍従殿との取り合わせであった。


そして、この日は、いつもよりも早めに出仕するよう、平侍従からは申しつけられていた。


いつも、家春は、新参者として、なるべく早めに出仕するよう、心懸けていたつもりであった。


ところが、その都度、先輩に先を越されていた。


すなわち、平侍従にである。


家春は、常に、彼に対して恐縮の意を保たざるを得なかった。


とはいうものの、平侍従からは、それに関して、これといった咎(とが)め立ては起こらず、二人の間でその件を特に議すということはなかったのである。


ふと、家春は考えた。


“平殿はお邸にお戻りにはならないのであろうか。


いや、そんなことはあるまい。”


そして、今日も、平侍従は御曹司の中で端座しながら、後輩を待ち構えるといった有り様(よう)であったのである。


家春は、とてもばつの悪い思いで入室した。





平侍従は、鷹揚に家春の出仕を認めたあと、頃合いを見計らって、つまり、彼の様子が、落ち着きかけたと見るや、口を切り出した。


「これはこれは、藤原殿はいつも端正なお顔に、ご立派な風采をしておられる。身供(みども)は恥じ入るばかりでしかございませぬ。」


そう言って、微笑みながら、彼の顔(かんばせ)を下から覗き見る体(てい)の平侍従に対して、家春は、どう返答してよいものか、一瞬の間窮していると、平侍従の方が話しの接ぎ穂を差し出した。


平侍従は、急に改まった様子で話し始めた。


「当然、貴殿も、侍従が御前で宿直を務めることの内に、その、大切なお役目をも果たさねばならぬことは重々承知かとも存ずるが、それについて、肝要なことを、今厳に貴殿に申し渡しておこうと私は存ずるのである。」


これは、つまり、お上のご寝所に妃嬪がお入りになる際、侍従が不測の事態に備えて、お傍(そば)に侍り居ることについての改まったお諭(さと)しである。


平侍従によると、これは侍従が二名、それに、妃嬪付きの女房一名、また、お湯殿上(ゆどのうえ)の女官一名を混じえた計四名が、おもに当たるのだということである。


侍従は、常にお上のお体の安危について心を致すのが本分であり、女房達は、妃嬪の身の上につき配慮することもさりながら、お上のお相手がよからぬお願いをお上に請っていまいか確認するお務め、そして、のちのちの“照合”のためにもその場に居合わせているのだと、平侍従は家春に語った。


特に、最後が重要で、女房の間で“一方”の意見がたやすく罷り通らぬよう、各所から、別々にこのために遣わされていると考えてよいとも、平侍従は言っていた。


そして、侍従どもは、女房からやや離れて御寝所に背を向けて侍るべし。


女房どももそのよう(*背を向けて侍る)であるが、彼女達よりも少しくご寝所から遠ざかってあるべし。


さようなことが、平侍従から家春に申しつけられた。


また、お伽(とぎ)の番に際しては、極力物音は立てぬよう、致し方ない場合でも、せいぜい努力して静寂に差し障りなきようとのことであった。


無論、不要な折に声を出すだのもってのほかに相違ないとも。

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