第2話
家春が、御曹司(みぞうし)の戸を押し開けると、ただ、平侍従のみがそこに居た。
家春は、挨拶を済まし、なおかつ、以後のご指導ご鞭撻のほどをひらに請うた。
平侍従は、はじめに、家春の恭(うやうや)しさを嘉賞し、また、後続の者の指導は先にこの職にある者の大切な使命であると、持って回して説いたあと、それは自分にとり、大変な喜びであるともつけ加えた。
さて、彼ら達が御前(ごぜん)に上がり、源氏の侍従お一方と清原侍従とに混ざって、お務めを始めるや、最前の説明に添う形で、大体二人一組でお上のお手助けを図った。
とはいうものの、実際は、彼らよりも数段低い身分の舎人(とねり)やら、采女(うねめ)、女嬬(にょじゅ)、それに内侍司(ないしの
つかさ)の者などがよく立ち回って、何事も進められた。
いわば、侍従というのは、“そういった事どもの差配であり、監督であり、重しでもあって、彼ら(侍従)の目に、下々の姿が気にならなければ気にならないほど、その者は職に馴染んでいる”というのが、平侍従のご説だった。
それにしても、家春は、清涼殿に上がる前に一通り「裏」を平侍従に案内(あない)された折、“結構な者どもが陰に潜んでいるものである”、と驚いた。
それが、晴れの御座所では、確かに“水を打った”ようなのである。
だからといって、人数(ひとかず)が少ないとも限らないのは、本当である。
“先ず、侍従の『目(神経)』以前のことが、そこには横たわっているのだ”と、家春は、身の引き締まる思いで、これを目にしていた。
そうこうする内に、彼は、もう二人の侍従が、いつの間にか御前を罷(まか)り出でていたことに、ようやく気がついた。
それからのち、家春と平侍従は、お上のお申しつけがあろうとなかろうと、御(み)心によく添い得るよう、とり澄ました表情をしつつ、細心の注意を払っていた。
そんな際、平侍従が、よく家春を先導した。
家春には、気のせいか、別の一組の侍従達が御前に侍っている時に増して、先達(せんだつ)が、敏感に彼に気を配っているや、に思われた。
それは、当然といえば、当然である。
今、御前には、たった二人の侍従しか居らない内、一人は着任早々で、何かの折に、失態や粗相をしでかさないとも限らない。
彼の相方であり、指導役でもある平侍従が、気が気でないのは、もっともである。
家春は、改めて、彼の善意を了とし、また、彼の立場がなくなることのなきよう、自分を心で叱咤激励するのであった。
それから、家春は進んで、平侍従と呼吸を合わすように心掛けた。
平侍従は、平侍従で、これを、“感心なことよ”といった風情で、目を細めながら、多少口元に笑みを湛(たた)えつつ、何度も横目で眺め見るのであった。
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