第11話 幽霊のあるべき姿。

「この夏休みの記憶を失いたくない。無くしたくない……」

衝撃的な始まり方ではあるが、話は少し遡り、僕と渚さんがサクラと遭遇した場面。


「光来君、一つ話さないといけない事があるの」

「話さないといけない事……ですか?」

「うん」


渚さんは、とても深刻そうな顔をして僕に言った。

僕の頭の中は、何故サクラには渚さんが見えているのか、何故渚さんが深刻な顔をしているのか、という事でいっぱいだった。


渚さんの深刻な顔に関しては、少し考えれば分かる事なのだけれど、それ以上にサクラの事で驚きすぎていて、そこまで思考が追い付いていないのだ。

何故、サクラには見えているのか。何故、サクラ見えているのか。


僕にはさっぱりわからない。


「私も、話さないといけない事がある」

「サクラも……?」

「うん」


まさかの、サクラまでもが話があると言い出した。

一体、2人からどんな話をされるのか、僕はすでに心臓がバクバクだった。

ちなみに、告白されるのでは?みたいなバクバクではない。

ただただ、これから話される事に対して、僕自身が理解し、把握し、納得し、受け入れる事が出来るかどうか、という不安のバクバクである。


「じゃあ、僕の家に行くか」


僕たちは、街灯の無い公園を後にし、大通りへと出た。

その大通りから家まではすぐで、5分も掛からないくらいで家に着いた。


「なんだか緊張する」

「いや、結婚の挨拶とかじゃないんですから、そんなに緊張しないでください」

そんなに緊張されたら、こっちまで緊張してしまう。


「私もなんだか――」

「いや、言わせねーぞ?」

サクラのボケに関しては、いち早く対処し、僕は家の扉を開けた。


「お兄ちゃん?こんな時間まで何してたの?」

扉を開けた先には、妹の楓が頬を膨らませながら立っていた。


「いや、その……」

「ていうか、その女性は一体何?」

「?!」

楓は今、確かに女性と言った。僕の聞き間違いで無ければ言ったはずだ。

「楓、今女性たちって言ったか?」

「うん。だってお兄ちゃん、女の人2人連れて帰って来てるじゃん」


増々、状況が掴めなくなってきた。

サクラだけではなく、楓までもが渚さんの事が見えているというのだ。

幽霊の渚さんの事が。


「楓も一緒に俺の部屋に来てくれ」

「え?何いきなり。なんで私がお兄ちゃんの部屋に行かなきゃいけないの?」

「いいから来い!」


僕は無理やり楓を部屋に連れ込み、話を聞くように促した。

初めは嫌がっていたが、条件を付けると、大人しく言うことを聞いてくれた。

条件というのは、デートをする事だった。


「じゃあ、渚さんの話から聞かせてください」

「わかった」


僕は、毎度同じように生唾を飲み込んだ。


「私の事が見える人達には、ある条件があるの」

「条件?」

ある条件とはいったい何なのだろうか。少し考えはしたものの、全く分からなかった。

「ちょっと待ってよ。見えるって何?渚さん?はここにいるじゃん。なんで幽霊みたいな扱いになってるの?」

「サクラ、渚さんは幽霊なんだよ」

「え?!」

「え?!」


僕は素直に言った。隠す意味はないし、話さない意味もない。

だって、サクラと楓にも渚さんの事が見えているのだから。

「続きを話してもいいかな?」

「お願いします」

渚さんは改めて話し出す。

「さっき言った条件なんだけど、正確にはその素質があるって言った方が正しいかもしれない」

「素質?」

「うん。幽霊を見る事ができる素質。この世の言葉でいうなら、霊感のある人の事。そういう人にしか私の事を見る事は出来ないの。小雪ちゃんには霊感が無かった。幽霊を見る素質が無かったんだと思う」


要約するに、僕と楓、それにサクラには霊感があったという事だ。強いて言うなら、小雪ちゃんのお母さんにも霊感があったという事になる。

しかし、小雪ちゃんは、その血を引いているけれど、霊感は遺伝しなかったという事になる。


ただ、霊感なんてものは無い方がいいと僕は思う。霊というのは、基本人間に悪さをしたりするものだ。渚さんのような例が稀なのだ。

そんな存在を感じたり、見えてしまったりするのだから、霊感なんてものは無い方がいい。

しかし、霊感は遺伝したり、知らぬ間にあるという事が多い。

僕たちは後者だ。今までの人生で霊感があるなんて思った事もないし、無縁のものだと思っていたのだから。


「私はこの世に存在する事の出来ない存在。でも、光来君に見つけてもらった事で、存在する事が出来ている。でも、いずれ私は姿を消す。そして、私と関わった人たちの記憶の中から消えてしまう。私の記憶からもみんなの事が消える。それが私。幽霊である私の未来」


僕は驚かない。すべて知っているから。理解しているから。

今後どんな未来が、結末が待っているのかを理解し、覚悟しているから。

僕が初めて渚さんを見た日、あの日から僕の未来と渚さんの未来は決定されていた。

この世の誰でもない、何かに。

そんな敷かれたレールの上を、僕と渚さんは歩いていただけなのだ。


「でも………」

すると、渚さんは前のめりになりながら発する。

「未来が決まっていても、敷かれたレールの上を歩いていても、私は光来君の事を好きになった。それが決められていた事だとしても、この夏休みの記憶を失いたくない。無くしたくない……」

彼女は、渚さんは大粒の涙を流しながら言った。


幽霊にも心はある。勝手に無いと思っているだけで、実はある。

彼女が証明してくれた。



『無き心は時と共に色好きだす。黒、白、赤、青。何色に染まるかは己次第。己が歩む人生が決めてくれる。故に霊とは透明なのだ。何色にでも染まるのだ』



「渚さん、大丈夫。僕たちは渚さんの事を忘れません。絶対に」

「私は今日初めて会ったけど、なんだか他人事には思えなかった。私も渚さんの事は忘れませんよ!」

「私もです。妹として、お兄ちゃんの彼女さんである渚さんの事を忘れるわけないです!」

「みんな………」


初めて会った人でさえ、そう思ってしまうのだ。思わされるのだ。

彼女には、不思議な力があるのかもしれない。


「渚さん、未来が決まっていても、変える事は出来るはずです。だからその気持ちを大切にしてください」

「うん……」


渚さんはその場で泣き崩れ、話し合いも終わった。


「あれ、サクラも何か話したい事があったんじゃ?」

「え、いや、渚さんの話が凄すぎて、なんか話せないというか、なんというか……」

「いいから話せ!」

僕は少しイラっとし、怒り口調で言った。

実際、怒っている訳ではないけれど。

「わかった。言うから……」

サクラは、少し間を開けてから話し始めた。

「さっきはごめん」

「ん?!」

一瞬、時空が飛んだかと言わんばかりの沈黙の時間が流れた。

サクラ以外のみんなが、頭の上でクエスチョンマークを浮かべたのだ。


「何言ってんだ。急に」

「は?光来をプチ同窓会に連れて行った事に謝ってるんでしょ?私あの後どんだけ反省したと思ってるの!」

「あ、あはは。そんな事もあったな……」

やっべ。すっかり忘れていた。渚さんと会えた事や、渚さんの話があったせいで、ほんの数時間前に起きた出来事の事をすっかり忘れていた。

これは雷が落ちるに違いない。


「はぁ。そんな事だとは思った。光来はすぐ忘れるから」

「あはは。すまん」


雷が落ちるのは免れたようだ。


「話も終わった事だし、今日はみんなでご飯を食べましょう!私が作りますね!」

「お、楓のご飯久しぶりだな!」

「私も久しぶりかも!」

「じゃあ、私もお言葉に甘えて」


こうして、突如始まった話し合いは幕を閉じた。


「未来を変えられるのなら、嘘はつかなくていいんだよな……」

僕はヒトリゴトを残し、みんなの待つ食卓へと向かった。


しかし、僕たちはまだ知らない。

未来など変えられる訳がない事を。


絶望し、失望し、変える事も出来ない未来にす縋らなければいけない事を。

結末が待っていることを。



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