第10話 幼馴染と彼女と。

昨日の一件があってから、僕は一睡も出来ていなかった。

渚さんの前では冷静を装っていたものの、ある程度自分の中で覚悟していたものの、真実を知り、受け入れるのには時間が掛かる。


僕はそんなに強くない。逞しくもない。頼もしくもない。男らしくもない。

僕は弱虫で、意気地なしで、根性なしだ。

大切な人を笑顔にする事すら出来ない、ちっぽけな男だ。


どうしたら彼女を幸せにできる。どうしたら彼女を悲しませないで済む。

どうしたら――

僕はそんな事をずっと考えていた。

故に一睡も出来ず、知らぬ間に朝を迎えていた。


セミが鳴き、鳴き止み、一週間という短い寿命に終わりを迎える。

セミは、一週間でやり残した事は無いのだろうか。

後悔した事は無いのだろうか。

悲しい気持ちになった事があったのだろうか。

一週間という短い期間で、何を得て、何を失ってきたのか。


それは、その人生を、生きる道を歩んだものにしか分からない。


僕と渚さんにしか分からない、夏の道なのだ。


ピンポーン。

突然僕の家のインターホンが鳴る。

「また小雪ちゃんじゃ……」

ガチャ。

「光来!ちょっと付き合いなさい!」

扉を開けた先にいたのは、僕の幼馴染であるサクラが立っていた。

「なんでサクラが僕の家の前にいるんだ」

「普段なら消えている電気が、昨日から今日の朝型に掛けてずっと付きっぱなしだったんだから、少しは気になるでしょ!」

そういえば、考え事のせいで寝ていなかったのだった。当然、電気も消えている訳がない。

「で、何の用なんだ?」

「用とかではないけど、いいから付いてきて!」

サクラはそう言って僕の手を掴み、今にも走り出しそうになっていた。

「ちょ、ちょっと待て!せめて着替えさせろ!」

僕は、今にも走り出しそうだったサクラを止め、いったん自分の部屋へと戻った。

「一体何なんだ……」


サクラが何の用もなく、急に僕の家を訪れたのには何かしらの理由があっての事だと思う。

けれど、その理由が全く読めない。

僕がサクラに対して何か仕出かした訳でもないし、何か恩返しをしてもらうような事もしていない。

本当に謎だ。


「で、どこに行くんだよ」

「それはついてからのお楽しみという事で!」


サクラは、何故か行先を教えようとはせず、僕はただただ、サクラに付いていく事しか出来なかった。


夏は嫌いだ。

暑い。暑い。暑い。暑い。ただひたすらに暑い。さんな毎日が3か月近く続くのだから、好きになれる訳がない。何故なら、僕は暑いのが苦手だからだ。


冬に関しては、どれだけ寒くなったたとしても、マイナスを下回る所は北海道や東北地方なのだから、僕が住んでいる場所で冬を迎えたとしても、着こんだりカイロを使えば問題はない。

しかし、夏は何処にいても暑い。北海道は、多少涼しいかもしれないけれど、最近の異常気象により、北海道ですら暑くなってきている。

夏は、薄着は出来ても裸にはなれない。故に、外で涼しさを保つ事は困難なのだ。


そんな真夏の日に、僕は全力疾走をしている。

額、顔、体から汗を吹き出しながら走っている。

少しくらい目の前の女に殺意を覚えてもいいだろうか。神様は許してくれるだろうか。

いや、許してくれるはずだ。

よし、一度殺してしまおう。

と、僕がそんな事を考えている矢先、サクラが急に止まりこう発した。

「着いたよ!」

「……ハァ、ハァ、ハァ……」


これまでもかと言わんばかりに走らされた僕は、返事が出来る訳もなく、アスファルトに汗をポタポタと垂らしながら、軽く相槌を打った。


「さぁ、入るよ!」

「……ハァ、ハァ……おう」

さっきまでよりは呼吸も整い、軽く返事をするくらいは出来るようになった。


「ここはどこなんだ?」

僕は、この場所を知らない。

恐らく、近所ではない事は確かだ。

「ここは……ってそんな事はいいから、早く!」

サクラは、最後まで何も教えてくれる事は無く、僕の手を引き、ある店へと入った。


「お待たせ!」

「遅かったじゃねーか!何してたんだよ!

「ちょっとね」


勘の鈍い僕でも、この状況は理解できた。

だって、中学の時同じクラスだった奴らが目の前にいるのだから。


「あれ?なんか見覚えあると思ったら、光来じゃね?」

「…………」

こいつは中学3年の時、同じクラスだった神風風魔。

クラスのリーダー格だった男だ。

「てっきり来ねーかと思ったけど、あの陰キャ光来君が来てくれるなんて、俺超嬉しいわ」

これは素直に喜んでいるのではない。

僕がこの場に来た事によって、場を盛り上げるが増えた事に対して喜んでいるのだろう。

こいつは、神風という男はそういう奴だ。


周りの人間を駒としか見ていない。自分のために動く駒としか。


僕が中学3年の時、クラスではいじめが起こっていた。

ある女の子が、神風をリーダーとするグループに、酷いいじめを受けていたのだ。

しかし、周りは見て見ぬふり。「やめなよ」という簡単な言葉ですら、出せないのだ。出てこないのだ。

それがいじめだ。

皆、口をはさみ、いじめられている子を助ける事で、今度は自分がいじめられると分かっているから何もできない。何もしようとしない。

何も変えようとしない。

しかし、僕は違った。神風の事はどうでもよかったし、いじめられている子の事もどうでもよかった。

ただ、理不尽に傷つけられている人がいる事に対して、憎悪を覚えた。怒りを覚えた。

僕は席を立ち、神風の方へと歩み寄った。

「おい、その手離したらどう?」

「あ?なんだお前。陰キャが出しゃばって来てんじゃねーよ」

その瞬間僕は、無意識に神風の胸ぐらを掴んでいた。

しかし、その後の記憶は全くない。

何が起き、どうなったのか、僕は全く知らない。


そして、いじめのターゲットは僕になっていた。


「今日はどんな面白い事してくれんだ?光来君よ?」

「……………」

僕は何も返すことが出来なかった。


「あ、ちょっとお手洗い行ってくるね……光来、行くよ」

僕はサクラに連れられ、一度店の外に出た。


「どういうことだよ……なんで僕をここに連れてきた……」

「中学の時は仲良くできなかったけど、お互い高校生になったから仲良くできるかなと思って……」

「余計なお世話なんだよ……誰が行きたいって言った。誰が連れて行って欲しいなんて言った。もうあいつらとは関わりたくないんだよ」

「でも――」

「でももくそ無い。僕は帰る」

「光来………」


僕は、サクラを残し店を後にした。


一人、トボトボと街頭の無い道を、後悔を思いながら歩いてゆく。

先のサクラの行動は、思いやりか、お節介か、はたまた嫌がらせか。

最後のは無いにしろ、少し言い過ぎた。

僕は反省していた。


「光来君?」

そこに、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「その声は、渚さん?」

僕は、勢いよく振り向いた。

僕の後ろに立っていたのは、案の定渚さんだった。

「こんな所で何してるんですか?」

「光来君を探してたんだよ。連絡しても返事がないし、家に行ったら誰もいないし。ずっと探してたんだからね」

そういえば、急いで家を出てきたので、スマホを家に忘れてきていた。


「すみません……」

「いいよ。光来君が無事だったし」

無事、では無いのかもしれないけれど、渚さんには何も言わなかった。


「少し散歩しよっか」

「はい」


僕と渚さんは、近くの公園へ行き、話しながら歩いた。


「今日は綺麗な満月だね」

「そうですね。こんなに綺麗に見えたのいつぶりですかね」

「私は……」

「渚さん?」

「ううん、何でもない」


渚さんが満月を見たのは、今日が初めてなのかもしれない。

夏休みの間しか、生きることが出来ないのだから。


僕と渚さんは、夜空を見上げながら他愛もない会話をしていた。


「光来……?」

「?!」

僕の後ろから話しかけてきたのは、息を切らしたサクラだった。


「その人は、誰?」

「?!」

サクラはそう言って、僕の横に立っていた渚さんを指さした。

「サクラ、お前渚さんが見えてるのか?」

「うん。当たり前でしょ?何意味わかんないこと言ってるの?」


小雪ちゃんには見えていなかった渚さんが、サクラには見えていた。

僕にしか見えないと思っていた渚さんが、サクラには見えていたのだ。


謎は深まるばかり。

一体何故、サクラには渚さんの事が見えているのか。


「光来君、一つ話さないといけない事があるの」


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