第9話 夏の幽霊。
「『夏の幽霊』って聞いたことありますか?」
その言葉は聞いた事があるようでない。ないようである言葉だった。
正確には、別の言葉で聞いた事があるが正解だ。
『夏限定の幽霊』夏しか存在する事の出来ない幽霊。
それはすなわち、渚さんの事だ。
「聞いた事は……ない」
「じゃあ、教えてあげます。『夏の幽霊』について」
ゴクッ。
僕は、生唾を飲み込む。
「これは30年前、私のお母様が実際に体験した話です。その当時、お母様は光来君と同じ高校生でした。お母様は、昔から人と接する事が苦手で、友達もほとんどいませんでした。そんなある日、一人の男性に目を奪われたそうです。それは人間ではなく、幽霊だったそうです」
「…………」
ここまでの話で僕が分かる事は、小雪ちゃんのお母さんと僕は似ていたという事。
そして、一人の人間ならぬ幽霊に出会っている事。
「そして、私のお母様は、その男性に恋をしました。そして、その恋は実り、交際がスタートしました。これまで恋などした事が無かったお母様からすれば、毎日が新鮮そのもの。飽きる事もなく、どんどん男性に釘付けになっていきました。しかし、そんな幸せな日々に突然、終わりが訪れるんです。それは――」
ガシャンッ。
話の途中、それも終盤、渚さんは顔を下に向け、無言でその場から立ち去ってしまったのだ。
「すまん、この話はまた今度聞かせてくれ」
僕は、小雪ちゃんをその場に残し、渚さんを追いかけた。
「光来君も、お母様と同じなんですね……」
小雪ちゃんのその言葉は、無我夢中で渚さんを追いかけようとする僕には聞こえなかった。
「ハァ、ハァ。渚さん、どこ行ったんだ?」
僕は、ショッピングモールを隅から隅まで探した。
しかし、渚さんの姿はどこにもなかった。
僕は、ショーピングモールの外に出たんじゃないかと思い、近くの浜辺を探す事にした。
すると、浜辺で夕日の明かりに照らされながら、泣き崩れている一人の女性がいた。渚さんだ。
「こんな所にいたんですね。探しましたよ」
「…………」
僕がいくら声を掛けても、渚さんは返事をしてくれない。
「僕は、この先どんな運命が待っていても渚さんの事は見捨てません」
「?!」
その瞬間、渚さんは泣き止み、僕の方へ振り向いた。
「だって、僕は渚さんの事が大好きですから」
僕のその言葉を聞き、渚さんは再び泣き出してしまった。
そんな渚さんを、僕は優しく抱きしめる。
『夏の幽霊』
人と関わる事を苦手とする人間の前に現れ、恋に落とす。
夏の間しか生きる事は出来ないが、人間に人と関わる事の楽しさ、大切さを教え、構成させる。自らの命、魂と引き換えに。
そして、一夏の間の記憶は残る事無く、すべて消えてしまう。
幽霊も望んで行っている訳ではない。命を受け、行っているに過ぎない。
故に、無い心のどこかで罪悪感を覚えているのかもしれない。
出会わなければ、お互い悲しい想いをする事は無いのだから。
出会わなければ、お互い傷つく事は無いのだから。
幽霊と人間。共存したくても出来ない存在。
火と油のようなものだ。
火と油、共に水に流され消えていく。記憶が水に流され、消えていくように。
「渚さん、今日は帰りましょう」
「うん……」
僕は、渚さんの手を取り、夕日が沈みつつある浜辺を歩き始める。
「夏休み、あと二週間ですね。いっぱい思いで作りましょうね!」
「うん……」
僕は、理解している。
小雪ちゃんに最後まで聞いた訳でも、渚さん本人から聞いた訳でもないけれど、これくらいなら僕にも分かる。
いずれ別れの時が来る事。そして、この夏休みの記憶が消えてしまう事を。
僕は覚悟を決め、その日へと歩みを寄せる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき。
第9話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、渚さんが光来の前に現れた本当の理由、そして最後にどうなるのか明らかになりました。
しかし、物語はここから盛り上がります!
幼馴染や小雪ちゃん。そして新キャラ登場?
お楽しみに!
では、皆様からの応援コメント、♡、辛口、甘口レビューお待ちしております!
次回、幼馴染と彼女と。
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