第6話 僕と許嫁。

僕の彼女は幽霊である。

幽霊とは言ったものの、皆が思っているような幽霊とは少し違う。

足は透けておらず、実態がある。それに、人に危害を加えたり、取り憑いたりもしない。

善良な幽霊なのだ。

しかし、彼女は夏休みの間しかこの世に存在する事が出来ないのだ。

言うなれば、期限付きの幽霊。

もっと言うと、レンタル彼女ならぬレンタル幽霊だ。


少し複雑な気持ちにはなるが、僕は彼女と、夏色渚さんと付き合う事を決意した。


僕にとって、初のデートから2日が経ったある日、僕の家に一人の女の子がやってきた。

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

「こんな朝っぱらから誰だよ、何回もインターホン鳴らす奴は」

インターホンの音は鳴りやむ事無く、僕が玄関の扉を開けるまで、ずっと鳴っていた。

実に迷惑な話だ。平日ならまだしも、今は夏休み。昼頃までゆっくり寝れるというのに、そんな事お構いなしで、朝っぱらからインターホンを鳴らして来る奴は、頭がおかしいとしか思えない。

正直出たくはなかったが、それはそれで、インターホンの音が鳴りやまないのではと思い、僕は渋々出る事にした。


「はい、はい。どちらさんですか~?」

「うちと付き合ってください!」

「は~~~~?」


彼女の言葉で、眠気が一気に吹っ飛び、今ならどんな難問でも解けるくらいには、頭が冴えている気がする。

と、そんな事よりもだ。僕の目の前に現れたこの女の子は、一体何者なのだろうか。

彼女とは、一切面識が無いようにも思えるが、もしかすると、僕が忘れてしまっているだけなのかもとも思った。

しかし、僕の記憶をいくら遡ったところで、目の前の女の子に覚えはない。

本当に誰なのだろうか。


「あの~誰ですか?」

僕は単刀直入に聞いた。

「あ、自己紹介がまだでしたね!初めまして。うちの名前は、冬空小雪と言います。北海道からあなたに会いにここまで来ました!」

「ほ、北海道から?!」

「はい!」


面識がないというのは間違っていなかったものの、彼女は、一方的に僕の事を知り、僕に会う為、わざわざ北海道から来たという。

正直怖い。かなり怖い。

しかし、わざわざ東京に来たのにも関わらず、いきなり追い返すというのも僕の良心が痛む。

という事で、詳しい事を聞くために、彼女を家に上げる事にした。

妹には内緒で……。


「いきなり家に入れて貰えるなんて、うち、超嬉しいです!」

「いや、話を聞くためだからね?」

「ふっふん♪ふっふん♪」

ダメだ。全く僕の話を聞いていない。こんなので本当にいろいろと聞き出す事が出来るのだろうか。


「君は僕の事を知っているんだよね?」

「小雪です!小雪って呼んでください!」

「わ、分かったから。で、どうなんだよ?」

「もちろん知ってますよ!春野光来君ですよね?」

僕の名前までも知っていた。

この子は一体、どこまで知っているのだろうか。

僕の出生体重?血液型?もしかして、渚さんの事まで?

そんな事を考えていると、小雪ちゃんが再び話し出す。

「うちは光来君の許嫁なんですよ?」

「な、なに~~~?」


僕の声は、二階の一室でぐっすり眠っている妹の部屋まで聞こえただろう。

すなわち、妹が起きてしまうという事だ。


何故僕がこんなにも、妹が起きてしまう事に対し、警戒をしているのかと言うと、妹の楓は、寝起きが超悪いのだ。

以前にも今日と似たような事があったのだけれど、その時は、休日の朝っぱらに宗教の勧誘が来た事により、楓の睡眠は妨げられたのだ。その結果、楓の雷が落ち、勧誘に来たおばさんたちはビビッて逃げていった。


そのくらい楓の寝起きは悪いのだ。


「お兄ちゃん、起きてるの?うるさいんだけど」

「あ、いや。ちょっと水を零しちゃって……」

「あっそ。こっちは寝てるんだから静かにしてよね」

何とか、妹の雷が落ちるのは回避出来たようだ。


「今の妹さんですか?」

「あぁ、そうだけど……」


この発言は失言だった。

妹の雷が落ちるのを回避した事からの、気の緩みが生んだ失言だ。

何故なら、冬空小雪は僕の許嫁と言い張っている。それすなわち、今後関係が深くなるであろう親族には、挨拶をしておかなければという使命感が出てきてしまうからだ。


「小雪ちゃ――」


もう時すでに遅しだった。

僕の目の前から小雪ちゃんは消え、リビングには僕一人になっていたのだ。


「もしも~し!光来君の妹さんですか?ご挨拶に来ました!」

「あいつ!」

案の定、小雪ちゃんは、妹の部屋に向かっていた。


「うるさいなっ!私の眠りを妨げるなんていい度胸ね!」

バンッ。


僕が二階への階段を上り終えた時には、もう取り返しの付かない状況になっていた。

楓が小雪ちゃんの胸ぐらをつかみ、漫画のように振り回していたのだ。

もちろん、小雪ちゃんは気絶していた。


僕は楓に事情を話し、気絶したままの小雪ちゃんをリビングまで運び、目を覚ますのを待った。


10分くらい経った頃、ようやく小雪ちゃんが目を覚ました。


「ん……ここは……?」

「僕んちのリビングだよ」

「そうでした。光来君とお話をしていて、妹さんにも挨拶をと思い二階に行ったのですが、ゴリラのような怪力を持つ誰かに、胸ぐらを掴まれ気絶させられたんでした」


「ご、ゴリラ?」

「まぁ、まぁ。楓落ち着いて」


またいつ、楓の雷が落ちるか予測が出来ない為、僕は全神経を研ぎ澄ませた。


「で、なんで自称許嫁さんが、お兄ちゃんに会いにわざわざ北海道から来たわけ?」

「なんでって……ここでしばらくお世話になるからです!」


「「は~~~~~~?」」


僕と楓は、ハモりながら叫んだ。今度は、ご近所さんに聞こえるくらいの大声で。



僕が初々しくも初恋をした夏休みに、小さな嵐が舞い降りた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき。

第6話を読んでいただきありがとうございました!

6話では、新キャラ、小雪ちゃんが登場しました。しかも、自称許嫁!

小雪ちゃんと光来の過去には、一体何があったのか。

光来は、本当に小雪ちゃんの事を知らないのか。

次回、明らかになります!

では、皆様からの応援コメント、辛口、甘口レビュー、フォローも心からお待ちしています!


次回、過去。

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