第5話 初デート(2)

8月16日、僕は渚さんと一緒に水族館へ来ていた。

僕の人生、初のデートである。


「うわぁぁ!光来君、見て見て!チンアナゴだよ!可愛い!」

「本当に、可愛いですね」


僕は、チンアナゴを見てはしゃいでいる渚さんを見て、鼻の下を伸ばしながら言った。

決して、いやらしい事を考えていた訳ではない。ただただ、浮かれているだけなのだ。


人生初のデート。その相手が、初恋の人なのかもしれないのだから。

少しくらい浮かれても、しょうがないではないか。

そう思いながら僕は、再度、鼻の下を伸ばしながら、渚さんに見とれていた。


「ねえ、ねえ、今度はペンギン見に行こうよ!」

「そうですね!ペンギン見に行きましょうか!」


僕と渚さんは、チンアナゴエリアを後にし、ペンギンエリアへと移動した。

日曜日という事もあり、カップルや家族、友達同士で来ている人が多かった。

それすなわち、館内は混雑しているという事だ。

少しでも逸れてしまうと、いくらスマホを持っているからと言って、見つけ出すのにはかなり時間が掛かるだろう。

なので僕は、無意識に渚さんの手を握っていた。


「光来君、男らしいところもあるんだね」

「………そんな事……ないです……」


僕は、下を向いて返事をする事しか出来なかった。

何故なら、赤面しているからだ。突然慣れない事を言われると、誰しも顔が赤くなってしまうものだ。

女性に言われれば尚更である。


「光来君ってすぐ顔赤くなるよね。私の事好きなんじゃないの?」

「な、何いきなり言ってるんですか!しかもこんな所で!周りの人がこっち見てるじゃないですか!」

「私は周りの目なんて気にしないけどな。言いたい時に言う。やりたい時にやる。それが私だよ?」

「や、やりたいとき……?」


僕の脳みそは、破裂寸前だった。渚さんから発せられる言葉をすべて真に受けようとすると、脳がオーバーヒートを起こしそうになる。

どこまでが本気で、どこまでが本気ではないのか、いくら考えたところで答えは出てこない。

いや、考えても無駄なのかもしれない。

渚さんという人物は、後先考えず、思った事を口にする。これまでもそうだった。

僕と初めて出会った時も「ストーカー?」と言ってきたり、公園で話していた時には、突然告白をして来たり。

我が道を進むのが、夏色渚と言う女性なのかもしれない。


「やりたい時って言うのはちょっと言い過ぎたかな。でも、思い立ったその時に行動や言動にしなければ、後悔する気がするの。だって、人って、生きたいと思って生きている訳じゃないし、誰かに生かされている訳でもない。だから、人っていつ死ぬか分からないんだよ。死ぬのは突然なんだよ」


渚さんのその言葉には、重みがあった。説得力があった。過去にそんな経験でもしたかのような、そんな言葉だった。

重い想いほど募るばかりとは言うけれど、彼女の場合、想いが重すぎ沈むばかり。である。


ただ、僕は違う見解も立てていた。

過去にそんな経験をしたのではなく、これから起こる事なのかもしれないと。

ただの見解にすぎないが、渚さんのこれまでの発言や反応を思い返してみると、そう思わざる負えないのだ。


だって、彼女は僕に何かを隠しているのだから。

鈍感な僕でさえ分かる何かを。


僕と渚さんは、水族館を見終わり、水族館近くの浜辺で夕日を眺めていた。


「今日はありがとうね!デートしてくれて」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

なんだか少し気まずい。


「あ、渚さん飲み物いりますか?僕買ってきますよ」

「ううん。大丈夫」

増々、気まずい空気になってしまった。


「ねえ、返事聞いてもいいかな?告白の……」

「…………」

渚さんの問いに対し、僕は少し間を開けてこう言った。


「僕の答えはYESです。でも、渚さんの秘密を教えてください」

「……………」


踏み込んでいいものなのか。踏み込んだ事によって、この関係が終わるかもしれない。そんな事が脳裏を過りはしたが、僕は決意し、渚さんに聞いた。

真実を知るために。


「バレてたのか……」

「いや、正確には何を隠しているのか分からなかったです。でも、何かしらの理由があって、僕に隠し事をしているのは分かりました」

「さすが光来君だね。まぁ、バレちゃったなら仕方ないね。言うつもりはなかったけど……ちゃんと言うね」


渚さんは、その場に勢いよく立ち、僕の方を見て続けた。

「私、幽霊なの。しかも、夏休みの間しか存在する事が出来ない幽霊……」

「………」

ある程度の覚悟はしていた。していたつもりだった。

しかし、それは、僕の覚悟などすぐさま蹴散らしてしまうかのような真実だった。

僕は、硬直したまま数秒動けなかった。


「で、でも渚さんには足があるし、周りの人からも見えてるじゃないですか」

「そこが変なところで、普通の幽霊とは少し違うみたいなの。実態のある幽霊みたいな感じ……かな?」

「そんな幽霊、聞いた事無いですよ!」

僕は、渚さんと距離を取るかのような言い方をしてしまった。


「光来君、私の事嫌いになった?」

「い、いや、嫌いになんかなりませんよ……」

「よかった。私ね、光来君に会えてよかったって思ってる。正確には、私の事を見つけてくれたのが光来君でよかった、かな?光来君のおかげで、幽霊として蘇った意味を見出す事が出来た気がするの。本当にありがとう」


その言葉は、涙の匂いがした。悲しみの涙。嬉しい涙。

両方の涙の匂いがした。


「渚さん、僕と付き合ってください。僕にあなたの夏休みをください。きっと後悔はさせません」

「……はい!よろしくね」



彼女、夏色渚は幽霊だ。

何か訳があって幽霊として蘇ったのかもしれないし、何もなく蘇ったのかもしれない。

それは僕も彼女も分からない。

神のみぞ知る事なのかもしれない。


彼女は幽霊だ。夏休みの間しか生きる事が出来ない幽霊だ。

今後、何かしらの事が起こるかもしれない。それでも、僕は心に決めた。


彼女と恋人になる事を。


彼女と夏休みを一緒に過ごす事を。



僕はこの夏、夏色渚という女性に恋をした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき。

「夏の終わり、僕は君に嘘を付く。」第5話を読んでいただきありがとうございます!

第5話では、渚の秘密がついに明らかになりましたね。

まさかの幽霊でしたが、皆さんはどんな予想をしていましたか!?


今後は、幽霊である渚と光来の甘酸っぱい恋愛シーンが描かれます。たぶん……

今後二人がどうなっていくのか、温かい目で見守っていてください。


では、皆様からの応援コメント、辛口、甘口レビュー心よりお持ちしています!


次回、僕と許嫁。




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