第4話 1-3

 エレミアが用意してくれた食事を二人で食べる。薄味のスープとやや硬めのパンだけど、数日に一度残飯しか食べれなかった頃に比べれば最高の御馳走だ。


「ごめんね。こんなものしか用意できなくて」


「すごい御馳走じゃないか。温かいスープなんて何年ぶりに食べたか思い出せないよ。すごくおいしいよ。カビが生えていないパンも久しぶりだよ!」


 何かおかしい事を言っただろうか。エレミアはビックリしたように目を見開いて僕をみつめる。


「ナナシさんってやさしいんだね」


 気を遣って言っているとでも思われたろうか?


「僕のことはナナシでいいよ。十五歳らしいけど、そんなに歳は変わらないでしょ?」


「そうなんだー。あたしは十六歳だから少しお姉さんだね!あたしのこともエレミアって呼んでね!よろしくナナシ」


 と、普通に自己紹介をしてしまったが、現在の僕は無一文な上に目的も不明。ただの浮浪者と一緒の状態だ。このままここにいたら涼介君と同じヒモというやつになるのではなかろうか。


「助けてくれた上に食事までいただいちゃって。エレミア、本当にありがとう。何かお礼をしたいんだけど僕にできることって何かないかな?」


「えー。そんなの気にしなくていいのに」


「家事全般ならできるよ!というかそれくらいしかできないかも……」


 言っておいて自分のスキルのなさに絶望する。部屋には弓もあるようだし、狩りでもできればいいんだけど、残念ながらそんなことはしたことがない。


「じゃぁ、隣にある小屋の周りの雪搔きをお願いしようかな?」


「任された!」


 雪搔きもしたことがないけどね。


「じゃぁ、あたしは村に行って魔灯のお仕事してくるから、雪掻きお願いします」


「さっきも言ってたけど魔灯って?」


「魔灯知らないの?どこにでもあると思ってたけど……」


「あー。ほら、なんでここに辿り着いたかもわからない状態でさ、記憶が曖昧なんだよ」


 ただでさえ怪しい人間なのに『異世界から来ました』なんて言ったら完全にイカれてると思われるだろうと、苦し紛れの言い訳をする。


「そっか、大変だったね」


 特に追及することもなく、エレミアは優しい笑みを浮かべながら、部屋のランプを手に取る。


「見ててね。この中に魔石が入ってるの。それに、こうして魔力を流すと」


 エレミアがランプに手をかざすと、ランプの中がオレンジ色に光り出す。


ピコーン


〈パッシブスキル:魔力操作を獲得しました〉

〈アクティブスキル:属性付与を獲得しました〉

〈魔法:火属性魔法Lv1を習得しました〉


 脳内で魔法を習得したアナウンスが流れるが、そんなことよりも実際に魔法を見た感動についつい興奮してしまう。


「すごい!これが魔法!?」


「えっへん!これが魔法です!こうして魔石に付与できるのは一部の人だけなんだよ!」


 エレミアが凄いでしょ!と言わんばかりに両手を腰に当てて反り返る。仕草がいちいち可愛い。その一部の人が使えるスキルを見ただけで習得してしまった〈超吸収〉あなどれない。


「道具は外に置いてあるからね!その格好じゃ寒いだろうから、そこの箱から着れそうな服取っていいからね。それじゃ、行ってきまーす」


 改めて自分を見てみるとTシャツに下はスウェット、裸足というめちゃくちゃ怪しい格好だった。

 部屋の隅に置いてある箱には男物の服が詰まっていた。その中からシャツとズボンを拝借し着替える。少し大きいため裾と袖を捲る。ブーツはブカブカだけど紐をキツく縛って誤魔化した。そういえば初めて靴を履いたかもしれない。

 外に出ると吹雪いてはいないが、雪が降っていた。視界はわるくなく、この家が小高い丘の上にあり、降りた先には数十軒の集落も見える。

 家の外壁に立てかけてあった木のスコップを手に少し離れた小屋へと雪を掻きながら移動する。雪掻きのスキルはなかったようで、初めての労働に汗をかきながら小屋まで到達する。小屋の扉周りの雪を寄せて扉を開ける。中は薄暗く良く見えないが、入り口にランプがかけてある。


「さっきの、やってみようかな。爆発とかしないよな」


 ランプを手にした瞬間、ぞわっと何かが身体の中を蠢く。寒いときに小便をしたときのような感覚だ。総毛立つ不快な感覚はほんの一瞬だけで、すぐにランプに変化が現れエレミアが見せてくれたようにオレンジ色に光り出した。


「なんか簡単に出来ちゃったな。やっぱりMPとか減ってるのかな」


 確認のためにステータスを開くと5あったMPが4に減っていた。ランプを点けるにはMPを1消費するようだ。せっかくなので点いたランプで小屋の中を確認してみる。クワやシャベルのような農機具と……

農機具と……

何やら毛むくじゃらの黒い物体が見える。


「熊?」


 どう見ても熊だ。丸まっているけど呼吸に合わせて微かに動いているのがわかる。冬眠でもしているのだろうか?そっと出て行ったほうがいいだろう。とてもじゃないけど熊をどうにか出来る術を僕は持っていない。エレミアが帰ってきたら相談しよう。

 足音を立てないようにそっと後ずさる。こんな時は小枝とか踏みつけてしまうのだろうが、小枝は落ちてなかったはずだ。

 一歩ずつ後ろに下がって行く。ここまでに音を立てても起きなかったんだ。きっと大丈夫なはずだと自分自身に言い聞かせる。少しずつ扉に近づいていき、あと一歩で小屋から出るかというところで……。


ガシャン!


 手に持っていたランプの取手が外れて地面に落下してしまった。


「グルルルルルッ」


ピコーン


〈アクティブスキル:威嚇を獲得しました〉


 唸り声のほうを見やると眠っていたはずの熊が四つん這いの状態になって威嚇し始めていた。あーあ、死んだわ。

 たぶん熊の一撃で死ぬだろうけど、全く恐怖も感じることもなくじっと熊を見つめる。ワンパンで倒せるはずなのに熊は威嚇しているだけで何故か襲ってこない。むしろ、こっちが動く度にビクッとして怯えているようにも見える。ひょっとして、熊から獲得できたスキル〈威嚇〉が発動しているのかな?このまま回り込めば小屋から追い出せるかもしれない。


「よし、ここから追い出すからな。変な気起こさないで黙って出て行けよ」


 横から近づいて行くと、やはり怯えているようで、さっきまでの僕と同じような格好で後退りはじめる。少しずつ小屋の出口に近づいていったその時だった。


ガシャン!


 突然の大きな音に僕も熊もビクッと身体を震わせる。あと少しで小屋から追い出せるとおもったのに熊もやらかしてしまったようだ。壁にぶつかって立てかけてあった農機具を倒してしまったのだ。今度は、何を思ったのか立ち上がり、襲いかかるような体勢をとる。


「グアァァァッ!」


 恐ろしい速さで腕を振るってくるが、僕には届かない。及び腰とでもいうのだろうか。突進してくることはなく、その場で闇雲に腕を振るっていた。ただ、その威力は半端じゃなく、壁に当たれば穴が開き、爪が引っかかれば壁を抉り取る恐ろしい腕力だ。


ピコーン


〈パッシブスキル:剛腕を獲得しました〉

〈アクティブスキル:格闘(極)を獲得しました〉


      

               熊


 なんなのだ……、この人間は!


 眠りを邪魔されたと思ったら貧相な人間の子供が目の前にいた。ちょっと威嚇しただけで逃げようといていた普通の人間ではなかったのか。殺そうと思えば腕を軽く振って爪で切り裂くだけで簡単に殺せたはずだった。大抵の人間は俺の姿をみたら足が竦み、恐怖で叫びだしていた。その時の気分次第で殺すこともあれば、面倒くさい時はそのまま放置することもあった。人間なんて喰っても美味くはないからだ。眠いし今回も黙って見過ごすはずだった。


 なぜむかってくるのだ。なぜ竦まない、怯えない?!しかも、目の前にいる子供からは自分と同等以上の威圧感すら感じられる。気づけば立場は逆転して俺が追い込まれている。じりじりと後ろに下がり俺のほうが小屋から追い出される形になっている。まぁ、それでもいいだろう。こんな得体の知れない人間を相手にするくらいなら今回は俺が去ろう。それがいい。


ガシャン!


 突然の大音に俺の中の何かが弾けた。こいつは殺さなければならない。逃げることは許されない、いや、逃げ切れるはずがない。気づけば闇雲に腕を振るっていた。


 これが当たればすべてが終わる。こんな子供、一撃決まれば終わりのはずなのに当たらない、幾度となく腕を振るが掠りさえしない。俺はこの森で最強の神獣だぞ!なのに!なのにっ!足が、身体が前に出ない。なぜ、平然と表情も変えずに突っ立っている!?

 

 少しずつだが近づいている!?あと少し、あと少しで届く。


 腰が引けている一撃は普段からは考えられないほど弱々しく、情けなくなるような攻撃だが、目の前の子供を切り裂くには十分な一撃だった。


 届いた!俺の勝ちだ!



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