第3話 1-2

 肌を刺す氷のような冷たさに目を覚ました。というか雪の中に倒れていたらしい。


「ここは?どこだ?」


 その場に立ち上がり周囲を見渡すも、夜なのか辺りは真っ暗、視界は一mもないような吹雪の真っただ中ということしかわからない。死んだ後、神界でミトラとかいう神様に強制的に転移させられたという記憶がよみがえる。

 豪華オプション付きで転移……。いやいやいや、これ死ぬでしょ?


 あまりの寒さに耐えられず、ポケットに手を突っ込むとクシャっと指先に紙のようなものが触れた。悴む手でそれを取り出して中身を確認する。テレビで女子高生が折るような特殊な折り方が地味にイラつかせた。


「な、な、なんだよこれ。て、手が震えて開きにくいよ!ガチガチガチ」


 やっとの思いで開いた紙には短くこう書かれていた。


『ステータスオープンでウィンドウを開けるわ。この世界はレベルとステータスがある剣と魔法の世界よ。詳しいことはステータス画面からヘルプをみてね!死ぬなんて考えちゃだめよ!異世界生活を満喫してちょうだい(ハート)尚、この手紙は五秒後に自動消滅します』


 読み終わると手紙は派手な炎を上げて塵となる。とりあえずこうしてても凍死するだけなので手紙のとおり試してみる。


「ス、ガチガチガチ、ス、ガチガチガチ……。ステーたぶるぶぶぶぶ」


 無理だこれ。詰んだ。転移した直後に死んだ。よし、寒さも感じなくなってきたし死んでおこう。


ピコーン


〈パッシブスキル:寒冷耐性(大)を獲得しました〉

〈称号:死を恐れぬ者を獲得しました〉


 電子的なアナウンスと共に眼前にウィンドウが表示されるが、襲ってくる眠気に耐えられず意識はどんどん沈んでいった。


 パチパチと火が爆ぜる音で目を覚ました。ちゃんとベッドで眠っていたようだ。身体を起こして部屋を見渡す。


「また、死ななかったのか……」


 どこからどこまでが夢だったのか、確認するためにミトラの手紙に書かれていた内容を試してみる。


「ステータスオープン」


 目の前にウィンドウが表示される。どうやら夢ではなかったらしい。


「読めないんですけど……」


 明らかに日本語表示ではない文字列を凝視していると唐突にアナウンスが流れる。


ピコーン


〈パッシブスキル:言語理解(古代語)を獲得しました〉


 アナウンスの後、今まで理解できなかった文字が読めるようになる。


名前 :空山ナナシ

種族 :人間

状態 :正常

LV :1

HP :10

MP :5

力  :5

敏捷 :5

体力 :5

知力 :5

魔力 :5

パッシブスキル

〈寒冷耐性(大)〉〈言語理解(古代語)〉〈成長補正(極)〉〈恐怖耐性(大)〉


アクティブスキル

なし


固有スキル

〈超吸収〉〈アイテムボックス(無)〉


習得魔法

なし


称号

〈ミトラのお気に入り〉〈死を恐れぬ者〉


 なんか……。数値だけみたら普通な気がするんだけど、むしろ猫パンチで死ねそうな数値にもみえる。それぞれにヘルプメニューがあり、一つずつ確認していく。それにしてもナナシって……。


〈寒冷耐性(大)〉……寒さに対して強い耐性を得る。

〈言語理解(古代語)〉……古代語について読み書きができる。

〈成長補正(極)〉……レベル上昇の際、ステータス上昇率が通常の十倍になる。

〈恐怖耐性(大)〉……恐怖を感じにくくなる。

〈超吸収〉……スキルや魔法などを見たり体験することで容易に習得できる。

〈アイテムボックス(無)〉……アイテムを無限に収納できる。ただし、生物は収納できない。


 ゲームやアニメが好きな人間なら意味がわかるんだろうけど、僕にはさっぱりだ。試しにアイテムボックスをタッチしてみたが何も表示されなかった。これがミトラの言っていた豪華オプションなのだろうか?

 ウィンドウをタッチして暇つぶししていると、部屋に一つしかない扉が開いて少女が入ってくる。外は雪なのか身体についた雪を払っていると僕と目が合った。雪のような白い髪とすみれ色の眼にドキッとしてしまう。


「◎$♪×△¥●&?#$!」


 少女は嬉しそうに話しかけてくるが、何を言っているのかわからなかった。


「えっと、あのー」


ピコーン


〈パッシブスキル:アスタット王国共通語を獲得しました〉


「雪の中で倒れてたんですよー。ダメですよ?そんな軽装で歩いてたら死んじゃいますよ?」


 おぉ。どうやら言葉を覚えたらしい。アナウンスの後、急に言葉が理解できるようになった。


「キミが助けてくれたの?」


 話せるか自信はなかったが、同じ言語で話すことができた。


「うん、すぐそこに倒れてたから重かったけど頑張って運んできたの。あたしはエレミア!あなたの名前は?」


 エレミアと名乗った少女は僕に近づくと、目をキラキラさせて名前を訊ねてくる。


「僕は……、空山……ナナシ」


 これを名前と呼んでいいものなのか疑問に思ったが、それ以外に名乗れる名前がないのでステータス画面表示のまま名乗った。


「そらやまななし?変な名前ー」


「あ、一応空山が苗字で名前がナナシかな?」


「へー。あんまり聞かない名前だけど貴族か、いいところのお坊ちゃま?」


「ううん。全然だよ。むしろ貧しい家の出かな?両親もいないし」


「へー。じゃ、あたしと同じね!あたしも独りぼっちなの。おじいちゃんがいたけど去年死んじゃったし」


 そう言って髪を耳にかけるしぐさで初めて気づく。


「キミ、耳が長いんだね……」


「え?あー、えっと。あたしエルフだから、エルフは嫌い?」


「あ、気に障ったならごめん、僕、初めて見たから。別に嫌いとかそんなことはないよ!むしろ好きだから!あ、なに言ってるんだろ」


 必死になってバタバタと手を振るのが可笑しかったのかエレミアはクスッと笑う。それが可愛いのなんのって……。普通に生きてたらこういうのにドキドキしたり恋したりするのかな。家から出たことはなかったけど、日中は一人で過ごしてたからアニメなんかはよく観ていた。エレミアの耳はアニメに出てくるエルフそのものだ。


「ありがと、初めて言われたよ。みんなエルフが嫌いだから」


 その時、ドンドンと扉を叩く音で二人とも跳ね上がった。エレミアが返事を返そうとする間もなく勢いよく扉が開け放たれ恰幅のいいおばさんがズカズカと入ってくる。開けたドアは閉めろよ……。そんなことしたら涼介君に十回は殴られてるぞ。


「エレミア!」


 おばさんは鬼のような形相でエレミアを睨みつける。


「スベタさん。どうかしましたか?」


 おばさんの形相にエレミアも恐る恐るといった様子で答える。


「あんた!昨日、うちの前の魔灯を点け忘れただろ!おかげで客が入らなかったんだよ!どう責任とるんだい!?」


「あたし、ちゃんと点けました。昨日は吹雪だったからそれでお客さんが入らなかったんじゃ……」


「口答えするんじゃないよ!昨日のお客が入らなかった分、銀貨一枚よこしな!」


ピコーン


〈アクティブスキル:恫喝を獲得しました〉


 カツアゲだ。大の大人が少女をカツアゲをしている。胸糞わるい。しょうもないスキルも拾ってしまった。


「何の店か知らねぇけど、誰もテメェの店に行きたくねぇんじゃねぇのか」


 あ、またやってしまった。思ったことがついつい口に出てしまう悪い癖が……。これで何度涼介君に殴られたか、そういえば死んだ原因もこれだった。


「ああ!?なんか言ったかい!?あんた誰だい!?」


 よかった、ちゃんと聞こえてなかったみたいだ。エレミアには聞こえてたらしくギョッとした表情を慌てて何かをスベタに渡す。


「スベタさんっ!これでいいですか!」


「最初からそうしときゃいいんだよ!大体なんだい!?あの黒髪の男は!?蛮族だろ!?気持ちわるいね」


 エレミアから受け取った銀色の硬貨のようなものをポケットにしまいながら、スベタは僕を訝しむような目つきで睨んでくる。


「あたしの友達なんです。遠くから会いに来てくれて」


「エルフの知り合いは碌なやつがいないね!今度は点け忘れるんじゃないよ!」


 吐き捨てるように言うと扉も閉めずに出て行ってしまった。エレミアが開けっ放しの扉を閉めて僕にニコッと笑いかける。


「怒られちゃいました。テヘヘ……。それにしても、いきなり人が変わったみたいに話すからビックリしちゃいましたよ?」


 愛想笑いというのだろうか、僕も以前はよく使ってた。ただ、笑っても結果が変わらないことにも気づいたから大分前にやめたけど。

 

「なんで……、なんで言い返さないの?」


 言ってから後悔してしまった。言ってはいけない言葉だろう。そんなこと自分だってわかってるじゃないか。言おうが言うまいが結果は同じ。だったら軽く済むように黙っていればいい。僕のいい加減な言葉にエレミアは悲しげな笑顔をつくる。


「エルフは嫌われてますから……。それでも仕事ももらえるし、最低限の生活はできるから……大丈夫です。大丈夫です」


 まるで自分に言い聞かせるかのように小さく大丈夫と繰り返す。


「ごめん。何も知らないのに勝手なこと言っちゃったね」


「ううん。気にしないでください!それに、実は少しだけスッキリしちゃいました。あ、そうだ!お腹空きましたよね!何か用意するので待っててください!」


「僕のことはきにしないで。それにお金も持ってないから」


「ダメです!あたしがお腹空いたんです!だから、待っててください」


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