第2話 1-1

 死んだのはついさっきだろうか?死ぬ瞬間はよくわからなかったけど、絶対に死ねるはずだった。やっと無為な生活から解放され喜んでいいはずが、目の前の光景に只々困惑してしまう。

 床も壁も真っ白な部屋に、まるで応接室のようなソファとテーブルが置かれている。奥にはデスクがあり丁度向かい合うような形で金髪の女性が座っている。女性は俺には目もくれず目の前のスクリーンのようなものに忙しなく指を這わせている。死んだはずなのに、目の前の光景が『死なずに夢をみているだけじゃないか?』という考えに至り、へんな夢だと思うと同時に死ねなかった事に落胆する。


「なんだ、夢か……。死ななかったんだな。面倒くさいなぁ、また生きなきゃいけないのかぁ」


 僕の呟きに、女性が一瞬手を止めて、赤縁眼鏡の奥から上目遣いに睨みつけてくる。


「気が散るから黙っててくれないかしら?あと、目の前に立たれるのも目障りだから適当に座っててちょうだい」


 「はぁ」と生返事をするも、目の前のスクリーンが気になって仕方ない。だって、空中に浮いてるし……。試しに触ってみたら感触などはなく、手がすり抜けてしまう。


「ちょっと!邪魔しないでもらえる!?」


 さっきよりも怒気を含んだ声で叱られてしまった。溜息をつきながらソファに座る。したいこともできないとか、つまらない夢だな……。

 ソファに座りボーッとする。もし、重症とかで眠っているなら、いつまでこんなつまらない夢が続くんだろうか。考えるだけで憂鬱な気分になってくる。


「終わったわ。待たせたわね。」


 どこかに保護とかされたのだろうか?だとしたら面倒くさいな。生きててもろくな人生にならないはずだし。


「ちょっと!聞いてるの!?」


 いつの間にか金髪の女性が向かいのソファに座って話しかけていたようだ。


「はぁ……」


「『はぁ』ってあなたね!私は貴方みたいに暇じゃないのよ!どうせ『生きるのに疲れました』とかいって簡単に自殺でもしたんでしょ。とりあえず、名前と生年月日、あと死んだ時の状況を教えてちょうだい」


 僕の態度が気に入らないのか女性はヒステリックに捲し立てる。


「名前……?空山そらやま……?」


「いい加減にしてちょうだい!名前がわからないはずないでしょ!記憶喪失になっててもここに来れば記憶は元に戻るのよ?無駄な足掻きはやめて正直に申告してちょうだい。いちいち調べるのも手間なんだから」


 苗字は『空山』だったはずだし、名前は呼ばれたこともないからわかるわけがない。母親もそうだったが、ヒステリックな人間は嫌いだ。なによりも早く済ませてしまいたい。


「名前は知りません。生年月日も知りません。たぶん窓から落ちて死にました。これでいいですか?」


「もういいわ……。あまりふざけた態度だと私の心証に影響するんだからね。それは覚悟しておいてちょうだいね」


 そういうと女性はテーブルに置いてあった電話機でどこかに連絡を取り始める。


「私です。第五条十三項での“シンキ”の使用許可をお願いします。いえ、人間です。ありがとうございます」


 女性は受話器を戻すと眼鏡をクイっと正して僕に両手の平をかざす。


「では、空山さん。“シンカイホウ”第五条十三項『転生該当者による著しい業務の妨害、または意思疎通が困難と認められた場合に限り、該当者への“シンキ”の使用を許可する』これに基づいて、これより貴方に“シンキ”でのスキャニングを行います。生前の見られたくない過去や悪行もすべて丸裸になりますが、自分で招いた事ですのでご了承下さい」


“シンキ”やら“シンカイホウ”などわけのわからない言葉を並べると、かざした手が光りだした。直後に『ブォン』と電子的な起動音がし、光の輪が僕の身体を包み込む。


「うわ、なにこれ。気持ち悪いんですけど」


 光の輪が身体の周りをぐるぐる回るのも見ていて気持ち悪いが、殴られた後のように頭がクラクラする。輪が上下する度に、目の前にスクリーンが表示されていく。

 

「終わったわ。これから貴方の情報をみせてもらうけど悪く思わないでちょうだいね。まずは名前から……、空山“名無し”?なによこれ!?」


「だから名前は知りませんっていったじゃないですか」


「生年月日は不明!?推定年齢十五歳……」


「僕、十五歳にもなってたんですね……。それにしても夢にしてはリアルなんですね」


「これは夢じゃないわ。詳しい説明は後でするとして、これから貴方の死亡前後の記録を見るわ」


 そう言って女性はスクリーンの一つをタッチする。反転されているが動画が再生されているようで凄い技術だと感心する。

 

「ヒドイ……。なによこれ……。それで窓から落ちて……、本当だったのね……その、ごめんなさい」


 女性が同情したような目でこちらを窺ってくる。


「あ、いえ。別に気にしてないので大丈夫ですよ」


 ホッとしたような表情を浮かべさっきとは違い、ゆっくりと穏やかに話し始める。


「私はミトラ。この神界で死と転生を担当しているわ。平たくいうと神様の一人ね。これから貴方の転生について一緒に考えていきましょう」


「神界?転生?何の話ですか?これは夢ですよね?」


「さっきも言ったとおり、これは夢じゃないわ。貴方は地球の日本で確かに死んだけど、貴方のように天寿を全うせずに亡くなった人間は必ずここに来て、希望すれば元の世界とは違う世界に転生させることができるの」


「別の世界ですか?」


「そう、同じ世界に転生しても似たような環境から同じ境遇を歩むことが多いからよ。だから、別の環境で満足した生活が出来るようにサポートするのが私の仕事なの。色々と疑っちゃったりしたし、お詫びに何でも希望を言ってみて!」


「へぇ、そうなんですか。じゃぁ、希望してもいいですか?」


 僕の希望という言葉に身を乗り出して興奮したように話はじめる。


「いいわよ!大体のことは大丈夫だからね!やっぱり男の子だったら“剣と魔法の世界”で勇者にとか、お金持ちにだってしてあげれるわ!それとも、ハ、ハーレムとか?」


 ミトラは自分で言ってモジモジと恥ずかしがっているが、僕の希望は決まっているのだ。


「転生は無しでお願いします」


「お安い御用よ!……って、えぇっ!?ちょっと、貴方話聞いてた!?」


「ちゃんと聞いてましたよ。希望すればってことは別に転生しなくてもいいってことでしょ?」


「今までそんな人はいなかったわよ!どうしてなのか訳をきかせてくれないかしら」


「なんか疲れちゃったんですよねー。今更転生して親兄弟とか出来ても気持ち悪いし、周りに合わせるのも面倒臭いじゃないですか」


「次はちゃんとした両親と環境で転生出来ても?」


「それが面倒くさいんですよね。家族とか茶番にしか感じないですよ」


「茶番って……じゃぁ、こうしましょう!特別に今の状態のまま転移させてあげる。もちろん豪華オプションもつけるわ!」


 まるで通信販売のバイヤーのようにセールスを始めてきたよ。


「でも、外とか出たことないし、やっぱり僕には無理ですよ」


「え?外にも出たことがないの?」


「あ、すみません。さすがに出たことはありましたね」


「そうよねぇ、さすがにあるわよね」


 そう、あれは確か……


「引越しのときにダンボールに入れられて、あれはキツかったなぁ。出られないようにガムテープで補強されてたから窒息寸前でしたよ。ハハハ」


「ダンボール……もういいわ……。私の権限で貴方を強制的に転移させることにします!もちろん豪華オプション付きよ!貴方はこれから周りにチヤホヤされて幸せに暮らすのよ!今から転移させるけど悪く思わないでね!詳しいことは後で説明します!」


 そう早口で捲し立てるとまたもや僕に手をかざしてブツブツと呪文のようなものを唱えはじめる。


「ちょっと、困りますって!希望してないじゃないですか!?楽に死なせてください!」


「そんなの私が許さないわ!」


 僕の身体が眩い光に包まれ、意識も遠のいていった。












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