第十五話 個室 好き
実際は日本酒の良さなど全く分からなかったが、彼が筋張った大きな手で小さなお猪口を持ち、ちびちび飲んでいるその姿がなんだか可愛らしくて酒が進んだ。
酒の味は分からなかったが、ゴーヤの苦みは分かった。普段食べることがないその野菜を彼が好きなのかと思うと、旨くもないのに箸が進んだ。
彼の手ばかり見てしまい、無性にそれに触れたくなるのをなんとか堪えていた。体はずっと熱い。箱のなかでよく冷やされた酒を飲んでいるのに、体はどんどん熱くなっている。
「ゴーヤ好きなんですか?」
どうでもいいことばかり気になるのも彼が好きだからだろうか。今まで感じたことのないこの苦しさが恋なのだと思うと嬉しく、また苦しくなった。
彼が
脱ぐとワイシャツの中で体が泳いでいた。ジャケットもシャツも彼の体型に合っていない。そのせいで彼の良さが明らかに半減していたが、その緩さで絶妙に草臥れて見える彼が可愛く見えて仕方ない。
大きめの服をわざと着る女の子のようで、俺のシャツを着せてもだいぶ大きいだろうな、と考えると胸がまたよりいっそう熱くなった。
皺、隈、痩けた頬。彼がおじさんだということを顔を見て再確認したが、好きだと自覚してしまった今、歯止めが利かない。
「これ好きなんだよ。この時期あるの珍しいな。」
この不味い野菜でなんでそんなに喜べるんだ。
「俺も好きです。」
苦いそれを日本酒で流し込み、彼がチロリを箱から持ち上げたのでお猪口を差し出し、彼が注いでくれるのを眺めた。俺がお猪口を置く前に彼はチロリを箱に戻したので、彼に触れることが出来なかった。まだ彼のものには酒が残っていたが、俺は箱からチロリを出した。
「いいよ。入ってるから。」
「入れさせてください。」
彼はいそいそとお猪口を手に取り、俺は目一杯酒を注いだ。
「酔ったか?入れすぎ。」
笑顔の彼の破壊力で鼓動が早くなり、咳き込みそうになった。このままこの人とここにいたら死んでしまいそうだった。冷えた酒はやはり味がしない。
「金曜の夜に見ず知らずの男といていいんですか。」
「ははは。」
彼は酒もそんなに飲んでいないのに上機嫌で笑った。俺は彼をなるべく見ないように、天ぷらを食べた。
「見ず知らずの男だな。名前は聞いてもいい?」
名乗ることも忘れていたことに今気がついた。俺も彼が鹿島と呼ばれるのを聞いただけで下の名前を知らなかった。
「鹿島さん下の名前は?」
自分が名乗るより先に口が勝手に動いて聞いてしまっていた。
「ははは。君は変わってるな。おっさんの下の名前知りたい?」
「知りたいです。」
彼を見ると、少し照れたように笑いながら、刺身を突いていた。
「
「大輔さん……」
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