第十三話 個室 日本酒
「好きな子いるんですか?」
彼のことを知りたいという欲求が次々に湧き上がっていた。
幸せになってほしいと悲しい瞳で言う理由は何なのか、自分では幸せに出来なかったのか、誰かに渡したくないと思った人がいたのか、ビールがなかなか減らないのはなぜなのか、どうして俺とここにいてくれるのか、全部聞きたかった。
俺は自分を落ちつけようと、彼が残した山葵を全て醤油皿に入れ溶くことに専念した。山葵の量が多すぎて溶けきっていないのを眺めながら彼が話し出すのを待った。
「飲み物頼もうか。」
彼は質問を無視したのか静かに呟いた。俺は個室から少し頭を出して店員を呼んだ。何を飲むかは決めていなかったが、もう一度同じことを聞くことが出来ない雰囲気を彼が醸し出していた。
「好きなの飲んでね。」
彼はメニューの飲み物のページを律儀に開けて俺の方に向けた。彼のその気遣いも言葉からも俺に気を許していないのが伝わる。
俺のこともただの酔っ払いだと思って、面白半分に飲みに来ただけなのだろうか。そう思うと、俺の中にあった何かがプツンと切れた。彼のことを知りたい、その欲求を満たすために、このよく分からない緊張感を取り払ってしまう必要がある。酔ってしまおう。そして聞きたいことを全て聞いてしまおう。どうせ一期一会の金曜深夜の居酒屋だ。明日のことも考える必要もない。最悪の場合でもここに置いて行かれるだけだろう。
「鹿島さん。日本酒飲みませんか。」
彼の返事がいいものでなくても俺は飲む、飲むと決めた。
「いいね。飲もうか。」
思いがけない返事が来たので彼を見ると、優しい微笑みを浮かべて俺を見ていた。どうしようもなく手を伸ばしてその顔に触れたくなったが、その時店員がやってきた。
「はい。お待たせしました。」
俺は伸ばそうとした手を店員の方に向けて振り返り、ちょうど来た料理をいそいそと受け取った。揚げ出し豆腐とゴーヤチャンプルーという組み合わせは豆腐が被っていて合わない気がしたが、なんとなく彼らしいなと少し頬が緩んだ。
「日本酒ありますか?」
彼が店員と話をして、店員のすすめで辛口の純米吟醸を頼んだ。俺は日本酒についての知識が何もなく、何でも飲めるから彼が好きなものでいいと伝えた。
俺はただ酔えればよくて、二人で飲めば彼も少しは心を開くかもしれないという下心もあり、日本酒が思いついただけだった。
俺は空いたグラスを店員に渡し、彼のグラスをもう一度見たがやはり減っておらず、少し寂しい気持ちになった。
しかし日本酒には食いついたということは、飲む気はあるのだろうかと期待も膨らんだ。
彼の言動にいちいち気持ちが浮いたり沈んだりして、まだビール一杯しか飲んでいないのに既に酔っているようだった。
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