第十一話 個室 入店

外観から一軒目と同じような大衆居酒屋だと思ったら、中に入ると意外と小綺麗で奥行きがあった。時間も更けて人が少なく、静かな店内だった。奥のカウンターが空いているのが見えたが、両端に客がいて真ん中に男二人が入ると大分窮屈になりそうだ。テーブル席も空いていたが、店員は有無を言わさぬ勢いで、入り口近くの堀ごたつに案内した。四人用のその席に靴を脱いで彼が先に奥に入り、俺が手前に座った。カーテンはなく、テーブル席の客と店員からは少し見えるが、少し端に寄れば中で何をしているか見えないだろう。こんな席は女の子といれば楽しいかもしれないが、男二人だと少し居心地が悪い。特に彼の真正面に座って、あの瞳で見られると思うとなぜか脈が速くなった。

三時間この状況に耐えられるのか。俺は彼と壁しか見えないこの状況で彼の正体を暴くことができるのだろうか。


「ビール飲める?」

彼はすぐに店員が持ってきた温かいおしぼりで手を拭きながら聞いた。

「はい。」

俺は目の前にいる彼の動きにやはり神経が集中していて、少し慌てた言い方になった。

「生二つでお願いします。」

彼は店員に丁寧に伝え、メニューを開き俺の方に向けて置いた。

「堀ごたつっていいな。いつぶりだろ。靴脱ぐと解放されるね。」

目尻に皺を作り笑顔でそう言う彼は、俺の心配を余所に広い個室を楽しんでいた。 ゲイのカップルだと店員に思われてる可能性など考えていないのだろう。俺は上着を脱いだ。

「何でも食べていいよ。」

「すみません。なんか良いお店だったみたいで。」

暖かいオレンジの照明の下で、サイズの合っていないジャケットと少し瘦けた頬が外で見るより際立っていた。少し前に本屋でよく見たベストセラーの本の表紙を思い出して、彼に傲られると思うと申し訳なくなった。

「君よりはおじさんのがお金持ってるから。若いうちは甘えとけばいいよ。」

本当に甥っ子に接しているつもりなのだろうか。初対面の男に優しすぎる気がして、彼が俺を狙っているのではないか少し心配になったが、無邪気に個室を楽しむ彼にはそんなことを企む頭はないだろうとすぐに考え直した。メニューを見ても内容が入ってこず、彼がこちらを見ているのが伝わり、目を合わすことも出来なかった。

「失礼します。」

彼と二人の空間より誰かいる方が緊張が解ける。俺は無駄に店員の方を振り返り、ビールを受け取った。

「ご注文お決まりですか?」

俺が黙ったままいたので、彼が店員に話しかけた。

「刺身まだありますか?」

「盛りなら三種、五種、七種。新鮮ですよ。」

「じゃ七種で、あと少し考えます。」

「はーい。お通し持ってきますね。」

スムーズな彼と店員のやりとりをただ傍観していた。あれだけメニューを見ていたのに何も決めることが出来なかった自分を悔いた。

「急に頼みにくかったね。あ、刺身大丈夫?」

「なんでも食べます。」

彼はビールをちびちび飲みながら、メニューを取るとそれをじっくり眺めだした。目の下の隈が目立っている。この時間、彼は寝ている時間だろうか。一人で寝るのだろうか、それとも誰かと一緒なのだろうか。彼への興味はどんどん湧き上がるが、言葉にするのがなぜこんなに難しいんだろう。

「鹿島さん…」

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