第七話 衝動
あの男がいるか、考えるより先に体が動いた。耳障りな声がする方を勢いで振り返った。そこにはちょうど店から出てきた草臥れた彼がいた。
彼を見た瞬間、体がぞくっと虫が這っているような感覚がした。
ブラウスの女は彼に
俺の中で今まで感じたことがない、形容しがたい何かが湧き上がった。
至近距離で振り返ったこともあり、不振に思われるかと今更ながら焦り、端に少し寄ったが彼らの視界に入っていなかったようだ。酔っ払いは周りが見えていない。
彼は少し困っているように見えた。甲高い声の男も帰る気はない雰囲気だ。店前でその女をどうするか話しているのか、聞き取れないが話し合っている。
草臥れた彼は時計を見て、女に何か話しかけていた。女を心配している様子だが、持ち帰りたい様子は全く感じられなかった。彼からは性的なものを感じない。
俺は普段なら絶対にしない行動にでた。それは衝動で、その先どうなるのか何も考えていなかった。
「おじさん?」
俺は彼らに近づき、彼に話しかけた。彼はびっくりしたようで、自分のことだと最初気づいていなかった。目が合い、彼がはっとしたのが分かり、居酒屋でのことを覚えているのだと確信した。外気は冷たいのに、寒さを感じない。ただ熱い。
近くで見ても、整った顔だった。俺は目が合った瞬間、時間が一瞬止まった気がした。
俺を少し見上げている彼の睫毛の一本一本まで鮮明に見える。彼が瞬きする度にぱちぱちと音すら聞こえる気がした。目の下が少し
漆黒の瞳が俺を見つめていて、体中の血液が急に動き回り、指先足先まで熱くなっている。
返事を待たずに話し続けた。
「こっちめっちゃ人多いな。おじさんに会えるなんて思わんかったわ。まだお腹空いてんねん。なー傲ってくれへん?」
彼は俺を見上げたまま眉間に少し皺を寄せ、口を少し開いた。ほんのり薄ピンクの薄い唇に目が行く。パクパクと動いたが、言葉は出てこない。
俺はそのまま勢いに任せた。
「お姉さんおじさんの彼女?」
ブラウスの女も俺を見上げていて、彼から離れ一人でちゃんと立っていた。やはりこの女は酔った振りだったに違いない。
「
近くで聞くとそこまで甲高く感じなかった。声も小さくなった彼は背が高く同じ目線だったが、驚きで細長い目がこれでもかと見開かれていた。
「おっちゃんおじさんの部下の人?」
笑顔で聞いた。脳は機能していない。今話しているのが自分ではないような気がしてくる。
「ああ。鹿島さんは上司で、すごく良くしてもらってて…」
「めっちゃイケメンな甥っ子さんですね。」
もう一人の若い男が笑いながら会話に入ってきたが、鹿島さんと女は俺を見上げ、何も発しない。
「お姉さん彼女なん?」
上から圧をかけるように彼女に問いかけた。
「ち……違うよ。鹿島さんには私もすごく…」
俺を見上げるその女の上目遣いを見ているとなぜか腹が立った。俺は、自分が何をしているのかあまり分かっていなかった。熱くなってしまったその手で彼の腕を取った。
「おじさん。お腹減ってんねん。頼むわ。」
強引に引っ張ると、彼はそれに従った。
「……ごめんね。皆終電あるよね。気をつけて帰ってね。」
彼はそれだけ言うと、そのまま俺に腕を引っ張られたまま、ついさっき俺が一人で歩いた道を二人で足早に歩いていた。
意外と低いその声は少し擦れていて、初めて聞いたのにどこか懐かしい感じがした。
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