第六話 夜の散歩
一人になったところで、十一月の夜の寒さを急に感じた。腹も満たされ、酒も結構飲んでしまったので、酔い冷ましに少し歩くことにする。十一月の夜風は肌寒く、酒で火照った肌にはちょうど気持ちが良かった。
近くにたまに行くバーが二軒あり、どちらかに行くつもりだったが、急に気乗りしなくなり、逆方向に歩くことにした。
俺は歩きながら、後藤のことを考えた。
居酒屋で後藤が羨ましくなったことを。
今まで生きてきて、恋愛で悩んだことがない。恋愛はしてきたつもりだが、特定の誰かに熱くなるものはなかった。流れに身を任せ、ある種ゲームのような感覚だったのかもしれない。しかし、俺に何が残っているのか、コンプリートしたつもりでいるが、今あるのはどろっとした虚無感だけだ。
仕事もまだ新人扱いで、俺はその役にどっぷり浸かっている。入社したばかりの頃は、覚えることが多くそれに打ち込んでいた。仕事が出来る大人になりたくて、残業し、家でも勉強し仕事に明け暮れていた。
先輩社員の対抗心を感じだした頃に、要領良く人付き合いしている方が、がむしゃらに働くより良いことを知った。わざと人を蹴落とす人間がいることは知っていたが、自分がターゲットにされるとは思っていなかった。そこまでの敵意を向けられたことが、今までなかったからだ。
俺は仕事に熱意を注ぐことを止め、可愛い新人を演じている。その方が全て上手く回る。出来る部下より可愛い部下の方が出来ない大人達は好きなことを知った。
今では、仕事も恋愛もどちらも穏やかな凪だ。
これからの人生で、俺を飲み込むような波はくるのだろうか。後藤のようにいきいきして生きているって感じることが出来る何か、誰かは現れるのか。
どこかで丁度良い可愛い相手を見つけて、生理現象を解消する。可愛い相手とセックスしたい、その欲求が好きではないことが分かった今、その一瞬一瞬の性衝動はただ空しいだけな気がした。
好きという気持ち、それが何なのか。
それを後藤は知っていて俺は知らない。金曜日の夜に独身の男が終電で帰宅し、恋い焦がれる女を一人ベッドで思う。後藤なら誰かしら持ち帰れるだろう。それにも関わらず、他の女には見向きもせず、脈のない女に熱を上げている。
そんな馬鹿みたいなことが出来る後藤が羨ましくなったんだ。
俺の中のDNAか何かがきっと破壊されていて、好きという感情が生まれないのかもしれない。何かの病気でこれはきっと治ることはないような気がする。
もう殆どどこにいるのか分からない所まで歩いていた。寒い。こんなどうしようもない思想が、頭をぐるぐる回っているのは、酔っているからだ。
俺はそのまま同じ道を引き返して、結局バーに向かうことにした。急に冬の寒さを感じて感傷的になりすぎている。俺らしくない。
可愛い子を見つけよう。そしてこの忌々しい考えを吹っ飛ばしてしまおう。寒い金曜日の夜を熱い夜に変えてしまえば、明日には全て忘れているはずだ。しかし足が重たかった。
同じ道をそのまま引き返し、ゆっくり歩いていたら居酒屋で聞いた耳障りな甲高い男の声が後ろから聞こえた。
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